第7話「初めての報酬」
日が落ち、夜の帳が下りる。
グランアインの町は、一部の高級住宅街だったり、各ギルド付近には魔法ランプが点灯しているが、基本的には光源など無いに等しい。
故に、夜の時間帯となれば自ずと人はいなくなる。せいぜい、油を指したランプ片手に周囲を見回る衛兵か、一日の終わりに甘美な安酒を
だが、その暗がりの中であろうと衰えない活気を放つ場所が、酒屋と娼館以外にも存在する。
それがここ、冒険者ギルドである。
夜にしか受けられない依頼の為に、メンバーの待ち合わせ場所に使うパーティもいれば、酒に酔ってふらりと立ち寄り、椅子を占領してイビキをかく奴もいる。
冒険者達の心を僅かでも癒やさんと青々茂る、健気な観葉植物に水をあげる受付嬢も、深夜のシフトは当然のように存在していた。
勝手知ったるというのは非常に居心地が良いのだ。故に、ここから人がいなくなるという事態はそうそう無いと言っていい。
そして俺たちもまた、そんな冒険者ギルドに足を運んでいた。
「はい、こちら報酬の銀貨40枚です! お納めください♪」
「おぉぉぉ……!」
「……フスゥ」
俺とハノンの目の前には、10枚一括りで筒状になった入れ物に入った銀貨が差し出されている。
新人が一人で稼ぐには、中々に凄まじい額だというのは想像に難くない。俺もぶっちゃけ、全額は無理だろうと思っていたしな。
だからこそ、素直にこいつに感心しよう。この金は、間違いなくハノンの稼いだ金だ。
「いやぁ、町役場の職員さんが驚いていましたよ! まさか、あの依頼を一日でこなしてしまうなんて思わなかったと! しかも一人でっ」
「あ、いえ、その、一人という訳では……」
「ご謙遜しないでくださいよぉ。んふふ、ホント、痛快な思いをさせてもらいましたので。役所の職員、こっそり自分の懐に差額を入れようとしてたんですよ? がめようとしてた分を渋々取り出してるの見た時にゃあ、腹がよじれそうになったもんさね」
ふん、そんなこったろうと思ったぜ。
この依頼は、役人にとってもいい小遣い稼ぎだからな。途中までしか終わらなかった分を少しだけ懐に入れて、役場には25とは別に一部達成報酬を払ったとか言ってごまかす奴がいるんだ。
この確認作業は役人共通の仕事だからな。自分もおこぼれに預かりたくて告発もしない。暗黙の了解みたいになってる訳だ。
しかし、今回はハノンの粘り勝ちだ。その役人には涙を呑んでもらうことにしよう。
「さて、ここに報酬があるんだが……どうするね坊や? この金を全部渡してもいいんだけど、ギルドで管理してもらうって選択肢もあるよ?」
「管理、ですか?」
『まぁ、貯金だな。冒険者カードあるだろ? あのカードに貯蓄情報を覚えさせて、財布を持たずに買い物できたりするんだよ』
「便利ですねぇ……」
『場所は限られるけどな。下町の市場とか、屋台とかは対応してねぇ。けど、冒険者御用達の宿屋とか、武具屋。神殿なんかでは問題なく使えるぞ』
ハノンはしばらく考えた後、銀貨5枚だけを懐に入れることにして、後は全額管理して貰うことにした。中々クレバーな選択じゃないか。
「えへへ……僕の、お金……」
『おう、お前が稼いだ、お前だけの金だ』
「……ありがとうございます。これで明日、カイル達に串焼き買ってあげれる……」
ふわりと花が咲いたような笑顔じゃないか。見てくれが可愛らしいだけに、絵になる光景ではある。
待ち合わせをしていたであろう女性冒険者が、じっくりと生暖かい視線を向けるくらいだからな。というかアイツ、朝も見てなかった? え、怖……。
「あ、そ、その。できれば、この辺で情報屋さん、とか、いませんか?」
