第66話 ◇溺れかけて

 彩香と柊木君は再度の集合時間と場所だけ告げて、あっさり私達を置いて行ってしまった。2人きりにしてくれるのは嬉しいのだけど……


 もしかしたら、彩香達が2人きりになりたかったのかな?


 そう思えばなんだか申し訳ない気分になってくる。きっと彩香達から見たら、私達は危なっかしく感じるだろうし、色々と世話が焼ける事だろう。思い起こせば、ここに来てからも結構やらかしてるわけで。無意識にイチャついたり、脱げたり、涼達がナンパされたり、呆れられるほどイチャついたりご飯を食べてまた……


 イチャついてばっかりじゃん……脱げたのは事故だし、ナンパは私達のせいじゃないけどさ。

 でもこれが私達の今のスタンスなので許してほしいと思う。だって私は涼のことが大好きなんだから。涼も同じ気持ちで応えてくれるから、お互い夢中になるともうどうしようもないのだ。そもそもとして私達はまだ付き合いたて。一般的には一番楽しい時期と言われる頃なんじゃないだろうか。まぁ、私としてはこの仲良し状態をずっとずっと続けるつもりでいるわけだけど。


 とにかく、せっかく2人きりにしてもらったんだから楽しまないともったいないよね。


「涼、私たちも行こっか?」

「そ、そうだね」


 プールに来ていることだし、水に入れば自然と熱も冷めるだろう。


「じゃあまたウォータースライダーに……」


 と提案してみたんだけど。


「いやいや、さっきのこと忘れたの?」

「だって楽しかったんだもん……それに今度はちゃんと結んでもらったから!」


 涼に抱き締めてもらいながら滑り降りた時の熱が身体にまだ残ってる。脱げた恥ずかしさも残っているのだけど、それは涼が助けてくれたことによって美化された記憶になってしまっていた。


「もう、しょうがないなぁ……後で最後に1回だけね?俺、心配なんだからね?」

「はぁい。じゃあね、あそこはどう?」


 あまり心配をかけさせるのも本意じゃないから涼の言うとおりにして、次に私が指さしたのは波のあるプール。そこで浮き輪を使って漂っている人を見て気持ちよさそうだと思ったからだ。


「ほら、そこで浮き輪もレンタルできるみたいだし、安心でしょ?」


 それならば、と涼も了承してくれて、途中浮き輪をレンタルしてお目当てのプールへ。


 周りの人のマネをして、浮き輪の穴に腰を下ろして水面を揺蕩う。涼は私の浮き輪に腕を乗せて一緒にぷかぷか。

 なるほど、これは気持ちがいい。涼も気持ちよさそうに微笑んでいて、しばらくはそのまま2人で波に揺られるままに漂っていた。ふと、一緒にお風呂に入った時に水遊びをしたのを思い出して、悪戯心が湧き上がってくる。


「ねぇ、涼?」

「ん?どうしたの?」

「えいっ!」


 警戒心もなく私の方を向いた涼の顔に、片手で水を掬ってぱしゃっとかけてみる。バランスを崩しそうで大きく動けないから、涼の顔を少し濡らす程度に。


「わぷっ……やったな?」


 涼もお返しとばかりに私に水をかけてくる。でもやっぱり涼は優しくて、水をかけるのはお腹とか手足がメインでなるべく顔にかからないように気を付けてくれる。私も負けじとやり返して。


「ふふ、涼。楽しいねっ」

「そうだね」


 ぱしゃぱしゃと水を掛け合ってじゃれていると、だんだんと楽しくなってきて熱が入りすぎた。脚で水を跳ね上げたりもしてだんだんと動きが大きくなって……

 ここまで言えば何が起こったか想像に難くないと思うけど、私はまたミスを犯した。脚を振り上げた拍子にバランスを崩してしまった。涼も水遊びに興じて浮き輪から手を放していたせいもあって、私は浮き輪ごとひっくり返った。涼に溺れたいなんて思っていた私が、まさか本当に溺れそうになるなんて……前述の通り泳ぎの経験がほとんどない私は焦ってしまう。それがよくなかった。涼が傍にいてくれるのだから、どうにかしてくれるのを待てばよかったんだ。軽くパニックになった私は早く水面から顔を出そうと藻掻いて、なんとか浮き上がった。そこまでは良かったんだけど、慣れない水中で藻掻いたせいで右足をつってしまった。


「いっ……たぁ……」

「栞!大丈夫?」

「大丈夫……じゃないかも……右足が……」



 ◇



 少しはしゃぎすぎた。やばいと思った時には栞はひっくり返っていた。助けようと思った次の瞬間には栞が水面から顔を出して安堵したけど、栞は顔を歪める。


「いっ……たぁ……」

「栞!大丈夫?」

「大丈夫……じゃないかも……右足が……」


 どうやら足をつってしまったようだ。急いで浮き輪だけ回収して栞とともにプールからあがる。足がつった時の対処法くらいは俺でも知っているので、ひとまずプールサイドに栞を座らせる。


「痛いかもしれないけど、少しだけ我慢してね?」

「う、うん。ごめんね、また迷惑かけて……」

「気にしないの。言ったでしょ?いくらでも甘えていいって。それよりほら、いくよ」


 栞の小さく可愛らしい足を掴んで、ふくらはぎを伸ばすように押してあげる。


「んっ……いっ、あっ……りょ、涼……」


 ……痛いのはわかるけど!わかるんだけど!


 栞が漏らす声があまりにも艶っぽくて、こんな状況にもかかわらずドキドキする。しかも名前まで呼ばれてさ……思い出しちゃうじゃん?それに少し顔を上げればスラっとした白くて綺麗な脚があって、その先には水着という無防備な姿なわけで。


「んんっ……あぁっ、ちょっとよくなってきたかも……」


 栞さーん!もうちょっと抑えてくださーい!


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