兎と少年冒険記 ~おっさん冒険者は、兎になって新人育成中~

べべ

第1章「兎と少年」

第1話「ひょんなことから契約獣」

 

「……『生命よ、我が声に応えよ』……えっと、『魔として生まれ、力を振るう者よ。我は』……すみません、もう一回読ませてください……」


 とある一室にて。幼さを隠しきれない高音が、俺の耳をくすぐった。

 これで何度目のリテイクだろうか。少々うんざりしながら、視線をずらし部屋を見回す。

 良い部屋だ。内装こそ派手ではないが、所々で高値の調度品や家具が見られる。だが、けして嫌味な雰囲気ではない。

 最低限、上に立つ者として揃えるべきを揃える必要がある。そんな配慮が感じられる部屋だ。

 背後には、書類棚と執務机が配置されている。この部屋の持ち主は、いつもならあそこに齧りついて様々な書類と戦っているのだろう。


「落ち着いて詠唱しなさい。今回の相手は決して逃げないし、君に危害をくわえるような事はしない。だから緊張せずに、己の中の芯と彼の芯を繋ぐというイメージに集中すればそれで良い」


 その部屋の主が、俺の目の前で授業を行っている。良く言えばクール、悪く言や無愛想って感じの男だ。

 特徴的な青髪をオールバックでまとめ、眼鏡越しに見える瞳は物事の裏を探る事に慣れきっている。まぁスレてるってことだな。

 歳は若く見えるが、こう見えてこいつは俺の同期だ。最低でも30年はここに務めてるって事になる。まったく長耳エルフってのは、見た目なんぞあてにならん。


「は、はい! いきます……!」


 対して、もう片方の少年はどうだろう。

 歳は、10の前後ってところだろうか。ボロを着込み、所々薄汚れた風貌をしているが、その見てくれはけして悪くはない。

 いや、むしろその服装であってもなお人目を惹くほどに整った顔つきをしている。ともすれば少女とも取れそうだが、覗く手足の筋などはちゃんと少年特有のものだ。

 薄い銀色の髪はボリュームがあり、少々痩せた輪郭を丸く見せてくれている。大きな青い瞳に、低過ぎず高過ぎない鼻。唇は栄養が足りていないのか、乾燥しているように見える。

