第75話 ◇涼のためにしてあげたいこと

『明日から学校行けるよ。だから朝は一緒に行こうね?先に行っちゃやだからね?』


 夕飯を終えた後に栞からメッセージが届いていた。あれから栞は大事を取ってもう1日、つまり今日学校を休んでいた。昨日の俺は授業中上の空だったけれど、今日は栞に授業内容を教えなければという使命感でいつも以上に真剣に授業を受けてしまった。

 放課後またお見舞いに行こうと思っていたのに、文乃さんにやんわりと止められた。昨日無理をさせてしまったせいか、まだ本調子ではなかったからだ。栞は『涼に会えたほうが早く治る!』と言ったみたいだけど、文乃さんに『いいから寝てなさい』と言われ無理やり寝かされていたらしい。

 栞に会えない1日はそれはもう長く感じたけど、早く元気な姿が見たいということで我慢した。


 そんなわけで栞からのメッセージに俺はワクワクしている。けど1つ気がかりなこともあって。俺達が微妙な空気を醸し出していた間のクラスのことだ。内心やさぐれていた俺はなるべく表に出さないように気を付けてはいたけど、それでも登校日にあれだけバカをやらかした俺達の様子がおかしいことに気を使わせてしまっていたのは感じていた。

 特に最近俺達と仲良くしてくれている遥と楓さんはだいぶ気を揉んだことだろう。素直に申し訳ないって思う。だからこれからは仲の良いところを見せて……ってそれはそれでどうなんだろうか?また呆れられるだけな気もするけど。


 とにかく、明日からはまた栞のそばにいられる。これでようやくちゃんと二学期が始められる、と思う。なんとなくあの時、夏休み終了間際から俺達の時間は止まっていたように感じていたから。




 翌朝、心配事から開放された俺は気が緩みまくっていた。どれくらい緩んでいたかと言うと、普段はアラームで目を覚ますのに、半分無意識に止めて二度寝してしまうくらいに。


「涼、起きて」


 さすがに母さんに声をかけられれば起きられるはずなのに。


「あと5分だけ……」

「まったくもう。お約束みたいなこと言って……」


 だって眠いんだよ。しばらくしっかり寝れてなかったんだから、もう少しだけ寝かせて……


「ねぇ、起きて?起きてくれないと……」


 あれ……母さん?声近くない……?


 ──ふーっ


「うひょわぁっ!」


 耳に息を吹きかけられて、くすぐったさに一気に目が覚めた。


「やーっと起きた。おはよ、涼」


 目の前にいたのは母さんではなくて……

 にっこりと笑う栞だった。しかも顔がすごく近い。


「全然起きないからどうしよかと思ったよ」

「えーっと、おはよ?いや待って、なんで栞がいるの?」

「お迎えに来たんだよ。昨日言ったでしょ?」

「え?今何時……?」

「うんとね、6時45分だね」


 早いよ!俺がセットしてるアラーム6時半なのに!ちゃんといつも通り起きてても寝起きじゃん……


「ちなみに来たのは……?」

「今さっきだよ。あ、ちゃんと水希さんに聞いてから来たからね?それでまだ涼が起きてこないから起こしてきてって頼まれたの」


 それはそれは……刺激的な起こし方をありがとう……


「ほーらっ!起きたなら顔洗っておいで。寝癖は朝ご飯食べたら直してあげるからね」


 なんか今日の栞はまた一段とパワーアップしたような、良くも悪くも更に遠慮がなくなった気がする。


 背中を押されるように急かされて顔を洗いに洗面所へ。顔を洗ってからダイニングへ行けば既に栞はそこにいて。


「涼、朝ご飯用意できてるよ」


 俺の席にはトーストとハムエッグとサラダが用意されていて、栞がコーヒーを淹れて(インスタントだけど)持ってきてくれる。


 いや、待って。本当にどういう状況……?


 母さんはリビングからこちらの様子をニヤニヤしながら眺めてるし。


「いやぁ、一時はどうなるかと思ったけど。また一段と栞ちゃん甲斐甲斐しくなっちゃって。涼、あんた何したの?」

「いいだろ、別に……」

「ふふ、じゃあ私達だけの秘密だね?」


 別に秘密にしようって話をしたわけではないけれど、2人揃ってボロボロ泣いた話なんて恥ずかしいし。


「ふ〜ん……ま、なんでもいいわ。仲良くやりなさいよ。心配したんだからね」

「わかってるよ……」


 母さんに言われるとなんとなく小言みたいに聞こえてムッとしてしまう。心配をかけたのは確かなんだけどさ。


 なんにせよ、今はとにかく朝食だ。

 トーストにハムエッグをのっけてかじる。こういうのってなぜかのっけたくなるよな。正面の席には栞が座って、肘をついた両手に顔を載せて見つめてきて……ちょっと食べにくい。黙々と食べていて、ふと気付く。


 普段朝食にサラダなんてないのに……


 ちらっと栞を見れば、何も言わないけどちょっと緩んだ表情をしていて察した。


 もしかして一昨日に言ってたのってこういうこと……?




 ◆




 やっぱりいいなぁ、こういうの。


 まだ少しだけ眠そうな顔で朝ご飯を食べ始めた涼を見て頬が緩む。

 なんとなくだけど私のしてることに涼が気付いてくれた気がする。手も口も止めて私をちらっと見たから。


 喜んでくれたかな?毎日……は大変だから、たまにこういう日を作るのもいいなぁ。次はお弁当かな?どんなふうにしたら涼は喜んでくれるかな?渡し方でちょっと驚かせるのも悪くないし、それに内容も考えなくちゃ。


 一昨日涼に話した、してあげたいこと。色々考えていて思い出したのがちょっと前に見た幸せな夢。その再現をしよう。

 思いついたら、私の行動は早かった。昨日の内に水希さんに連絡して事情を話して(私の一言から始まった騒動に関しては伏せたけど)、早朝から涼に会いにくることと、涼の朝ご飯の準備をすることを了承してもらった。材料の用意までしてくれて、あっさりと許可をくれた水希さんには感謝だ。


 今こうしていられるのも全部、私の心のわだかまりを吹き飛ばしてくれた涼のおかげ。一方的に距離をおいた私に会いに来てくれて、怒ってくれて、涼にとっての私の存在意義を教えてくれたから。


 ただでさえ涼への気持ちが重い私にそんなことしてくれたらどうなっちゃうか……涼はわかってるのかな?

 覚悟しといてよ、涼?(あ、ヤンデレにはならないから安心してね!)

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