第91話 開式

「おう、涼。なかなかキマってるじゃん」

「なんだ、遥か……どうした?冷やかしか?自分は難を逃れたからって」


 俺は今、準備を終えて出番を待ってる、というか栞の準備が終わるのを待ってるところだ。そこに暇を持て余した遥がちょっかいをかけにきた、というわけだ。1人でぼーっと待っていても無駄に緊張するだけなので助かると言えば助かるのだけど。


 全校に募集をかけた結果、見事に枠が埋まってしまって、遥と楓さんの式を挙げさせる目論見は外れてしまった。


 現在その全てをさばき切って、俺と栞、あとはサプライズの先生夫婦を残すのみとなっている。ちなみに先生の旦那さんである連城真守れんじょうまもるさんはすでに会場に到着していて、先生にバレないように待機してもらっている。先生は俺達の式の間にスタッフが準備に連れ出す手筈になっている。


「冷やかしじゃねーって。見てみろよ、うちのクラスの女子達。お前のことチラチラ見てるぜ?まったく罪な男だねぇ、この色男め」

「それ、栞の前では絶対に言うなよ?すぐ不安になるんだから」

「そんなことは言われなくてもわかってるっての。相変わらず過保護と言うか何と言うか。にしても、こんだけ視線を集めといて黒羽さんのことしか考えてないんだからすごいやつだよ、お前は」

「余所見するような節操なしにはなりたくないだけだ。それに皆も物珍しいだけだろ。俺としては動物園のパンダにでもなった気分だよ……」

「いやいや、そんなことないぞ?ここまで5組の式を終わらせたけど、ここまでの視線を集めてるは涼が初めてだからな?自覚ないかもしれないけどさ、最近のお前結構人気あるんだぞ?」


 正直なところ、栞以外にどう思われようが俺には関係ない話だ。栞だけが俺を真っ直ぐ見てくれるならそれで満足なんだから。


「それを聞いて俺はどうしたらいいんだよ……別に栞以外に興味ないんだけど?」

「それでこそ涼だな。なに、どうもしなくていいさ。というか黒羽さんもかなり……いや、これはお前には言わないほうがいいのか」

「途中でやめるなよ、気持ち悪いな。どうせ栞がモテるとかそういう話だろ?」


 髪を切って、伊達メガネを外した栞は惚れた欲目を除いても可愛い、と思う。それが更に最近は明るい表情をしてるのだから、そういう目で見られることになるのは当然のことだろう。


 それに俺の耳にもそんな話は普通に入ってきていたし。こそこそ話してるつもりだろうけど、元ボッチの聴力を舐めないでもらいたいと言いたい。言わないけど……


 幸いにして登下校時や休み時間は基本的に俺達はべったりだし、俺がいない時は楓さんが側にいるので栞にちょっかいをかけるような輩は今のところ出てきていない。それが心配で俺もなるべく近くにいるようにしているのだし。こういうところで独占欲の強さが出てしまう。栞が他の男と仲良くしている姿を見たら嫉妬でおかしくなりそうだし。


「わかってんじゃん。ま、お互い幸運だったってことだな。そうなる前にちゃんと捕まえられたんだからさ」

「というか俺達の関係が始まってなかったら、そもそもこうはなってなかったんだけどな。栞と出会わなければきっと俺もまだうじうじしてたよ」

「それもそうか。っと、そろそろ準備できたみたいだぞ?ほら、行くぞ。可愛い花嫁をあんまり待たせてやるなよ」

「お、おう……」


 ついにこの時が来てしまった。

 俺の可愛い花嫁……栞はいったいどんな感じに仕上がっているのだろう?どんなでも綺麗だとは思うけど、俺の乏しい語彙力で表現しきれるだろうか……



 準備が整った知らせを受けた楓さんがマイクを使って告げる。


『間もなく高原涼、黒羽栞の結婚式が始まります。参列される方は席次に従ってご着席ください』


 その宣言で会場内に散らばっていたクラスメイト達は決められた席へ。それに混ざって俺の両親と文乃さんの姿も。聡さんは栞と共に入場するので今はいない。3人とも俺に向かって手を上げてニヤッとして席に向かっていった。


 ニヤッとするのは余計だと思うのだが……


 全員が着席したのを見計らって次へ。


『牧師(役)が入場されます。皆様ご起立ください』


 ざっくりとした流れは聞いていたけど、やけに本格的で力が入っている気がする。ここまで厳かにやられるとまた緊張が……


 進行役が遥へとうつって。


「これより高原涼、黒羽栞の結婚式を執り行います。それでは新郎、ご入場ください」


 やばい……変な汗が出てきた……

 けどここで尻込みするわけには……栞にも堂々としててって言われたし……


 深呼吸を1つだけして気持ちを落ち着けて、踏み出す。


 これは俺達2人の式だ。俺の失敗は栞の恥にもなってしまう。栞がそんな情けない男を選んだなんて思われたくないから。

 その一心で、ゆっくりと、しっかり前を向いて、胸を張って。


 どうにか無事聖壇の前まで辿り着く。

 栞を迎えるために振り返ると、母さんと目があった。……泣いてた。号泣だ。


 いや、早いから!まだ入場しただけだから!


 まったく……まだ始まったところだというのに先が思いやられるよ……

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