ボッチを卒業して2人ボッチになった話
あすれい
第1話 2人のボッチ
「ここ、間違えてるわよ。」
図書室で今日出された数学の課題に頭を悩ませていた俺、
「えっ?!」
「(1)の回答を使って(2)を解くのに(1)が間違ってるの。ほら、ここ。使う公式を間違えてる。ちょっと似てるけどこの問で使うのはこっちの公式」
「いや、アドバイスはありがたいんだけど、どうして黒羽さんが?」
「図書委員だもの、図書室にいるのは当たり前のことでしょ?」
「いたのは知ってるけどさ。なんで俺なんかに話しかけたのかなって。だって……」
黒羽さんは見た目だけで言うのであればとても地味だ。目を隠すような長い前髪、いつもセミロングの黒髪を1つに縛り、肩から前に垂らしている。かけている眼鏡も地味さを引き立たせるのに一役買っている。地味な見た目に反して、立ち姿や仕草は洗練されておりなんともチグハグな印象を受ける。まるであえて暗い印象を作り出しているかのように。
学業においてはとても優秀で、入試をトップでパスし、入学式では新入生代表に選ばれたほどだ。たしか前回の中間考査でも学年1位に輝いていた記憶がある。
「さぁ。なんでかしら。私も気まぐれをおこすことがあるのかもしれないわね」
「気まぐれって……今までクラスでも誰とも話したりしてないじゃないか。それなのになんでいきなり俺なんかに……」
彼女はいつも独りだ。誰とも話さず本を読んでいるか、勉強をしているかのどちらか。しかも自ら望んで独りでいることを選んでいる。そんな彼女が入学式の日のHR、自己紹介の時間で言い放った言葉がこれだ。
『
他のクラスメイトは「よろしくお願いします」とか「皆仲良くしてください」とか言っているなかで、彼女は「関わるな」と言ったのだ。その瞬間、クラス中が凍りついた。それまで和やかな雰囲気で進行していたというのに、たっぷり1分程は沈黙が続いていたと思う。気を取り直した担任によって再開されたが、その後の雰囲気は最悪だった。
そんな彼女に進んで話し掛けるような猛者がいるわけもない。そんなわけで話しかけられて驚くなというのが無理な話なのだ。
「そう言うあなただって似たようなものでしょ?クラスで浮いて……いえ、沈んでいるが正しいかしら?」
そう、こんなことを言っている俺もクラスではいつも独りだ。もともと人見知りで引っ込み思案だった俺は誰かに声をかける勇気もなく、気付けばまわりはグループを形成していて取り残されてしまっていた。まぁ、声をかけられたところで萎縮して逃げ出してしまうんだけど……
「沈んでるって表現ちょっとひどくないか?」
話したのは初めてなのだが、なかなか辛辣な言い方をする。自信なさげな見た目と、この物言いのギャップの違和感が半端ない。
「見ていたイメージで言ったのだけど」
「浮いてるのほうがまだましな気がするよ……」
「そんなことより課題はよいの?」
「黒羽さんが沈んでるとか言うからでしょ!」
「そう?それじゃお詫びと気まぐれのついでに、今日だけは特別に他にわからないところがあれば教えてあげるけど?」
「お願いします……」
なんだかんだで面倒見が良いようだ。おかげで思っていたより早く課題が片付いてしまった。なんでこの人これでぼっちやってるんだろう?教えるのは上手いし、話してもどもったりすることもない。コミュニケーション能力に難があるようには見えないのだ。
とにかく助かったことは確かなのでお礼を言うことに。
「ありがとう、助かったよ」
「あなた前回の試験の総合順位はそこそこよかったはずだけど、数学はてんでダメなのね」
「うるさいな……苦手なんだよ。それでも平均点は余裕で超えてるし。というかなんで俺の順位なんて知ってるんだよ」
「上位30人までは張り出されるじゃない。そこにぎりぎり引っ掛かってるのを見たのよ。知ってる名前だったから覚えてただけ。私、記憶力は良い方なの」
黒羽さんの前では自慢にもならないけど、俺もそこそこは勉強ができる、と思っている。学生の本分は学業なのだから、というのは友人がいないことに対する言い訳か。遊ぶ相手がいないので必然的に勉強に充てる時間が多くなっているだけだ。
「まぁなんでもいいけれど、これからも教室では話しかけないでね。それじゃ、委員の仕事、終わりの時間だから私は帰るわ」
しっかりと釘を差された。やっぱり人とは関わりたくないのか。ますます俺に話しかけた意味がわからない。
「あぁ、じゃあまた」
「えぇ、また」
そう言った瞬間、少しだけ寂しげだったのは俺の気のせいだろうか?
俺も荷物をまとめて帰宅しようとしてふと気づいた。ただの挨拶なだけなのかもしれないけど『また』と返してくれたということは次があるのではないかと。
この日を境に俺の環境は大きく変わっていくのだが……
俺はまだ気づいていない。黒羽さん相手には逃げ出さなかったことに。
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