第73話 ずっと一緒に
眠り続ける栞の手を、ただひたすら握っていた。
栞をこんなに苦しめたのは俺だ。ずっと側で笑っていてほしい、なんて思ってたくせに、栞が倒れるまで俺は何もしてやれなかった。何か無理をしてるのはわかってたはずなのに。
でも……手を握っていたら栞の涙は止まった。呼吸も穏やかになった気がする。まさか寝ながら俺が来たことに気付いてるわけないと思うけど、とにかく安心した。
少しずつ栞の顔色は良くなって、それが嬉しくて気が緩んで、ついいつものように頭を撫でてしまった。栞も甘えるように頭を擦り付けてきて、そして目を覚ました。
「あれ……?涼?……ならまだ夢?夢ならいい?……いい、よね?……ちょっとだけ、充電、させて……私、まだ……もっと頑張らないと……」
栞は譫言のようにそう呟いて、ふらふらとベッドから降りる。そのままベッドの脇に座っていた俺に崩れ落ちるように抱きついてきた。
また勝手に涙が溢れる。こんなになってもまだ何かを頑張ろうとしてる姿を見るのが辛くて。頑張るなら、せめて俺を巻き込んでほしかった。そんなに俺は頼りないのか?栞にそう思われてるかもしれないのが悔しくてしょうがなかった。
でも抱きつかれても、何もわからないこんな状態じゃしっかり抱き締めてあげることも出来ない。倒れないように支えることくらいしかできずもどかしい。
「栞……ごめん、ごめんな……」
「え?涼……?本物?なんで泣いて……」
ようやくちゃんと目が覚めたのだろう。状況が飲み込めずに戸惑っている。でも、目を覚ましてくれたなら話ができる。栞の身体に無理をさせたくはないけれど、納得できるまで話をしないといけないって思う。
「俺が頼りないから……だから何も言ってくれないんだろ?だからこんなになるまで1人で……」
「ちがう!ちがうよ……悪いのは私がっ……あ……ごめん、やっぱり言えない。言ったらまた涼に甘えちゃう……」
まだここにきても栞はそんな事を言う。でも俺はもう限界なんだ。栞がいないことに耐えられない。中途半端ならいっそ捨ててくれたほうがマシだ。
それに、栞とした約束を思い出す。一緒に頑張るって、置いていかないって、思うことがあったら言うっていうのもあったっけ。
だから……俺は栞に対して初めて声を荒げる。
「甘えろよ!頼れよ!1人で無理しないでくれよ!俺は栞にとってなんなんだよ!」
初めて俺に怒鳴られて、栞は一瞬だけビクッとした。でも目をキッとさせて……
ここまでしてようやくだ、ようやく……
「私だって……私だって甘えたいし頼りたいよっ!でもっ……涼が言ったんでしょ!私に支えてくれって。私だってそうしてあげたいよ!涼は誰よりも大事な人だもん!でも今の私じゃ無理なの!彩香は私を家猫って言ったのよ。涼に甘えて、何もかも与えてもらって、そうじゃなきゃ生きていけない弱いやつだって言われた気がしたの!実際いつも助けてもらってばっかりだし……美紀とのこととか、プールの時だってそう。それにちょっと涼と離れただけで、1人になっただけで……こんなに弱くてボロボロで、ご飯もあんまり食べれなくて、全然寝れなくなって体調まで崩して……だから、もうどうしたらいいのかわかんないよ!」
あぁ、やっと聞けた。こんなにも俺とのことで感情を爆発させる栞を見たのは初めてで、きっと全部本音なんだとわかる。一気にまくし立てたせいで栞は肩で息をしていて、涙もとめどなく溢れている。具合が悪いのに無理をさせてしまった。それは申し訳ない。けど本当に不器用だよ、栞は。俺も不器用な自覚はあるけどそれ以上かもしれない。怒鳴って揺さぶってやらなきゃ本音も言ってくれない。
でも、もう大丈夫。これだけわかればどうにかできる。栞に言うべき言葉が見つけられる。それは全部俺の中にあるはずだから。
「ごめん、怒鳴って。栞をそんなに追い詰めてたのはやっぱり俺だったんだね。ごめんね」
「ち、ちがっ……悪いのは……」
「いいんだよ。どっちが悪いとか、そんなことはもうどうでもいいんだ。だからさ、俺の話、ちゃんと聞いてくれる?」
返事はないけどコクリと頷いてくれたので続ける。
「俺はね、栞に支えてもらってたよ。今までで十分すぎるくらい。別に何かをしてほしいわけじゃないんだ。ただ栞は栞のままで俺の側にいてほしい。俺が望むのはそれだけなんだよ。それだけで安心できて、強くなれる気がして、頑張れるんだ」
「こんな、弱い私、でもいいの……?変わらなくてもいいの……?もう、頑張らなくていいの……?」
「今の栞がいい。もし変わっていくなら、その時は俺には隣で見せてよ。知らないところで栞が変わってしまったら寂しいじゃない。それに栞は十分頑張ってたでしょ?まぁ、そもそも俺は別に栞のこと弱いだなんて思ってないんだけど。それを言ったら俺のほうが弱いと思うし。栞がいないのが寂しくてここまで来ちゃうようなやつだからさ」
「じゃあ、私……ただ、涼に……寂しい思いさせた、だけ……ごめっ……ごめん、な、さい……」
「もういいんだよ。何も言ってくれなかったのは寂しかったけど、こんなになるほど俺のことを考えてくれたんでしょ?それがわかって嬉しかったよ。ありがとう」
「もう、涼は……本当に、私に甘すぎるよ……」
また気持ちを通じ合わせることができたと思う。これでやっとちゃんと抱き締めてあげられる。
優しく包み込むように栞を抱き締めると、ようやく笑ってくれた。涙はしばらく止まりそうにないけれど。
「私、あの時、ちゃんと返事できてなかったよね……だから……これからもずっと、涼の隣にいさせてください」
また栞の考えを知ることが出来て、俺の気持ちを理解してもらえて、更にはあの日の返事までもらえたなんて、これ以上のことはない。
「うん。俺からもお願いするね。だからこれからも……」
「「ずっと一緒にいようね」」
俺の言葉を栞が察してくれて、2人の言葉が重なった。それがおかしくて抱き締めあったまま2人で泣きながら笑った。
これからもこうやって何かを1人で抱え込むことがあるかもしれない。だから今回の出来事は教訓だ。怒鳴り合ったっていいじゃないか。本音でぶつかって、その先でまたひとつ相手のことが理解できる。理解できれば思いやれる。そうやって繋がりを強くしていけばいいんだ。ずっと一緒にいるために。
fin
嘘です……続きます!
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