 総じて、磨けば光る原石って評価だな。


「『生命よ、我が声に応えよ。魔として生まれ、力を振るう者よ。我は汝の力を求める者なり』……」


 少年が、呪文の詠唱に入る。その唇から漏れる声はどうにもたどたどしいもんだ。

 暗記した内容を必死で途切れないようにしているからか、こちらに漂ってくる魔力は弱く、吹けば散りそうな程度しかない。

 ……まったくもって、先が思いやられる。仕方ないから、手助けしてやることにした。


「『共に生き、共に歩む盟友となれることを望む』……『さすれば、我が魔力を通貨として捧げん』」


 少年の魔力を、俺は自分の魔力で絡めとる。互いを繋ぎ、少年の芯を魔力越しに感じ取っていく。

 ここで注意すべきは、主導権を俺が握らない事だ。あくまで少年が主ってことで進めんといかん。

 契約魔術ってのは、主導権を握られた方が下になってしまうのだから。


「『魔の者よ。応えるならば、今ここに契約を』……『我が友よ。応えるならば、今ここに契約を』……」


 少年の弱々しい魔力を、俺の中に受け入れる。これならば、少年は俺の芯を見つけることができるだろう。

 後は、互いが繋がったのを確認し、俺が同意として受け入れりゃそれでいい。


「……フシッ」


「……『契約は成った。ハノンの名の元に、汝に名を与える』……『友よ、汝の名はヴォル・・・! 魂の名である』!」


 キィン、と、清んだ音が響いた。

 その音は、俺と少年……ハノンの2人しか聞こえないものだ。これで契約は成った。

 これが解除されるまでは、このハノンが御主人様ってわけだな。


「見事だ、とはお世辞にも言えないが、なんとか成ったな。彼に礼を言うと良い」


「あぅ……す、すみませんでした。ヴォルフガングさん!」


 あ~、やめてくれ。その名で呼ぶのは。今の俺は、そんな大層な存在じゃないんだ。

 そんな俺の気持ちが届いたのか、ハノンはいかにも失言したかのような表情を浮かべて慌てふためいている。

 なんとも頼りない様子にため息が漏れそうになるのを、自分の耳を前足で撫でることで紛らわしつつ、俺はハノンに語り掛けた。


『聞こえるか、少年?』


「え、あ、はい! わわ、凄い……念話なんて初めてです」


『契約した間柄だからな、こういう事もできる。……んで、だ。お前さんは俺の御主人様になったわけだから、なんて呼ぶかはわかるだろ?』


「えっと……ヴォル、さん?」


『そうだ。お前がつけた名なんだから、ちゃんと呼んでくれよな』


 契約がうまく機能しているかを確認するように、俺は後ろ脚に力を込めてピョンピョンと飛んでみたり、額の角・・・に魔力を流してみる。

 試しにハノンに攻撃の意思を見せると、俺の中の大事な何かが握りしめられた感覚がした。

 うん、大丈夫みたいだな。少年が俺の殺気に気付けてないのは大いに問題だが、まぁそこは素人だ。しょうがない。


「ふむ、問題なく契約は済んだようだな」


「で、でも、本当にいいんですか、ギルドマスターさん? 僕なんかがその……だって、この人は……」


 ハノンは、オドオドしながら俺を見下ろす。……まぁ、言わんとしていることはわかるさ。


「……この男が、元人間であるという点を後ろめたく思っているのならば、それは君が覚えるべき罪悪感ではないな」


 ピコピコと動く俺の耳を見つめながら、長耳が言う。

 ひくつく俺の鼻を眺めながら、ハノンは口を噤んだ。まぁ、俺も同感だな。


『まぁ、気にすんな。今の俺は、単なる角兎・・だ』


「あぅ……」


 そう、俺は小さな角兎。

 元は人間、かつ冒険者だが……何の因果か、こんななりになっちまいやがった。

 んで、これまた何のめぐり合わせか、今はこうして少年の契約獣ってわけだ。


『ま、なんだな。これからバシバシしごいてやっから、よろしく頼むぜ。御主人様よ』


「だ、そうだ。彼はキャリアに関しては申し分ない人材だ。みっちり鍛えてもらうと良い」


「は、はい……!」


 まぁ、なったもんは仕方ねぇ。

 こいつと出会ったのも何かの縁だ。

 俺の第二の人生……もとい、兎生を始めていこうじゃぁねぇの。


『つうわけで……行くぞ、ハノン』


「わ、わ、はいっ」


 まったく、本当になんでまた、こんな展開になっちまったのやら。

 こんな姿になってしまったあの日の事を、遠い目をして思い出してしまう。

 そう、あれはつい、先日の事だった……。





    ◆  ◆  ◆




 

