第92話 ◆入場

【前半と後半で現在と未来が切り替わります】


 そろそろ予定の時間。


 私の方は準備万端。ドレスを着せられて、普段は薄っすらとしかしないメイクも今日はばっちりきめてもらって、ヘアメイクも完璧。鏡を見せられて、そこに写った自分にびっくりしちゃった。涼、綺麗って思ってくれるかな?驚いてくれるかな?また見惚れてほしいなぁ。


 そんなことばかり考える。だってそのために試着した時も見せなかったのだ。


 涼の方は試着の時に何回か見てるから格好良いのはわかってる。でも何回見てもときめいてしまうのは、きっと私が本気で涼に恋してるから。今日はそこに髪型までしっかり整えてるんだから……


 どうしよう。涼の顔見れるかな?あまりの格好良さに卒倒しちゃわないかしら?


 ううん、ダメダメ。涼に堂々としてて、なんて言ったのに私がそんなんじゃ涼が笑われちゃう。そんなみっともない人を涼が選んだなんて思われたら、それこそ涼に顔向けできないよ。


 後になってわかったことだけど、この時涼も全く同じことを考えてくれていたらしい。やっぱり似た者同士なんだ、私達は。こうして大事な時に言葉がなくても通じ合えてるのって嬉しいよね。


「お父さん、そろそろだけど大丈夫?」


 自分達のことより心配なのはお父さんのこと。なんか最近涙もろくってさ。私と涼が将来結婚するって話が出ただけでボロボロ泣くんだもの。


「な、なんとか……泣くのは、本番まで取っておくよ」


 すでに涙ぐんでるんだけど、零れ落ちるのはどうにか我慢してくれているみたい。


 ちょっとからかっちゃおうか?


「お父さん、今までありがとう。私、幸せになるね?」

「……ぐすっ」

「わー!ごめん!まだだから!まだどこにも行かないから泣くのは我慢して!」


 本当にギリギリだったみたいで涙は決壊寸前になってしまった。


 なんとかなだめすかして、落ち着いてくれた。でもこれじゃ涼に私を託す時……うーん、その時はその時かな。


 お父さんが落ち着いてくれたので、準備完了の合図を出す。


 こっからは後戻りできない。するつもりもないけど。最近涼は女子達の間で『格好良くなった』なんて言われてるから、ちゃんと釘を差しておかなきゃ。


『これより高原涼、黒羽栞の結婚式を執り行います。それでは新郎、ご入場ください』


 ついに始まった。


 私のいるところからは見えないけど、今は涼が聖壇にむかって歩いてるところだろう。ここまで聞こえてくるざわめきは私に涼の姿を想像させてくれる。


 ちょっと前の私ならね、不安になるところだと思うの。涼の魅力が皆に知られて、奪われてしまったらどうしようって。心配で心配でどうしようもなくなってたと思う。けど、今は違うよ?私も成長したの。涼が私を変えてくれたんだよ。


 だってね今の私には余裕がある。


 どう?私の彼は格好良いでしょ?今からその隣に立つのは私なんだから。誰にも譲らない。譲れない、私だけの場所。今更魅力に気付いても遅いんだからね?


 それにどうせ皆が見てるのは涼の外側だけ。涼の優しいところも真っ直ぐなところも、ちょっとだけいくじなしで可愛いところも全部わかってるのは私だけ。こんなの優越感を感じちゃうに決まってるよね。


 だから──


 ──胸を張って思う存分見せつけに行こう!


「続いて、新婦の入場。大切に育ててくれたお父様に手を引かれての入場です」


 お父さんの腕を取って、入口に立つ。そしてゆっくりと踏み出す。早く涼のもとへって気が急いてしまうけど、ぐっと我慢して。皆の視線が集まってくるのを感じるけど、私には涼しか見えていない。


 まだ少し距離があるけど、とっても素敵に仕上がってるのがわかる。これはちょっとやばいかも。胸が高鳴って仕方がない。また惚れ直しちゃう。早くその胸に飛び込みたくてソワソワする。けどそんなことをしたら台無しだから我慢するけどね。


 とても長い時間に思えたけど、ようやく涼のもとまで辿り着いた。




 **********




「涼君、栞のこと頼むよ?幸せにしてあげてほしい」


 のあの日『涙は本番まで取っておく』という言葉通りにお父さんは涙を我慢してくれた。でも今日は本番。疑似なんかじゃない。だからみっともないくらいボロボロ泣いていても許してあげる。それだけ私が大事にされていたという証拠なのだから。


 ありがとう、お父さん。私のことを大切に育ててくれて。私が落ち込んでいた時も、誰より心配してくれてたの知ってたよ。立ち直らせてくれたのは涼なんだけどね?


「俺の生涯をかけると誓います、お義父さん」

「お義父さんと呼ばれるのは初めてだね。私も涼君が息子になってくれて誇らしく思うよ。さぁ、栞。涼君のもとへ」

「うん。ありがとう、お父さん。私もちゃんと涼を支えるから」

「そういうことは本人に言ってあげなさい」


 そう言うと涙を拭きながら自分の席へと下がっていった。


 私は涼の腕を取って、2人で正面を向く。


 今日は私の人生の新たなスタート地点なんだ。

 ようやく本当に手に入れた。涼の伴侶としての席。これから先、ずっと涼と寄り添って歩んでいく権利。不器用ながらゆっくりとだけど、2人で成長して、今日ようやく辿り着いた。


 添い遂げると誓う。どちらかの生が終わるまで。苦労も喜びも分かち合って2人で。覚悟なんてとうの昔に済んでいる。


 ──いっけない、宣誓はこの後だった……少し焦りすぎちゃった。けど声には出してないからセーフ、だよね?

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