第96話 婚姻届

 先生へのサプライズを無事に終わらせて一息ついたところで、文化祭終了、片付け開始の校内放送が流れた。すでに一般入場者は校内から出されている。

 俺達の両親も俺と栞の出番が終了した後、早々に帰宅していた。


『この後、うちで黒羽さん達と2次会するから、栞ちゃん連れて帰ってくるように』


 そんなメッセージが届いていた。

 明日は体育祭があるので程々にしてほしいとは思うが、お互いの両親達が仲良くしてくれるのはきっと良いことなのだろう。


 体育祭……そういえば種目決めはしたけど、文化祭に集中しすぎて練習なんてさっぱりしていない。全校での合同練習が何度かあった程度だ。全く話題にすら出していない……


 とりあえずそれは置いておこう。今は片付けだ。


 作られたセットは皆の手で少しずつ片付けられていって、だんだんといつもの風景に戻っていく様は少しだけ物悲しさを覚えた。


「終わっちゃったね」

「うん」


 片付けの指揮をとっていた栞が俺の横に来てつぶやく。俺はというと他の男子と一緒に物を運んだりなどの肉体労働をしていた。そして先程、全ての作業が終わったところだ。


 それにしても栞もすっかりクラスに馴染んだもんだ。それは俺もまた同じことなんだけど。気軽に言葉を交わせる相手はだいぶ増えたし、これはこれで楽しい、とは思う。一学期とは大違いだ。文化祭だって皆で準備して、片付けも協力して……


 でもやっぱり──


 俺は隣に立つ栞の手を取る。いきなりだったので少し驚いた様子だったけど、それでもちゃんと握り返してくれる。


「ん?どうしたの?甘えたくなっちゃった?」

「いや、そういうわけじゃ……でも、そうなのかも……なんか栞に触れたいなって」

「手くらいいつも握ってるのに、変な涼ね」


 栞は俺の顔を覗き込みながらクスクス笑う。


 確かに栞の言う通りなんだけど、実際に俺が感じているのはそういうことじゃなくて……うまく言葉にできなくて誤魔化しただけ。


 俺達の周りはだいぶ賑やかになってきて、だからなのかはわからないけど、より栞が特別に感じるというか。比較対象ができたことで相対的にそう感じてしまうのかもしれない。栞への気持ちは事あるごとに強くなっていくので一概にはそれだけとは言えないだろうけど。


 まぁ結局のところはいつも通り。栞のことが好き、それに尽きるのだ。


「ほら、涼。教室、もどろ?」

「うん、そうだね」


 他の皆も戻り始めている。俺達は最後に一通りやり残しがないかチェックをして、その後に続いた。


 隣を歩く栞はずっとニコニコしていて足取りも弾むようで、繋いだ手をいつもより少し大きく振っている。浮かれてるな、って思う。俺は俺も同じで式の後からずっとふわふわした気持ちでいる。先生が思い付きで結婚式なんて言い出した時はどうなるもんかと思ってたのに、終わってみれば感動させられたし、こんなにも満足してる。

 これから俺は栞のこの笑顔を守っていくんだって決意も更に固くなった。


 そんなことを考えながら教室に戻ると皆揃っていて、その中でも先生は待ちくたびれたという顔をしていた。


「あ、やっと戻ってきたわね。遅かったじゃない。なかなか戻ってこないから、あのまま2人でどこかに消えてイチャついてるかと思ったわよ」

「いや、最後の確認してただけですから……」


 さすがに校内でそんなことは……キスくらいならこっそりとしたことはあるけども。誰かに見つかるかもしれないスリルを楽しめるほど俺も栞も肝は座っていない。それにイチャつくなら2人きりで落ち着けるほうがいい。その方が栞だけをちゃんと見てあげられるから。


「そ、ならいいわ。にしても、あなた達……やってくれたわね?せっかく用意したこれ、渡すタイミング逃しちゃったじゃない」


 そう言って先生が取り出したのは婚姻届。


「本当に用意してたんですか……」

「そう言っておいたはずだけど?クラスを代表して私が証人に名前書いておいたから。あ、ちゃんと本物よ?」


 広げてしっかりと目を通すと、本当に証人の欄に『連城茜』と記入されている。


「ほら、ぼけっとしてないであなた達も名前書いちゃいなさい」

「え?今ですか?」

「そうよ。ちゃんと誓いは形に残しておかなきゃ。本当は式の最後に書いてもらうつもりだったんだから」


 隣に立つ栞の顔を確認すると、しっかりと頷いてくれた。

 それに背中を押されてペンをとる。震えそうになる手で、それでも精一杯丁寧に『高原涼』と書き入れる。俺が書き終わったら、次は栞の番。丸っこい可愛らしい字で『黒羽栞』と書き入れて。

 2人の名前が並んだ婚姻届を見て、揃ってため息が漏れた。


「なんかすっごく緊張しちゃった」

「俺も。なんならちょっと手が震えてたよ」


 まだ提出しても受理されるわけがないけど、それでも緊張してしまう。だってこれは決意表明だから。ずっと一緒にいるという誓いなのだから。


「ねぇ、これさ、涼が持ってて?」

「うん?いいけど……」

「それでね……本当に決意が固まった時に……涼が本当に結婚できるって思ってくれた時にこの婚姻届と一緒にもう1回プロポーズ、してほしいな」

「……わかった。いつになるかわからないけど……なるべく早くそうできるように頑張るよ」

「ありがと。楽しみに持ってるね?」



 その後は2人で婚姻届を広げて持った写真を撮られ、更に俺達を中心にクラスメイト全員で記念撮影をした。

 その写真はこのクラスが終わるまで教室に飾られることになって。いい思い出なんだけど、やっぱり少しだけ恥ずかしかった。


 恥ずかしいといえば、フォトスタジオの宣伝用の写真。俺と栞の誓いのキスの場面がばっちりおさえられて、等身大のポップになって店頭に飾られていた。その後、その前を通りにくくなったのは言うまでもないだろう……

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