第81話 大切な場所

 誕生日とはいえ平日なので学校があるわけで、身支度を整えた後、栞が用意したという朝食を食べて家を出る。

 いつもなら栞と手を繋いで向かうところなのだが、今日は腕にしがみつかれている。放課後うちでお祝いをしてくれるそうなのでそれが楽しみなのだという。

 教室に着いてもそんな感じだったので、やっぱり遥と楓さんに突っ込まれる。


「なんだ?今日はいつも以上に暑苦しいな」

「今日は涼の誕生日だからね。サービスしてるのよ」

「なんだよ、聞いてないぞ。水臭いやつだな。誕生日くらい教えとけよ」


 なぜか遥に文句を言われてしまった。

 それでもその後しっかりとお祝いの言葉をもらったことは素直に嬉しいと思える。本当にいい友人をもったものだ。去年までは誰にも知られず寂しく終わったことを考えればものすごい進歩なんじゃないだろうか。


「俺も遥達の誕生日知らないけど?」

「そういやそうか……俺が5月16日で

 彩が7月7日だな」

「もう過ぎてるじゃん……」

「まぁ来年は祝ってくれや」

「覚えておくけどさ……」


 友人の誕生日を祝うこともこれまでなかったからそれはそれで楽しみではある。その前に栞の誕生日が待ってるけど。


 それからは放課後まで通常通りに過ごす。誕生日だからといって学校生活で何か変わったりすることなんてないのだ。休み時間に栞がべったりだったっていうのはあるけど、これも最近では日常だし。


 放課後、ふと思い付いて栞に声をかける。


「ねぇ、栞。ちょっと行きたいところがあるんだけど」

「え?いいけど……どこに?」

「校内だからだすぐだよ。着いてきてくれる?」

「うん、わかった」


 栞を伴って校内を歩く。最近はめっきり足が遠のいた場所だ。でも俺達にとっては大切な場所。


「あっ……ここかぁ」

「うん。なんかこういう日だから改めて栞と一緒にきたくなってさ」

「そうだね。ここから始まったもんね」


 俺達の始まりの場所。そう、図書室だ。

 夏休みが終わってから初めて来た。


 俺はいつも座ってた席に、栞はその隣に座る。


「なんか随分たった気がするけど、まだ3ヶ月なんだよなぁ」

「いろいろあったしねぇ。あ、そうだ!あの日の再現でもしてみない?」


 栞がものすごい名案を思い付いたとばかりに言う。


「いいけど……栞は覚えてるの?」

「失礼ね。ちゃんと覚えてるもん。ほら、いいから涼は今日出た課題でも広げてよ。私が声かけるから」

「わかったよ」


 生き生きとしている栞に苦笑しつつ、言われた通りに。


 あの時はどうしてたっけ……?たしか問題につまずいていたっけ?


 今日出された課題を解いていくけど、栞が勉強を教えてくれるおかげでスラスラ解ける。こんなところでも自分の成長を実感したり。


「ねぇ、高原君?どこかでつまずいてもらわないと、私の出番がないのだけど?」

「えっ?あっと……黒羽、さん……?」


 「「ぷっ」」


 2人して吹き出してしまった。


「なんでわらうんだよ!」

「涼だって!」

「だってさ……」

「「呼び方!」」


 2人の声が重なって、更に笑いが漏れる。


「なんかすごい違和感だね。最初はあんなに2人とも名前で呼ぶの恥ずかしがってたのにね」

「だな。でも、やっぱり今の方がいいよ。ね、栞?」

「そうだね、涼」


 そう言ってこっそりと口吻を交わす。

 図書委員はいるけど、読書に夢中になっててくれて助かった。


「お互い大胆になったもんだね」

「そうだね」


 そして俺は、ちょっとだけ心に引っかかってたことを吐き出すことにした。


「ねぇ、栞?1つ聞いてもいい?」

「なぁに?」

「初めて声かけてくれた時のこと。気まぐれって言ってたのは本当?」

「うっ……今それ聞く……?」


 みっともない感情だってわかってる。口にしたら栞に呆れられるかもしれない。でも栞の口からちゃんと否定してほしいから。


「だってさ……栞の気まぐれだったらさ、ここにいたのが俺じゃなくて、違う誰かだったらって思ったら……そのありもしない奴に嫉妬しちゃって……」

「もう……そんなこと言われたら答えないわけにいかないじゃん。あのね、1回しか言わないからちゃんと聞いててね?」

「うん……」

「気まぐれなんかじゃないよ。涼だから声かけたんだからね?1人ぼっちでいた涼だから、私が選んだの。あの時はここまでになるとは思ってなかったけどね」


 あぁ……これだけでなんかもう満足してしまう……

 本当に俺はどうしようもない奴だ。


「そっか……」

「安心した?」

「うん、栞がちゃんと俺を選んでくれてたんだってわかって嬉しいよ。栞はこんな俺に呆れたりする?」

「ちょっとだけね?私のこと好きすぎて呆れを通り越してもっと大好きになったよ」

「それならよかった、かな?」

「うんっ!さ、そろそろ帰ろ?涼のお祝いはこれからなんだから。明日は休みだからね、いつもよりずっと長く一緒にいられるよ?」

「まさかまた……」

「ほーら!いいから、行くよー!」


 相変わらず栞には振り回されっぱなしだ。


 でも……ここで過ごした日々からはだいぶ変わってしまったけど、やっぱりここは大事な場所なんだって再認識した。

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