第四十三話 中央市3

トレド中央市の最終日。陽は傾きかけてきて、中央市は終わりに近づいていた。

「今日もたくさんお客さんが来たね!」

サルネ村の露店の売り上げは上々だ。特に特産品のカブは一日目だけで完売してしまった。

「テラが売り子をしていたらどんどん売れていったなぁ」

テラはそれを聞くと胸を張った。えっへんとでも言いたげな誇らしい表情だ。

「テラは将来、すごい商人になるかもしれないな」

そう言って、アヴァンはテラの赤髪の中に手を入れ髪をワシャワシャしながら激しく撫でた。

「も、もうやめてよ、お父さん!」

テラはボサボサになった髪を急いで整える。


「もうだいぶ客足は落ち着いてきたから、二人で他のお店を見てきたら?」

エルサは残った商品を片付けながら言った。

「ほんとうにいいの?やったーーー!」

テラは両の握り拳を天高く突き挙げ、小さく飛び跳ねた。

「お前一人で大丈夫か?重いもの結構あるし……」

アヴァンは背後で残りの商品を片付けるエルサを心配そうに振り返りながら言った。

エルサは黙々と片付けを続けている。

アヴァンは再び目の前にいるテラの顔を覗き込んだ。

「テラに任務を授けるぞ。お母さんを連れ出して何か美味しいものでも買ってきなさい」

そう言ってアヴァンは銅貨を三枚テラに手渡して、振り向いたエルサへにこりと目配せをする。


「はーーい!お母さん、行くよ!」テラは銅貨を固く握りしめ、エルサの手を引いて店の外へ連れ出そうとする。

「ありがとう、あなた」

エルサはアヴァンへウインクをし、テラに手を引かれるまま通りへ出て行った。


アヴァンは2人が去って静かになった露店で、妻のことを想う。

全くしっかり者でよくできた妻だよ、お前は。たまには羽を伸ばしておいで。

アヴァンは一人、口笛を口ずさみながら、残った商品を片付け始めた。


***


「わぁ、すごいきれい。見て見て!」

テラは薄緑色のガラスの器を手に取り、太陽にかざす。西陽がガラスを抜け、緑色の燐光をテラに投げかける。そこには満面のテラの笑みがあった。

「本当ね」

エルサもにっこりと優しい笑みを浮かべた。

テラはガラスの器を露店の台に戻すとすぐに、次のお店の方へ歩き出した。

エルサは笑みを浮かべながらテラのすぐ後をゆっくりとついて行く。

「早く来て、こっちにも面白いものが売ってるよ!」

テラは向こうにある店に向かって、人混みを器用に避けながら駆けて行く。

「うわ!」

目の前に急に人影が現れたのだ。咄嗟に止まろうとする勢いを完全に止められずぶつかってしまった。

テラはその人物に弾かれ尻餅をついた。

「いてて……」

テラは目の前に立っている人物を見上げる。ぶつかった反動で目の前の人のフードがずれ落ち顔が見えたが、その姿勢は一切崩れていなかった。

その人物は長い白髪の初老の男だった。うーん、どこか見覚えのある気がする……。

「テラ!大丈夫?」

エルサは急いでテラのもとに駆け寄り、テラを起こし、スカートに付いた土を払ってくれた。

「うん、なんともないよ。大丈夫!」

テラは元気に返事をした。

「すいません、大丈夫でしたか?」

エルサは老人に訊ねる。

「なに、この通り、なんの問題もないですよ」

老人は珍しい履き物を履いた足でピョンピョンと数度軽く跳んだ。

「それでしたらよかったです」

エルサはホッと胸をなで下ろす。

「それより、お嬢ちゃんは大丈夫かな?」

「おじさん、すいませんでした」

テラは急いで立ち上がり、アヴァンからもらった銅貨を手が白くなるまで強く握り締め、老人に向けて深く頭を下げた。

「なあに、大したことじゃないよ。私もお嬢さんが走ってくるのに気が付かずに歩いていたなんて不注意だったよ」


老人も頭を軽く下げた。そしてテラの目を少し覗き込んだかと思うと、深くフードを被ってしまった。老人の目は澄んだ碧色で、凪いだ湖面のように静かな光を湛えていた。

「師匠、どうしたんですか?」

老人の背後から若い男の声が声を掛ける。背の高い青年が老人の背後からぬっと現れた。

「なあに、なんでもないさ。先を急ごうか」

老人は青年を引き連れ、歩き去る。


テラの中にはその湖面のような老人の瞳が記憶に残った。

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