第43話 ◆鍵
まったく、涼はどうしようもない人だ。私にあそこまで言わせるなんて、世話が焼ける。
でも……どうしようもないのは私の方かも。
自分でもどうかしてると思う。まさか自分がこんなふうになるなんて。涼のどんな姿を見ても、結果的に好きという気持ちを増幅させるだけ。この熱は冷めることがない。どんどん温度を上げていくのが自分でもわかる。
最後は涼も我慢しなくなって、2人で我を忘れて……
思い出すだけで、ぼっと顔が熱くなる。まだ頭にも唇にも余韻が残ってるし……
──ガシャンッ
ちょっと動揺して包丁を落としちゃった。幸い怪我はせずに済んだけど、さすがに今は考えないようにしたほうがよさそうね……
「栞?なんかすごい音したけど大丈夫?」
「だ、大丈夫!ちょっと包丁落としちゃって……怪我もしてないし、刃こぼれとかもしてないし」
「やっぱり俺も手伝った方が……」
「大丈夫だから!これは私の仕事なの。だから涼はゆっくりしてて」
今日の夕飯はカレー。小学生でも作れるようなものだし、誰が作ってもそんなに味に変わりはない。それでも私が作ったものを涼に食べてもらいたいと思ってしまう。
でも、このまま涼との付き合いがずっと続いて一緒に暮らすようになったら……2人で台所に立つのも悪くないかな。そういうのにも少し憧れる。まぁ、その前に涼に基本を覚えてもらわないといけないけど。いや、それ以前にまず同棲かな……
って、まだ早いかぁ。だってまだ高1だもんね。お泊まりは許してくれた……というか強制的にさせられたけど。同棲するならどんなに早くても大学生からかな?帰ったらお母さんに相談しようかな。気が早いって言われちゃうかな?それとも、もう今から涼君の家に住まわせてもらったら?とか言われちゃうかも!そしたらもうほぼ夫婦……私どうなっちゃうの?!
……いや、さすがにそれはないか。こんな状況だからか妄想が捗っちゃった……ないよね、お母さん?あるって言ってもいいのよ?
そんなバカなことを考えているうちにカレーはほぼ完成。後はもう少し煮込むだけ。お米も炊き上がりを待つのみ。やることがなくなってしまった。でも涼のところに戻ったらきっとまたスイッチが入ってしまって……焦げの混ざったカレーを食べさせるハメになる気がする。だから台所から涼にちょっかいを出すことに。
「なんかこうしてると結婚でもしたみたいね?」
「まだ付き合って1ヶ月も経ってないのに?」
「いいでしょ?せっかくの機会なんだからそういうこと考えても」
「俺もそういうこと考えないでもないけど……でも今はまだ恋人としての時間を楽しみたい、かな」
ほほぅ……?涼はもっと甘い感じをご所望ですかな?これは彼女としてもっと甘えてあげないといけないかな?
ゆっくりと鍋の中身をかき混ぜながら涼とお喋りすること十数分。こんなものかというところで火を止める。
「涼、できたよ。もう食べる?」
「うん。ありがと。俺も何か手伝えたらいいんだけど、現状邪魔にしかならないのが辛いところだよ……」
世の男性諸君?こういうところが大事なんだよ?どんな簡単なものでも手間はあるんだから、もし作ってくれる人がいるなら感謝は忘れずにね?
私の涼はこういうところ本当にちゃんとしてると思うの。邪魔にしかならないなんて言ってるけど配膳は手伝ってくれるしね。
「「いただきます」」
2人でカレーを食べる。
少し水っぽかったかな?煮込みが足りなかった?
ちょっとだけ不安になって涼の顔を窺う。
「ん?あ、美味しいよ?」
涼はちゃんとわかってくれて、その上褒めてくれて。今日だけでこれまで以上に涼との距離が縮まった気がする。他人から見ればもうほぼゼロ距離に見えてるのかもしれないけど……
だって涼といると安心するんだもん。しょうがないでしょ?
でもこういうのも幸福感を感じる。なんか今日は過度にスキンシップを求めてしまったけど、こういうのも大事なんだって思った。
夕飯と片付けを終えて、ソファで涼とくっついてテレビを見る。正直、隣の涼のことばかり気になって内容は入ってこない。時間ばかりが過ぎていって、よくわからないバラエティ番組がただただ垂れ流されている。
だってお泊まりなんだもん。どうしたってこの後の事を考えちゃうでしょ?私、覚悟できてるって言っちゃったもの。私達……しちゃう、のかな……?
と、とりあえずちょっと1人で落ち着きたい。涼にはお風呂にでも行ってもらうことにしようかな。
「涼?その、お風呂とかそろそろ入る?」
「あー、もうこんな時間なんだ。ちょっとお湯張ってくるね」
お湯張り中に話し合った結果、譲り合いみたいになってしまったが、涼に先に行ってもらうことに成功した。1人になった私はお茶を飲んで心を静めようと試みる。
そういえば、と思い出す。朝、涼に渡された鍵のこと。今もポケットに入ってる。涼が理性がどうとか言ってたやつだ。取り出して眺める。形状からしてきっと机の鍵だろう。
気になってしまったら止められず、私は静かに涼の部屋に向かい、予測をつけていた机の引き出しの鍵穴に鍵を合わせる。思った通りに解錠できた。ゆっくりと引き出しを開けると、雑然と筆記用具等が入れられた奥に『それ』を見つけた。ドクンッと心臓が跳ねた。私は見なかったことにして、元通りに鍵を掛けてリビングへ戻った。
心臓がバクバクする。現実の形あるものとして見てしまったことで腰が引けてしまった。びびってしまった。
覚悟できたなんて言ったの誰よ……
……私だ……全然ダメじゃん私……
涼がお風呂から出る音が聞こえて、ビクッと身体が跳ねる。
どうしよう……顔合わせられない……
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