第52話 試運転しよう!

 雷鳴の牙のみなさんに手伝ってもらって、引き続きの作業。ダンジョンの内部の改装を行う。


 地下1階層。通称スライム階の改装が完了したので試運転を行った。

 と、いっても1階層はシンプルだ。入り口から下り階段までのルート意外を、全部ベニヤ板で塞いだだけ。これで毎朝オープン前にルート内に侵入したスライムがいないか確認して、その後は「ルート外、スライム出現注意。自己責任」とするだけである。


 つまり、スライムとの戦闘を望まないものは、そのままノーリスクで2層へと移動できる。

 ルートもベニヤに大きく矢印を描き「二階層への階段こっち」と案内を表示している。文字が読めない者でも安全に次階へとたどり着けるだろう。


「で、2層も同じようなものだけど、こっちは必ず戦闘になるから注意して」

「しかし、主殿これは……」

「楽勝でしょ?」


 2層の魔物はゴブリンである。

 一体一体は弱い魔物だが、問題は数だ。あっちこっちからやってきて戦闘をしているうちに気付いたら増えていて、四方からタコ殴りにされたり、近接戦闘能力がない後衛が真っ先に殺されたりするのが唯一にして最大の問題だったのである。


 戦士の加護がある人間、あるいはある程度レベルが上がった者ならば、ゴブリンなど物の数ではない。

 身長1メートル前後。緑がかった肌に、禿げ上がった頭。口が大きく尖った耳を持ち、まさに小鬼といった風情。麻っぽい素材の襤褸を身にまとい、棍棒か小さなナイフを持っていることが多い。たまに素手のやつもいる。


 腕力もさほどないし、ほんとうに幼稚園児年長さんくらいの体格でしかない。こいつらが目の前から2~3匹で突っ込んできても、普通のパーティーならば時間もかからず倒せるだろう。


 だが、最初の数匹の処理に手間取るレベルだと、非常に不味いことになる。

 増える。とにかく増える。ちゃかぽこ増えて10匹ほどにもなるともう手に負えない。

 力自体は弱かろうが、こいつらにも体重があり、質量がある。木の棒やら粗末な短剣やらを持った子どもに10人がかりで囲まれたら、大人だって殺されることはある。


 ジガ君によると、ゴブリンはどこの洞窟でもよく出る魔物だとのことだが、上層で出てくるパターンは珍しいのだそうだ。実際、うちの迷宮でもゴブリンは6層でも出てくるし。

 まあ、そんなわけでゴブリンは数が増えるのが怖い。

 


 だから、この階層もコンパネと扉で区切ることにした。

 一方にしか開かない扉を開いて次の区画へ移動し、そこで湧いているゴブリンを倒して、また次の区画へと移動する。

 ゴブリンは背が低く、1.5メートルの垂直の壁を超えることができないので、バックアタックやサイドアタックの心配をする必要なく、前方の敵とだけ戦うことができる。


 探索者は次の区画の状況を目視で確認してから、次へ移動すればいいので安全だ。戦闘中にどこからともなくゴブリンがやってくる心配もない。


 実際、ゴブリンが相手では、これはメリットが大きい。第2層の難易度が高いと言われていた原因のほとんどがバックアタックにあったからだ。

 ダンジョン探索者は、近接戦闘ができる前衛と、近接戦闘はできないが魔法で活躍できる後衛に分けられるが、それだけにバックアタックには弱い。


 斥候がいたり、ゴブリン程度ならすぐ殲滅できるような高レベルパーティーなら別だが、メルクォディアにいたのは、ほとんどが素人に毛が生えたような人たちだったのだ。

 ゴブリンのバックアタックで死んだ人間の数は、フィオナが知る限りでもかなり多かったらしい。

 それゆえに、私は第2層の改造にはかなり力を入れるつもりだ。


「魔物の自然湧きって見たことある? いちおうスライムとゴブリンだけは実験したんだけど、倒したのが新たに湧くまで30分。ただし、倒した場所に人がいると、その場所には新たに湧かないみたいなんだよね。他の迷宮も同じかどうかは知らないけど」

「俺の知る限りではメリージェンもメイザーズも同じはずです。魔物は野営地に新たに湧くことはないので。まあ、別の場所で湧いたものがやってくるので、結局警戒は必要ですが」

「ん、なるほど。じゃあ、ダンジョンの共通ルールと考えて良さそうだな」


 改装の終わった部分をジガ君たちに試してもらって、どうやら実際問題はなさそうだたので、そのまま改装を続けることにした。


 ジガ君のパーティーメンバー11名が加わったことで、作業効率がいっきに数倍になった。やはりマンパワー。マンパワーはすべてを解決する……。


 ホームセンターのことは、まだジガ君以外のメンバーには教えていない。

 ジガ君は契約の縛りがあるから絶対にしゃべれないけど、他のメンバーはそうではないからだ。彼らが口を滑らせるとは思っていないけれど、「知ってしまうには重すぎる情報」を教えるというのも、それはそれであまり良くないことだ。