『あ? 情報屋か』
「は、はい……この国から、東にある土地について知りたくて……」
ふむ、東の土地か。極東の島国とかは聞いた事あるけど、俺個人は詳しくないな。
とはいえ、情報屋ねぇ……うん、いるにはいるんだが、今のハノンに合わせたくはないな。後ろ暗い連中だし、なんの準備もない幼い少年に向かわせる場所じゃない。
せめて装備を整えて、冒険者として最低限の経験を積んでから紹介した方がいいだろう。
その意思をハノンに伝えると、ハノンは素直に従ってくれた。自分がどのくらいの実力なのかを、ちゃんと把握してくれいるようである。なによりだ。
『ま、それよりお前は、湯に浸かって臭いを落とせ。沁みついてるぞ?』
「っ……ヴ、ヴォルさんだってそうじゃないですかぁっ」
『おうよ。だから契約獣として正当なケアを所望する!』
「あ、あうぅ……宿代、いくらくらいするんだろう」
んはは、そうそう悩め。手持ちの資金と
俺はパメラに目配せする。するとパメラもそれを察したようで、一枚の紹介状を取り出してくれた。
「坊や、宿屋ならここを使うといいさ」
「ふぇ? ……竜の息吹亭?」
「坊やみたいな、どっか訳ありで冒険者やってる子にはお勧めの宿屋さね。色々口が堅いのさ」
「へぇ……一泊で、いくらするんです?」
「安心しなよ。既に20日分、三食付きで支払われてるからさ」
「!?」
よしよし、アルバートがちゃんと手配してくれてたみたいだな。
竜の吐息亭は、この町で最も信頼の置ける宿屋である。
元冒険者の旦那と肝っ玉母ちゃんが営むその宿に泊まることは、冒険者として一種のステータスと言ってもいい。徹底した個人情報厳守を貫く、安心と信頼の揺りかごだ。
「え、ぁ、その、なんで、え?」
「そこの兎の粋な計らいさ。乗っかっておきな?」
「ヴォル、さん?」
『……俺の事がばれない為に、しっかりした宿屋を選ぶ必要があっただけだよ』
「で、でも、ヴォルさんの貯金は、使えないって……」
まぁな。本来、俺の生前の金はもう使えない。
なぜなら、俺の死体の腐食防止と蘇生、そして精神入替が可能な魔法使いの捜索に使われるからだ。
ギルドには余裕がないからな。自分の為にもそこは渋っていられねぇ。
しかし、俺にも一枚だけ切れる手札がある。俺の頭ん中にしかない、とっておきの情報だ。
ズバリ、死ぬ前に受けていた依頼。ソロ冒険者しか狙わないモンスターの情報である。
こればかりは、俺に教えてもらうしか情報がない訳だからな。つまり、契約獣である俺が握っている情報は、ハノンの手柄って訳だ。
これをネタにしてアルバートに話を通し、この竜の吐息亭に滞在する金を、依頼報酬で賄ったのさ。仮にハノンが25枚しか銀貨を稼げなかったとしても、この保険は生きていただろうし、ハノンの金が浮くことは良い事だしな。
「そうだったんですか……ありがとうございますっ」
『まぁ、頑張ったご褒美みてぇなもんだな。さっさと行って体を休めようぜ? 限界だろお前』
「っ……は、はぃっ」
なんかハノン、感極まって泣きそうなんだけど……やめてくれ。オジサンそういう少年の涙とか間近で見たくないお年頃なの!
なんかむず痒い感じになっちゃうの!
「クック、しっかりお礼してあげなぁ? 角兎は首の付け根をコスコスしてあげると気持ちいいらしいよ?」
「は、はい! 宿屋でいっぱいしてあげますね?」
「フシッ!? フ、フスッ!」
いいから! そういうのいいから!
なんか背徳感とかそういうの感じちゃうからぁ!?
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