 改めて名乗ろう。俺の名前はヴォルフガング。グランアインの町を拠点にしている、一介の冒険者だ。

 なんのかんので、この家業やってて30とちょっとくらいは年が過ぎてる。今年で43の中年男だ。

 冒険者としての階級は、上から2番目の金貨級。俺の数少ない、周りに自慢できる肩書だ。

 周りからは剛健・・なんぞと呼ばれちゃいるが……なんのことはない。ただしぶとく生きてきたから頑丈に見られてるだけって話でもある。

 そんな二つ名よりも、裏で俺の事をストレートにハゲと呼んでいる奴らがいることの方が、由々しき事態と言えるだろう。


「さてと、さっさと帰って一杯やりてぇもんだな」


 その日の依頼は、【グランのダンジョン、12階層以降に出現するモンスターの調査】というものだった。金貨級の冒険者のみが受けられる、高難度の依頼である。


 12階層は、銀貨級でも油断さえしなければ、充分ソロで通用する危険度ではある。

 しかし、そういった単独行動をしている奴を狙って、襲撃をかけてくる厄介なモンスターが出現したという情報がギルドに舞い込んできた。

 そのモンスターを詳しく調査して欲しいっつう、ギルドマスター直々の依頼を受けた訳だな。俺にも頼れる仲間はいるが、今回は報酬独り占めである。


 つっても、銀貨殺しの新顔エネミーだろうと、俺にかかりゃあ問題はなかったがな。既にモンスターの詳細は調査し終わり、今は地上に向けて帰っている所だ。

 だが、帰還中こそ警戒は切らさない。


 なんでかって? そりゃお前、相手がダンジョンだからだ。

 ダンジョンでは、行きがけに始末していったトラップやモンスターが、帰りでも再配置される。しかも、種類はそれぞれ違うときた。

 まぁ、ダンジョンも獲物を食おうと必死ってことだな。詳しくは今度話すとして、とりあえず帰りもクリアリングしながら進まないといけないってことだ。


「……ほう」


 帰りがけ、地下10階層の時、珍しい罠を見つけた。

 その名も精神入替ブレインシェイク。踏んだ相手とその周辺にいる存在の、中身を入れ替えてしまう困惑系の罠だ。

 効果の時間は一時的なものだが、もしも戦闘中なんかに踏んでしまうと大変な事になる。慣れない体、慣れない技能で戦わざるをえなくなるからだ。


 まぁ、今の俺には関係のない罠だがな。ソロだし、ダンジョン産のモンスターに対しては、ダンジョンの罠は効果を発動しない。

 例え踏んでもなんの効果も発生せずに終わるだろう。近くにある落とし穴の罠の方がまだ脅威と言える。

 幸い、どちらも解除の必要もなくスルーできるタイプだ。無視しておくことにしよう。


「んぉ? 今日は本当に珍しいもんを見る日だな」


「フシッ!?」


 少し進んだ先に、モンスターが居たのだが……これがまた珍しい。

 10階層に、角兎がいたのだ。

 角兎。確かにこの魔物はグランのダンジョンでも確認されている。しかし、生息階層は1階層から3階層までの、いわば雑魚モンスターだ。

 見た目はそのまま、角の生えた兎である。愛嬌のある姿とは裏腹に、悪食あくじきで生きる事に対して貪欲な種族だ。

 ダンジョン以外の森にも多数生息しており、冒険者でもない狩人なんかにも肉として狩られる程度の強さしかない。そんな存在が、どうして10階層にいるのやら。


「フシャー!」


「……ははぁ、麻痺蜘蛛にさらわれてきたな?」


 麻痺蜘蛛は、この10階層付近で生息している蜘蛛のモンスターだ。時折浅い階層に来ては、弱い獲物を麻痺させて糸で巻き、持ち帰って保存食にしておくことがある。

 おそらくこの角兎は、地上に近い階層で捕らえられたのだろう。

 そして、毒が抜けたあたりで角を使い糸から脱出、現在に至る、といったところか。


「ははは、お前も大変だな。まぁこの世は弱肉強食、助けたりはせんが……健闘を祈らせてもらうよ」


「フッ、フシッ! フーッ!」


 俺が戦う意思が無いこと。そして、俺には絶対に勝てない事を察したのだろう。角兎は、慌てたように俺の脇を通り過ぎていく。

 あれの肉は、その悪食からは想像できない程に美味いんだが……まぁここまで貪欲に生きてきたんだ。俺が終わらせちまうのも勿体ない。

 せいぜい長生きしろよ、そう思っていた時だ。


「フシッ!?」


「……はぁ?」


 角兎を中心に、魔法陣が展開されたではないか。

 あれは、まさか精神入替!?


「おいおい、なんの冗だ……!?」


 咄嗟に飛びのこうとするが、遅い。

 俺の身体もまた、その魔法陣に入ってしまっていた。

 魔力の本流に、頭がかき回されていく。


「う、が……!?」


「フゥ! フシッ、フ……」


 そして、一瞬。ほんの一瞬だが……俺の意識は、そこで途絶えた。





     ◆  ◆  ◆





 一体全体どうしたこった?

 俺はふらつく頭を振って考える。

 なんでダンジョンのモンスター相手に罠が発動する?

 わからん。わからんが……遠心力で布みたいなもんが、ペチペチ頭を叩いてくる感触に、嫌な予感を覚える。


「……フ……フシッ」


 試しに声を上げてみるが、口からは高い鼻息みたいな鳴き声しか出なかった。

 手を見てみるが、そこには小さい前足しかなかった。

 体を眺めてみるが、そこにはフワッフワの薄茶な毛皮しかなかった。


「……フシ!?」


 俺は、角兎になっていた。

 本当にどうしてこうなった!? なんでこんな……あ。

 ま、まさか……この体の持ち主の角兎は、ダンジョン外から入り込んだモンスターなのか!?

