第22話 魔法陣だ!

「さて……じゃあ、次なる扉を開けるよ、フィオナ」

「マホ、もし難しい階層だったら、無理に抜けようとしなくてもいいからね? ここで二人でずっと暮らすのも悪くないって私最近思ってるよ?」


 急に弱気の虫が再発したらしいフィオナ。

 ヤモリの時も水竜の時も、そんなこと言わなかったのに。どうしたんだろ。


「フィオナ。確かに、ホームセンターがあれば、生きるだけなら問題ないよ? でもさ、今は良くたって、こんな場所で10年20年と暮らしてたら、ぜったい頭がおかしくなるよ?」


 お日様に当たっていないことで、こう、セロトニン的なものが不足して、心身共に不健康になると思う。どっちかが病気になるなんて可能性だってあるわけだし。

 私も、口ではずっとここで暮らせるなんて言ったけど、あくまで励ますための方便だ。

 こんな閉鎖環境で何年も暮らせるわけがない。


「気持ち的に余裕がある今だからこそ、さっさと攻略しちゃったほうがいいんだから。もしかしたら攻略に1年とかかかる階層だってあるかもなんだし」

「で、でも……」

「大丈夫。これまでも、扉を開けてもすぐに襲ってくる魔物いなかったし。理屈でいえば、一階層昇るごとに魔物も弱くなるはずなんだから。ね?」


 ここまでのパターンを踏襲するならば、この階層に転送碑があるか、そうでなければ、単体のボスがいるだけのはず。

 これまでの階層を紐解くと、土(毒)、闇、水と来ている。次は風か火か? いや、火はレッドドラゴンがその役目だったのかも。光の可能性もある。

 ふふ……こんな考え方はゲームのやりすぎってやつかも。


 そっと扉を開くと、中はガランとした広間だった。

 今までとは趣が違う。広間といっても、そこまでの広さではない。

 真ん中には魔法陣がある。


「なんにもいないけど。魔法陣あるし、これは休憩ステージでは!? 転送碑は? どれ?」


 あの魔法陣が転送碑か? それともセーブスポットかしら。なんだよ、セーブスポットって。


「転送碑ではないね。なんだろ、あの魔法陣……。見たことないし、あぶないものかも。マホ、やっぱり戻ったほうがいいんじゃない……?」

「いやいやいや、結局は調べることになるんだから。大丈夫、いろいろバッグに詰めてきたし」


 私はフィオナの手を引き、部屋の中に入った。

 少しだけ進むと、パァッと真ん中の魔法陣が光り始めるではないか。

 元々、部屋はそこそこ明るいが、パアッと部屋全体が明るくなるほどの強い光だ。


「な、なんだろ……」

「ねえ、マホ。私嫌な予感がするんだけど……」


 光はしばらく続き、止んだ。

 同時に、後ろでバンッと、扉の閉まる音。


「え、えええええ。ねえ、マホ、いるよね? あそこに誰か」

「はっは~ん。なるほどね。完全に理解した」


 魔法陣の上に出現した人影は二つ。

 本物と比べて、少し薄暗い色合いになっているが、見間違えることはない。

 私とフィオナだ。


「え、えええええええええ!? あれ……私と……マホ?」

「そうみたい。……いやぁファンタジーだなぁ」


 迷宮に現れるものとしては定番中の定番。

 私たち二人のダブル。

 つまり、ドッペルゲンガーだ。

 私たちが入ってきた扉は閉まってしまい、どうやら開きそうもない。

 つまり、アレを倒さなければ出られない部屋ということだ。


 ◇◆◆◆◇


「フィオナ。この階層は楽勝だよ!」

「え、えええええ、なんで? 閉じ込められてるんだよ!?」

「だって、あっちの私、魔法袋持ってないじゃん」


 装備は同じだが、なぜか魔法袋は持っていない。

 おそらく、ドッペルゲンガーは道具類まではコピーできない性質なのだろう。

 通常ルートから入ってきた冒険者が戦う場合、非常に厄介な魔物なのは間違いない。その上で、道具類までコピーされたら、回復薬の類まで使えるようになり、完全に泥仕合になる。

