第47話 お互い愛が重い

「今更なんだけどさ、涼の親はいねーの?」

「父さんの実家に行ってるよ。帰りは明日の夕方かな」

「つまり黒羽さんを連れ込み放題、と……」

「いや、栞は母さんがいてもほぼ毎日来てるから」

「そっか、そうだったな」

「今はお泊りしてるけどね?」


 栞がぽろっと、何でもないことのように。確かに口止めはしてなかったけども。でもそんなこと言っちゃったら絶対に詮索されて……テーブルに突っ伏して白眼を剥いていたはずの楓さんも興味津々で目を輝かせてるし。


「……涼、詳しく聞かせてもらおうか?」


 ほら、言わんこっちゃない。


「栞?とりあえずお昼ご飯の準備お願いしていい……?」

「あ、うん。そうだね。オムライスでも作ろうと思うんだけど、涼はそれでいい?」

「うん。楽しみにしてるね」

「へへ、じゃあ頑張って作るね」


 これ以上栞が余計なことを言う前に台所に追い出す。俺の『楽しみにしてる』って言葉でウキウキと張り切っているので、作業に集中してくれることだろう。


「それでそれで?しおりん高原君ちにお泊りしてるって本当?」

「はぁ……まぁ栞が言っちゃったから白状するけど、本当だよ。栞は昨日からうちに泊まってる」

「ほほぉ……じゃあ、ゆうべはお楽しみでしたね?ってやつだね?」

「言っとくけど何もしてないからな?」


 過度なスキンシップはあったけど、そこまで白状するつもりはない。


「なーんだ。つまんなーい。私、しおりんのお手伝いしてこよーっと。そっちのほうが面白い話聞けそうだし?」


 楓さんは俺の方を見てにやりとした後、台所へ行ってしまった。程々にしてくれよ、と思う。栞はなんというか、俺のことになると口が軽い気がするし。


「涼よ……へたれたか?」

「ちげーよ……栞が怖がってるのに手なんて出せないだろ」

「あぁ、そっちかぁ。黒羽さんのことだから、涼のほうが押し倒される側だと思ってたけどな」

「遥の中の栞のイメージってどうなってるんだよ……?」

「うーん。愛が重くて、涼のことになるとまわりが見えなくなるって感じじゃね?」

「あながち間違ってはいないけど……そんなことよりそっちはどうなんだよ?楓さんと付き合い長いんだろ?」


 俺達のことばかり聞かれるのはフェアじゃない気がして聞き返す。


「俺達はほら、助走距離が長かったからな、付き合い出してからは色々早かったな。彩もあんな性格だから物怖じしないしな」

「そういえば幼馴染みだったっけ?」

「そうだな。って言ったことあったっけ?」

「教室でそんな話してるのが聞こえたからさ」

「あぁ、あいつ声でかいからな。」

「なんかごめん。盗み聞きみたいになって」


 耳をそばだてて聞いていたわけではないが、なんとなく申し訳なくなる。


「いいよ、気にすんな。とにかく、俺達家が近くて親同士も仲が良くてさ、昔からよく一緒にいたんだよ。最初は手がかかる妹みたいに思ってたんだけど、気付いたら、な。まぁ、よくある話だろ。中学のころ微妙に気まずくなったりとか、そういうのもあったしな」


 俺達よりよっぽどラブコメみたいなことがあったらしい。遥の気遣い屋な性格も、きっと楓さんに振り回されてるうちに形成されたんだろう。楓さんは猪突猛進なところがあるし、フォローして回る遥の姿を想像して笑いがこぼれてしまう。


「なんだよ、急に笑いだして」

「いや、遥も大変だなって思って。楓さんは制御するの大変そうだし」

「そうでもねぇよ。勢い任せで行動するところはあるけど、それがあいつのいいところでもある。良くも悪くも裏表がないから、気付いたら相手の懐に入ってるんだよな。ほら、見てみろよ」


 遥が視線で台所を指す。そこにはキャイキャイしながら料理をする栞と楓さんの姿があった。俺に向ける笑顔とは違うけど、それでも楽しそうにしている。なんだか少しだけ嬉しい。


「あれだけ気難しそうだった黒羽さんも、彩には結構心を許してる気がするだろ?」

「そうだな……」

「ま、そういうところだな。俺が彩を好きなのは」

「でも遥、視線がなんかお父さんみたいだよ?」

「せめて兄と言え!涼も大概だからな?黒羽さんを見てる時の顔、写真に撮ってやろうか?」


 そんなの見せられなくても知っている。付き合って初めてのデートの最後に撮ってもらった写真。今もスマホの中に大事に保存されている。あの時の顔をしてるのだろう。


「自覚はあるから大丈夫」

「そうか?まぁ、お互い愛が重いってことだな」

「そうかもね」


 それからはお互いの恋人を眺めながら、ご飯が出来上がるのを待つのだった。





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