 どんな確率だよ! ダンジョンに迷い込んだあげく、麻痺蜘蛛に捕まるとかよ!

 ていうか俺の身体! 体どこいった!?


「あうっ! あ、あうぁー!」


「っ!?」


 声のした方を見る。

 そこには、無様に転げまわる俺がいた。

 あきらかに、中身はこの角兎だろう。唯一の武器である角がなくなって混乱してるってか?

 やめてくれ。オジサンの頭を触っても、毛は無いんだよ……じゃなくて、ちょっと待て。


「フシッ! フシッ!」


「っ!? が、あがががぁ!!」


 落ち着けと声をかけるも、半狂乱のこいつは聞きゃしない。

 待て、本当に待て。そっちには行くな。行っちゃダメなんだって。お前の為を思って言ってるんだって!!


「わぁぁああ!!」


 角兎in俺の身体は、俺in角兎から逃げるように方向転換し、這いずって逃げだした。

 その先には……そう、落とし穴・・・・

 やぁぁぁめぇぇぇてぇぇぇ!?


「あ?」


「フ……」


 ボゴン、という、音が響いた。

 俺の身体が、視界から消えた。

 ぐちゃって、ぐちゃって音が、響いた。


「フス!?」


 お、俺の身体ぁあ!?

 慌てて、穴に向かって走る。

 慣れない体を無理矢理に動かして、なんとか淵にたどり着いた。

 見るのは怖いが、今は一刻の猶予もない。震え、総毛立つ毛並みを無視し、落とし穴を覗き込む。

 そこには、首が変な方向に曲がった俺がいた。


「フシィ……!?」


 もう絶望でどん底の気分だが、今は崩れ落ちてる場合じゃねぇ。

 ダンジョンで死んだ生き物は、しばらくするとダンジョンに栄養として吸収されるのだ。そうなったら目も当てられない。

 まだあの体は生きている。だから、吸収される前にダンジョンから出ねぇと!


 俺は、落とし穴の淵に尻を付けて、そのまま滑り落ちた。

 滑落していく中で何度か転がったが、兎の体は見た目通り柔らかいらしく、痛みは少ない。

 俺の体は、穴の底で静かに終わりを迎えようとしていた。

 鼻と目から血を流し、痙攣が少しずつ小さくなっていく。だが、街に帰れりゃ肉体の蘇生は可能だ。


(えぇと、たしかこん中に……!)


 体に近づき、荷物入れをまさぐる。こういう時を想定していたわけじゃねぇが、何があっても良いように中は整理整頓してあるし、事細かに場所も把握している。目当てのブツは、一発で見つかった。


 それは、銀色に輝く羽根だった。帰還の羽根という魔法道具マジックアイテムである。

 読んで字のごとく、決まった場所に転移するための道具だ。とある魔物から剥ぎ取りした羽根を加工してできており、手に入れた際に特定の流れの魔力、あるいはを覚えさせる事で、その持ち主のみが使用できるオーダーメイドの高級品だ。


 帰還の信号は魔力で覚えさせている。この羽根が使えれば、ギルドまで一瞬で帰れるはず。

 問題は、この体に魔力が内包されているかだが……頼むぞ? 角兎ったって、魔物の一角なんだ。魔力の一つも眠っててくれ……!?


「っ、フ……フゥ……」


 いつも自分で魔力を練る時の感覚で起動させてみる。

 ……よし、よし、よぉし……!

 魔力の流れを感じる。いいぞ、角兎にも魔力はある!

 こいつは僥倖ぎょうこうだ。あとは、登録した流れを込めてやるだけでいい。

 俺が魔力を流すと、羽根は銀から金へと姿を変える。帰還可能になった証拠だ。

 登録してある場所は、グランアインの冒険者ギルド。俺がこのアイテムを使うとしたら余程の事だろうと、すぐに報告ができるよう職員のいる部屋に飛べるようにしておいた。


「フッ!」


 今となってはその状況に感謝だな……そう思いつつ、俺は羽根を起動させた。

 体が魔力に包まれ、俺が握っている死にかけボディも同様に転移の兆しを見せる。

 あとはどう説明するかだな、と頭の痛い問題に悩みつつ、視界が真っ白に染まっていった。

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