 本来ならば、ここをクリアしても、まだ水ステージ、闇ステージ、毒ステージ、さらにはレッドドラゴン戦へと連戦していかなければならないわけで、さすがにキツすぎる。

 救済措置としてのアイテムなし仕様。というか、まさかダンジョンを作った人も、「アイテムが本体」みたいな奴に攻略されるとは夢にも思ってなかったに違いない。


「魔法のバッグにいろいろ入れておいてよかったよ。いきなり助かったね」

「どうするの?」

「そりゃ、ぶっ殺しますよ」


 ドッペルゲンガーが武器を抜き、こちらへと向かってくる。

 迷っている時間はない。


「フィオナは偽フィオナをお願い」

「わ、わかったけど、どうするの?」

「私が動きを止めるから、即殺で。自分と同じ姿だからって躊躇したらダメだよ? 魔物なんだから」


 まあ、アイテムのない私たちなんて、ザコもいいとこでしょ。

 多少、レベルアップしてるかもだけど、私なんて防具も装備してないし、武器は斧だけだし。


「よいしょ」


 私はバッグから消火器を取り出した。

 次の階層は風か火だろうとアタリを付けていたのだ。全然関係ないことに使うことになったが。


「オラァ! 食らえ!」


 安全ピンを抜き、レバーを握り込み、ドッペルゲンガーズに消火器を噴射する。

 バフゥ! と白い粉が飛び散り、目の前が真っ白になる。

 ドッペルが2人とも、目を押さえ動きを止める。声すら出さない。やはりデキの悪い偽物だ。


「フィオナ! とどめ!」

「はいっ!」


 電光石火の一太刀。

 フィオナの細剣が火を噴き、偽フィオナの首が刈り取られ魔石になる。

 どれほどレベルが上がっていようと、人間の耐久力など知れたものだ。すなわち、先に有効打を入れたものが勝つ。

 私はバッグから、鉄アレイを取り出して、偽マホへと投げまくった。

 5キロの鉄アレイが頭に直撃して、偽マホもあっけなくパンと弾けて、魔石をバラまいた。

 ダメなら斧かスレッジハンマーを叩き込むしかないと思っていたが、けっこう脆い。

 余裕で完勝だ!


「へーい! お疲れ! フィオナすごかったね!」

「マホもすごかったね! その赤いのなんなの?」

「消火器のこと? これはねぇ、火を消すやつ」

「火なんてなかったよ???」


 説明が難しいが、まあ、手軽な煙幕兼目潰しなのだよ。まあまあ噴射の勢いもあって、相手を怯ませるには十分な効果があるし。


「さあさあ、それはそれとして、クリアーだよ。魔石拾って、次の階を見とこう」


 私がそう言うと、魔石を拾っていたフィオナが、顔をあげた。

 なんとも言えない表情だ。

 困っているような、悲しんでいるような。

 なんなんだ。

 外に出たくないのかな?


「フィオナ~。置いてくよ~」

「ま、待ってよ。私も行くから……」

「早くね」


 何かある。フィオナの様子を見れば、それは間違いない。

 一層クリアするごとに、だんだんおかしい態度を取るようになってきた。


 扉を開き、階段を上る。

 そして、その先――


「あ、扉がないね」

「本当だ……。なんでかな……」


 階段の終わり。上の階層へと到着したが、扉がないのは初めてだ。

 魔物が跋扈する通常階層の可能性もある。


「…………狭い階層……なのかな? 下の階と同じような感じだけど。あそこになんかあるな」


 そこにあったのは、最下層――ホームセンターの階にあった、黒い石碑のようなもの。

 フィオナの「願い」を叶えた石碑と似たものだった。

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