 こっちの都合でいらない重荷を背負わせる必要はあるまい。


「マホォ。こっち終わったよ~」

「お、早いね。だいぶセーレの使い方にも慣れてきたんじゃない?」

「いや、あれは慣れないって」


 フィオナはだいたいの仕事がわかっているのと、なんといっても私の次にホームセンターに詳しいので、二手に分かれた一方として、チームを率いて作業をしてもらっている。

 人手が増えても、ホームセンターから資材を持ってくる役目ができる人間はほとんどいない。ジガ君は教育中だし、ドッピーは地上側でてんやわんやだし。

 なので、フィオナにセーレを付けているというわけだ。ちなみに私のほうはちょいと念じればセーレのほうから来てくれるので、フィオナに付けておいたほうが効率が良いというわけだ。

 フィオナ自身も、だいぶセーレの暗黒オーラに慣れてきたのではないだろうか。


 ◇◆◆◆◇


 2階層の改装は、地味にかなり時間がかかったが、ある意味では1層と2層の改装が一番の山場だったので、ここから先は少しだけ「自己責任」の割合が増していく仕様だ。

 探索者が増えてきたら10層までを初心者ゾーンとして手厚くしていく予定だが、今はまだそこまではやれない。さしあたり2層までを初心者帯として解放。

 条件をクリアするまでは3層へは進ませないこととするつもりだ。


 ぶっちゃけ2層は魔物の数自体が多いので、上手くやれば最低限の暮らしがまかなえる程度には儲かるはず。

 メルクォディアは2層さえ問題なくクリアできるようになれば、あとはもう6層まで一気だ。

 とはいえここは不人気迷宮の烙印を押された厄介迷宮。

 3層から先も一筋縄ではいかない面倒さがある。


 3層。

 1層と2層はなぜかそれなりに明るいのだが、3層は暗い。

 ゲッコーがいたダークゾーンほどではないが、かなり視界が悪いのだが、そこに黒い巨大蝙蝠が浮遊している。誰が呼んだかフレイムバット。いきなりバレーボール大のファイアボールを吐いてくるので守備力が低い探索者は大やけどで死ぬ。暗闇の中、突然火の玉が襲ってくるのはなかなかの恐怖だ。

 ただ、空を浮遊するデカい蝙蝠でしかないので、明かりを付けるか、目の良い斥候を付けるかすれば、一撃で倒せる雑魚。フィオナは普通にジャンプして斬ってた。


 4層。

 今までと打って変わってちょっと人工的な構造物が見られる階層。

 言ってみれば地下墓地。カタコンベとかいうやつだ。

 で、スケルトンとワイトが出る。スケルトンは動く骨格標本で、ロングソードを持っていて厄介。動きも意外と早い。ワイトは乾燥したゾンビだ。ミイラの布を剥いだら出てくるやつみたいな乾いた死体で、意外と力が強い。噛みつこうとしてくるので厄介。

 ジガ君たちパーティーの戦いを見せてもらったが、まさに鎧袖一触、脳筋パーティーと相性が良さそうだった。

 そんなわけで、魔物そのものは大した事ないが問題は罠である。

 この階層には天然の罠があるのだ。壁から矢が飛び出してきたり、大きな岩が転がってきたりする。ただこれも場所さえわかっていればつぶせるので、3層よりこっちを優先して整備する必要がある。罠を放置する意味がないからね。

 あと、同じような見た目の地下墓地が延々広がっていて、しかも、階段にたどり着くまでにめちゃくちゃ長い回廊を歩かされたりして、単純に迷路として厄介。

 地図作りで一番手間取った階層でもある。なにせ広すぎる。

 この階層で迷子になって戻ってこなくなった探索者は多いらしい。フィオナも5層へ一気に抜けたから、4層は数度しか来た事がないとのことだ。


 5層はお待ちかねの転送碑がある階層。というか、転送碑しかない。

 けっこう広い空間なので、なにかに利用できそうだ。


 6層はフィオナがメインで活動していた階層で、オークとゴブリンが出る。

 オークは大きな豚人間で、亜人がいる世界でこいつらはどういう扱いになるんだ……? と思わなくもないが、魔物の魔力は赤いので区別できるらしい。

 ねぇこれ、私、魔力が見えないのって地味に致命的なんじゃない? 究極、亜人と魔物の区別付かないかも。ほぼ人間の亜人はいいけど、リザードマンとかけっこう微妙なんだよね、マジで。

 とにかくオークだが、こいつは剣とか斧なんかも持った身長2メートル近い大男で、けっこうガチめの戦闘力を持っている。少なくとも私は単独で戦いたくはない。

 フィオナもパーティーで協力しあって倒してたらしい。

 メルクォディアはこいつをコンスタントに狩れるようになると、かなり稼げるようになるとのことだ。

 だいたい1~2体で出現し、ゴブリン3~5を伴う。この階層はゴブリンが戦闘中に加勢にくることがないので、先にゴブリンを倒すのがセオリーとのこと。


 プレオープンでは6層まで解放し、7層以降は順次開放としていくつもりである。

 というか、時間が足りないっス。

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