ジャスミンのペンダントは湖の中

青海

夢は湖の中で

『……――佐藤さん、後で職員室に来てください。もう一度言います。佐藤さん――。』


 四限目の初め頃、そういう放送が流れた。

 ああ、可哀想に、呼ばれた佐藤さん。多分、その人のクラスでは今弄られてるだろうに。先生も酷だ。

 かく言う私は長田という名字なので、私では無いことは確かだ。

 私のクラスでは、非日常なことが起こり、ちょっとした騒ぎになった後、先生が粛清し、授業が再開された。

「あれ、何の知らせだったのかな。」

「さあ、何か悪いことでもしたんじゃ無い?」

 授業が終わった後、はじめに話しかけると、私に目線も合わせぬまま、そう答えた。

「わからんなあ。あ、そういえば、昨日のテレビ見た?」

「見てない。」

「だよねぇ。」

「お前と通話してただろうが。」

あ、目があった。

「私はね、源と通話しながら見てたよ。」

「ふうん。」

「アンタの好きな俳優さん出てた。」

「……マジ?」

あー、見ればよかったー。と後ろに反りながら源はそう言った。

「何に出てた?」

「『君の町に!ドッキリ大作戦!』」

「んだそれ」

「地方のやつ。」

「はー、勉強やめてそれ見ればよかった。」

「どんだけ見たいんだよ。」

「……。」

「?」

姿勢を戻したと思うと、じっと私の方を見た。

「なに?」

「いや?チャイム鳴るぞ。」

「あ。」

私が声を出すと、ちょうどチャイムが鳴った。

 私は水浸しになった床をチャプチャプさせながら自分の席に戻った。


「……ここにいるべきじゃ無いよ。お前は。」


『……――三原さん、後で職員室に来てください。もう一度言います。三原さん――。』


 次の日、再び同じ様な放送が流れた。三限目だったけれど。

 昨日と同じ様な感想を抱きながら、昨日よりも人が少なくなったクラスがまた騒ぎ出した。昨日と同じ様に先生が粛正して、また授業が再開された。

「ほんと、何人呼ばれてんだよ。」

「それな。」

源は昨日と同じ様に目を合わせずに受け答えしていた。

「そういえば、課題進んでるか?」

「いや?」

「俺も。」

私は源から問いかけられた質問を簡単に答えた。

「……ふ、」

「ん?」

「いや、源と一緒にいるの、なんか、安心するし、楽しいなぁって。」

「それはぁ……そう。」

二人でひとしきり笑った後、源が口を開いた。

「……でも、もう、だめだぞ。」

私は一瞬驚いたが、すぐに言いたいことを理解した。

「でも、もう少し、居させてよ。寂しいでしょ。」

「しゃあねぇなぁ。」

 そして、ちょうどチャイムが鳴った。

 私は、膝まできた水をかき分ける様にバシャバシャと進んだ。


 そして、来る日も来る日も、誰かが呼ばれて、人は居なくなって、遂には源もいなくなって、水深も深くなっていった。

 ――ああ、そろそろ潮時だ。

 私は、湖に飛び込んだあの日を思い出していた。


『……――長田さん、今すぐに放送室に来てください。もう一度言います。長田さん――。』


 私の体全てが浸かるほど深くなった水の中で、私はあいも変わらず息をしていた。一人だけの教室を抜けて、放送で聞こえた声の主がいるであろう放送室に向かった。

 泳ぎながら放送室に向かい、ドアを開けると、そこにはやはり源が居た。

「……よう、かなで。」

「……よ。」

 ああ、終わるんだ。

 源は座っていた場所から立ちると、私の方に来た。少し悲しそうな顔だった。

「やっぱり、ここにいちゃいけない。」

「それでも、ここにいたいよ。」

「馬鹿言え。ここはもう水浸しだ。それに、お前は生きるべきなんだよ。」

「……やっぱり、だめ?」

いつの間にか、涙が溢れていた。その涙は水の中に消えてしまったが。

「俺のわがままに付き合わせちまったな。」

「馬鹿だなぁ。私は、源と居たいだけだよ。」

「クサいこと言う。でも、もう目覚める時間だ。」

「このままは、無理?」

「俺のせいでお前まで死なせるわけには行かないしな。」

「なんだよ、もう。」

 ああ、だんだん眠たくなる。

「――俺のいない世界でも、きちんと生きろよ。」


 数ヶ月前、源は色んな奴にリンチに遭った。

 体のあらゆるところに痣があって、血も出てて、凄く痛そうだった。

 そこから、私たちはあまり話さなくなった。

 私は特に何もなかったが、源と一緒に居れないのは嫌だった。

 ある日、とある湖に飛び込むことを源から聞かされた。その時、私は一緒に飛び込むことを決めた。

 そして当日、私は森の奥にある綺麗な湖に飛び込んだ。

――私の事を置いていきやがって、やな奴。


 目が覚めると、私は病院のベッドで寝ていた。

 酸素マスクに、沢山の管が繋がっている。

 横には母がいるらしく、心配してくれてたらしいが、そんな声は耳を通り過ぎていた。

 つう、と涙がひと筋溢れた。

 

 あの時間だけが、私の、私達の最期の安静の場だった。


 ジャスミンのペンダントは湖の中

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