第49話 美味しかった
「うん、美味しいよ」
一口オムライスを食べてそう言うと、栞は満足そうに笑ってくれる。
「お口に合ってよかった。でもね?口の端にケチャップついてるよ?」
そう言うと栞は指で俺の口からケチャップを拭うと、ペロッと舐めとる。その仕草に今朝のことを思い出してしまい、大変よろしくない。
「栞……?そういうのは言ってくれたら自分で拭くからね……?」
「だって、こういうのちょっとやってみたかったんだもん」
栞はちょっと興味本位でそういうことをしすぎだと思う。そりゃケチャップつけてた俺が悪いんだけども。
「ならせめて2人きりの時にしてほしいんだけど……」
「大丈夫よ。2人ともこっち気にしてないから。ほら」
そう言われて遥と楓さんの様子をうかがうと、なんとも言えない空気になっている。さっきの遥の失言のせいだろうが、じとっとした目で遥を見つめながらオムライスを口に運ぶ楓さんと、その視線から逃げるように黙々と食べ続ける遥。
えっと……これは大丈夫なのかな……?
「そういうわけで、涼?あ〜ん」
「いや、この空気の中でそんなこ──むぐっ」
問答無用で口に突っ込まれた。あの2人がこっちを気にしていないとはいえ、栞も気にしなさすぎではないだろうか。俺はこの状況で平然とイチャつけるほど神経図太くない。栞に関してはまわりを見てないだけなんだろうけど。
気まずい空気の遥と楓さんを尻目に、俺は栞に食べさせられるという、なんとも奇妙な昼食タイムとなった。
全員が食べ終わった後、作ってもらったお礼もかねて、遥と一緒に洗い物をすることに。俺が洗って遥が布巾で水気をとっていく。
「はぁ……危うく飯抜きになるところだったわ……」
「それは遥が余計なことを言ったからでしょ」
「そりゃそうなんだけどさ。涼はすげぇよな。さらっと『美味しい』とか言えるもんな」
「普通だと思うんだけどなぁ。本当に美味しかったし。それに栞がしてくれることは基本的になんでも嬉しいから」
「そういうところなんだよなぁ……」
どういうところなのか俺にはよくわからない。生活能力皆無、とまでは言わないけど料理のできない俺に栞が世話を焼いてくれるなら、感謝するのは当然のことだと思うのだが。
ちらっとダイニングに視線を向ければ不貞腐れた楓さんを栞が宥めているところだった。
「まぁ、後でもいいからちゃんと楓さんに美味しかったって伝えてあげた方がいいよ?」
「ほとんど黒羽さんの作だし、あいつは炒り玉子作っただけなんだけどな」
「そういうこと言うから怒らせるんだよ……」
洗い物を終えると、遥はばつの悪そうな顔で楓さんに言う。
「彩、さっきはごめんな。あれはあれで、その、美味かったよ」
栞が宥めてもずっと不貞腐れていた楓さんだが、その一言でパッと明るい表情になる。ちょっとだけ心配したけど、この2人のことだからいつもこんな感じなのだろう。
「まったくもう、遥は。でも私も下手な自覚はあるから……あんな出来になってごめんね?私もしおりん見習って練習しよっかなぁ。遥、味見役お願いしていい?」
「あ、あぁ。でも食べれるもので頼む……」
「そこは善処する、としか言えないなー」
そこで遥も楓さんも吹き出してしまい、ようやく普段通りの空気に戻ることができた。
「さて、それじゃ和んだところでそろそろ再開しましょうか」
そう栞が宣言するのだが、午前中栞にしごかれ続けた楓さんから抗議が入る。
「えー!もう疲れちゃったよー。遊びたーい!」
「新学期早々居残りさせられてもいいの?」
「う……それはやだ……」
「今日は無理だろうけど、ちゃんと終わったら遊んであげるから、今は頑張りなさい?」
「本当?言質はとったよ?絶対だよ?」
「え、えぇ……涼も一緒でいいならね?」
「わかってるよー。しおりんを高原君から引き離したりしないから安心してよ!」
俺はまだいいと言っていないのに勝手に話が進んでいく。嫌なわけではないからいいんだけど。
楓さんの課題の進捗次第では実現されない可能性もあるかもしれない、というのは野暮なので黙っておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます