第31話 ある駆け出し探索者の話 ②
抵抗する勇気すら失ってただボンヤリと巨大な魔物を見上げる。
魔物は、不思議と攻撃をせず、後ろを振り返ったり、こっちを見たり、謎の動きをしている。
すぐには殺さずもてあそぶつもりなのだろうか。
クソッ! ただ殺されるなんてごめんだ。せめて、一発だけでも食らわせてやる。
勇気を振り絞って、魔力を高め、呪文を紡ごうとした次の瞬間。人間の声がした。
「ん~、どうしたの? 誰かいた?」
「あれ~アレスくんとティナちゃんじゃない。今日も探索?」
3匹の魔物の後ろから、ひょっこりと軽い調子で2人の探索者が現れた。
魔物たちのことなど、全く脅威とも思っていない調子でこちらへやってくる。
しかも、そのうち1人は、俺たちを知っているらしいが、暗いし声だけではわからない。
「だっ、だれだ……!」
「あ~、この子たち見て驚いちゃったんだね。だから、言ったじゃん、魔物と間違えられるよって」
「フィオナが誰もいないから大丈夫って言ったんじゃん!」
「そうだっけ?」
なんと、2人のうちの1人は、死んだはずの先輩探索者フィオナさんだった。
もう1人のほうは見たことがない人だが、かなり親しい関係のようだ。
「ごめんねぇ、ふたりとも驚かせちゃったね。この子たちは、私たちの仲間だから大丈夫よ」
「な、仲間……? この魔獣が……? あ、いや、それよりもフィオナさん! 生きてたんですね!」
「あ~、うん。なんとかね。2人はまだ1層で頑張ってるの?」
「はい。仲間もいませんし。でも、あれから第2位階の魔法まで使えるようになったんです! 俺もティナも!」
「第2が? 第一層だけでそこまで到達できるなんて、2人は才能あるよ。せめて、ここがもっと流行ってれば上級探索者になるのも夢じゃないと思うんだけどなぁ」
フィオナさんはそう言ってくれるが、野良パーティーに入れてもらえた頃以外では、ずっと第一層だけで3年もやっているのだ。誰だって、それだけやってれば相応の力は付くと思う。自分たちに才能が無いとは思わないけど、現実としてまだ第一層にしか潜れていないのだ。
あの頃、本当に才能がある奴はさっさと6層にまで降りて、魔法だって第3位階にまで至っていたわけだから。
「ねえねえ、フィオナ。お友達? 私にも紹介してよ」
フィオナさんといっしょにいる黒髪の少女が言う。
見たところ、俺達と同い年か年下だと思う。探索者とは思えないほど小綺麗で、服装も見たことがないものだ。探索者ではなく、金持ちのお嬢様かなにかだろうか。
「あー、こちらはマホ。たぶん、これからいろいろ君たちも話したりする機会あると思うから、いろいろ教えてあげてほしい」
「マホ・サエキです。君たちは1層だけで活動してるってさっき言ってたけど、なんで?」
こんなことを聞いてくるってことは、やっぱり探索者ではないみたいだ。
メルクォディアが2層から急に難しくなるのは、買い取り所でも教えてくれることなんだから。
「第2層はゴブリンの集団が出るんです。俺とティナは2人とも魔法使いだから、あいつらには対処できなくて」
「ほっ、ほう! 第2層はゴブリンなのね。ふ~む? 集団って、何匹くらい出るの? ゴブリンのサイズは? 強い?」
フィオナさんでも知ってるようなことを、あれこれ聞いてくるマホさん。
俺とティナはそれに答えていったけど、なぜこんなことを聞きたがるんだろう。
それにしても、名字ありだし、貴族なのかな? 貴族でもダンジョンで修行することがあるっていう話は聞いたことあったけど……。っていうか、このでっかい3匹の魔物はなんなんだ。仲間なんて言ってたし、どうも、マホさんに懐いてるみたいだけど。
「……ふ~、貴重な情報をありがとう。フィオナに聞いて、2層をどうするかがカギだなって思ってたんだ。なんとなく構想が固まってきたよ。あ、君たちももうすぐ楽勝で稼げるようになるから楽しみにしててよ」
「あ~、でも俺たちもう別のダンジョンに移動しようかって話してて……」
「えっ!? それはもったいないよ。騙されたと思ってあと1ヶ月くらい残ってみたら?」
「え、でも俺たち……」
「アルスくん、ティナちゃんも、良かったら信じてみてくれないか? これから、このダンジョンは変わる。いや、変えていくつもりだから」
「フィオナさんまで」
ダンジョンを変えるってなにを言ってるんだろう。
ここの管理はひどいって前に余所からきた探索者が言ってたけど、それが変わるってことなのかな。
横を見るとティナも困惑顔だ。
ダンジョンの難易度はもう発生した時から決まったもので、後から変えられないからアタリのダンジョンとハズレのダンジョンがあるって聞いたことがある。
そして、ここはハズレのダンジョンだ。今さら、どうこうできるとは思えない。
「ねえ、フィオナ。全然信じて貰えてないっぽいんだけど」
「そりゃそうでしょ。私だってまだ半信半疑だもん」
「またそんなこと言って。……まあ、結果で示すしかないんだろうけどさ。こういうのは。あ~、そうだ。少年、向こうに宝箱があったよ? あの形式の宝箱には罠がかかってないから安心して開けておくれよ。信じられなければ箱ごと地上まで持っていけばいいよ」
「え、マホ。それ教えちゃうの?」
「初回サービスというやつだよ。お客様は大事にしなきゃね。彼らはこれから古参になるんだから」
「う~ん。まあ、いっか。アレスくん、ティナちゃん。宝箱の話はホントだから、余裕があったら拾ってみて」
「は、はぁ……」
フィオナさんとマホさんは、そう言って去っていった。
巨大な3匹の魔物のことは結局訊けず終いだったが……。
「フィオナさん……生きてたんだね。なんか、すごく明るくなってた」
「あ、それ俺も思った。すごく真面目な感じだったはずだけど、あの人、友達なのかな」
「そうなんじゃない? 不思議な感じがする人だったね。それで……アレス、どうする?」
「どうするって、どっち」
「どっちも」
宝箱を取りに行くのか。
このダンジョンに残るのか。
その両方という意味での「どっち」。
「とりあえず宝箱、探してみようか。魔法、あと2回くらいなら使えるだろ」
少し戻った先、突き当たりのところに本当に宝箱はあった。
見たことがない形だ。
俺たちだってここに3年もいるのだ、宝箱くらいは見たことがある。
上層で出る宝物なんて、本当にゴミみたいなものしかでない上に、罠はしっかり掛かっていることが多い。リスクと釣り合わないんで、俺たちは一度も開けたことがない。
「罠……ないって言ってたけど……ホントかな」
「フィオナさんが嘘つくとも思えないし、大丈夫だろ。それにしても、見たことない箱だな? あっ、軽い?」
「ちょ、ちょっと大丈夫なの?」
「箱ごと持って帰ったらいいって言ってたじゃん。上でゆっくり開けよう」
「本当に大丈夫なのかな……」
ティナは不安そうだが、こんな形の宝箱は見たことがない。
表面はツルッとしていて、丈夫そうなのにめちゃくちゃ軽くて「戦士の加護」のない俺でも、軽々持ててしまう。
ただこの重さじゃ、中身は期待できないだろうけど、箱だけでもそれなりに金になりそうだ。
ダンジョンの外に出て、原っぱで箱を開ける。
「お、おお~! 見ろよ、ティナ。すげぇ!」
「うそ。革手袋じゃない。こんなのすごく下の階層に行かなきゃ出ないんじゃなかった?」
「なんかわかんないけど、これ売れば半月分くらいの稼ぎになるぞ! 別のダンジョンに行く旅費にだって――」
革で出来た手袋はかなり高価だ。作るのが大変というのもあるが、柔らかさと強さを両立するのが難しいとかで、ここに来ていた探索者でも持っている人はほとんどいなかった。
たまに手袋を使ってる人でも、指がすべて独立しているものではなく、親指だけ独立したミトンが精々で、手袋に金を掛けるよりは手甲や籠手に金を掛ける人のほうが多かった。
まして、ダンジョン産ともなれば、なんらかの魔法が掛かってる可能性もあり、想像よりも高く売れる可能性すらある。
「……ねえ、どうする?」
ティナから2度目の「どうする」。
革手袋だけでなく、この軽くて丈夫な宝箱の2つだけで、一ヶ月の収入と同等以上にはなると思う。
あのマホという少女は、このダンジョンを「変える」と言っていた。
いや、本当に変わり始めているのかもしれない。
こんな宝箱は今までに一度も見たことがないからだ。
「……もう少し残ってみるか。臨時収入もあったことだし」
「収入になるのは売れてからでしょ? でも、賛成。私も、フィオナさんとあのマホさんって人のこと信じてみたい。ずっとここでやってきたんだしね」
「そうだな。俺たちが離れてからまた人気になったなんて聞いたら死にたくなりそうだ」
こうして俺たちはメルクォディアに残ることを決めたのだけど、この決断が間違いではなかったと知るのは、わずか数週間後のこと。
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