第94話 サプライズ
「ここに2人の婚姻が成立したことを宣言します。皆様、盛大な拍手を!」
俺達がキスを交わした後、遥が声高に宣言すと会場全体に拍手が巻き起こる。
そして、俺の予想していなかった展開に。
「さぁ皆、出番だぞ!」
遥のその声でクラスメイト達が立ち上がる。
「「えっ?」」
俺と栞は戸惑うしかない。だってこんなの予定にあるなんて聞いていない。この後は退場するだけのはず……
「順番的には違うけど、俺達からのサプライズだぜ?」
遥が俺達にウィンクすると、会場の片隅に設置されていたスピーカーからメロディが流れ始める。
讃美歌だ。クラス全員での合唱が始まった。
讃美歌なんて誰も歌えないなんて言っていたのに。皆が声を揃えて歌う様はかなり練習をしてくれたことがわかる。そんな素振り、俺達がいる前ではなかったのに。きっと隠れて練習してくれていたのだろう。歌詞の内容なんてさっぱりわからないけど、ただただ祝福してくれている、そんな皆の気持ちが心に滲みて。気付けば涙が溢れていた。
隣を見ると栞も同様に涙を流している。
ここまでで既に感無量で泣く寸前だったんだ。そこにこんな追い打ち、止められるはずもないよな。
「涼……私……」
「うん。嬉しいよな……こんなにも俺たちのことを……」
「うん、うん……」
また1つ、栞を大切にしないといけない理由ができてしまった。皆の気持ちを裏切るわけにはいかないから。
「絶対に離さないから」
「私もっ!」
栞を引き寄せて、固く抱き合って。曲が終わるまで、俺達はそうしていた。
「皆もさ、なんだかんだお前らのこと気にしてたみたいでさ。あんなんだったお前らが前を向いてるのを見たら、応援したくもなるってことだな。どうだ?感動したか?」
「遥……」
そんなことを言われたら、また涙が止まらなくなるじゃないか……
「さてさて、ご両人。感極まってるところ悪いけど、退場の時間だ。その手は絶対に離すなよ?ずっとだぞ?もし別れる、なんてことになったら……わかってるよな?」
「そんなつもりはさらさらないけど……どうなるんだ?」
「さぁな?ここにいる全員から殴られる、くらいの覚悟はしたほうがいいかもな」
「そりゃ怖いな。くれぐれもそうならないようにするよ。ありがとう、遥」
「礼なら後で皆にするこった。ほら、行け。そして先生を連れてこい」
「あぁ、わかったよ」
遥と小声でのやりとりを終えて、退場のために2人揃って振り返る。
「新郎新婦の退場です。皆様、今一度盛大な拍手を!」
感謝を込めてクラスメイトの顔を一人一人確認しながら、拍手に見送られて俺達は退場した。
栞と出会ったことでこんな未来があったなんて。そしてそれはこれからもきっとずっと続いていく。続けていかなければならない。今日は1つの区切りで、新たなスタートだ。文化祭で結婚式をするって言われた時はなんてバカなことをって思っていたけど、こんなに……こんなにも……あぁもう、言葉にもできないよ……
涙でぐしゃぐしゃになりながら、そのまま2人で控室へと向かった。
この日以降、クラス内での栞の呼び方が『高原さん』とか『高原嫁』に変わったりしたけど、些細な問題だ。いずれはそうなるんだから。もしかすると俺が黒羽姓になる可能性もあるかもしれないけど、そこは将来2人で決めたらいい。
控室にはすっかり準備を整えられた先生が、未だ動揺した様子で待っていた。
「ちょっと2人共、これはどういうこと?!ってなんでそんなに泣いてるの?!」
「先生似合ってるじゃないですか。先生も今からこうなりますよ。ほら、旦那さんが待ってますよ!」
「え?何?旦那?」
「問答無用!自分だけ安全なところにいようなんて許しませんよ。ほら、栞も」
「うんっ!」
俺と栞で両側から先生を掴んで控室から追い出すと、そこには楓さんに連れられた先生の旦那さん、真守さんが待っていた。
「なんでまー君がここにいるのよ!それにその格好……」
ほほぅ、先生は旦那さんのことをそう呼んでいるのか。
「茜の生徒さんにのせられてね。ごめんね、黙ってて。今日まで内緒って言われてたんだ」
「れんれん、結婚式してないんでしょ?なら今日やっちゃおうよ!ってれんれんには拒否権ないんだけどねっ」
「もう、楓さん、連城先生でしょっ、ってそれは今はいいけど、本気なの?」
「本気も本気ですよ!」
「茜?ここまでしてくれてるんだから、断ったら悪いよ。ほら、折角の機会を作ってもらったんだから楽しもうよ」
「あぁもうっ!あなた達、後で覚えてなさいよ!」
「もう忘れましたー!」
楓さんが先生夫婦の背中を押して会場の方へ連れて行く。
「しおりん達は着替えて熱を冷ましてから来てね?なるべく時間引き伸ばしとくからさっ!」
そう言い残して。
それから俺達は順番に制服に着替えを済ませた。その後スタッフの方は気を利かせて2人きりにしてくれて。
未だに止まらない涙をお互いに拭い合って、抱き合ってキスをして、少しの時間だけ幸せな余韻を味わった。本当に少しの時間だけ、じゃないと先生の晴れ姿を見逃してしまうから。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「うんっ」
ようやく涙がおさまった俺達は互いに手を取って、静かにこっそりと先生の式の参列者に加わった。
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