第23話 ひとまずさらば!

「ほら、あれ。フィオナ?」

「あ……あ、あ…………」

「どうしたの、フィオナ。なんかヤバいもの?」

「あ、う、ううん……。ごめん。あれ、転送碑だよ」

「やった! やっぱそうだよね!? なんでよ、フィオナ! もっと喜んでよ!」


 一時はどうなることかと思ったが、私たちは無事に転送碑がある階層まで、上ってくることができたのだった。

 フィオナの態度は気になるが、脱出だ脱出! お天道様が恋しいね!


「魔物もいないみたいだし、入っちゃっても大丈夫かな」

「待って。私、確認してくる」

「そう? じゃあ頼もうかな」


 フィオナが1人で転送碑へと向かう。

 そして、石に触れて、なにかを確認。


(ん……なんか俯いてないか? 悪い情報かな)


 トボトボと戻ってくるフィオナ。


「どしたの。使えなかったとか? 正規の手順じゃないから、そういうこともあるかなって思ったけど……マジ……?」

「ううん。使えるよ」

「ならよかったじゃん! いよいよ脱出かぁ。長いようで短かったね」

「マホ。いっしょに来て」


 転送碑は、パッと見は黒い石碑に過ぎないが、フィオナが手を触れると、上のほうにポウッと白く文字が浮かび上がった。


「1と……5……だね。あと一番下に……95!?」

「マホ、読めるんだね」

「あ~、そういえばそうだね。なんでだろ? よく見ると、全然アラビア数字と違う形なのに」


 不思議だけど、転移された時に、そういう能力が自然に付与されたということなのだろう。


「よくわかんないけど、ここって地下95階なの? めっちゃ深いな!」

「どうやって使うの? 光ってるとこを押す? 言葉で告げる?」

「マホ、聞いて。私…………言わなきゃって思ってたのに……言えなくて……」

「ん? どうした、どうした」

「これ……マホは使えないんだ……。私……そのことに少し前に気付いて……でも、マホには使えないなんて言えなくて…………。途中までは、まだここまで来れるかわかんないからって思ってたけど、でもマホすごくて、本当に転送碑のとこまで来れちゃうって思ってなくて……。ごめん…………ごめんね……マホ……」


 フィオナは目に涙をいっぱいに溜め、堰を切ったように謝罪を口にした。

 ずっと葛藤があったのだろう。

 水の階層のあたりから様子が変だったのは、これが理由か。


「なんで私は使えないの?」

「……転送碑ってね。見つけたら必ず触って自分の魔力を覚えさせなきゃいけないんだ……。私は6層目まで到達してたから、1階と5階へ飛べる。でもマホは……」

「あ~、なるほどね……。そういうこと」


 なんで言ってくんなかったの? と、フィオナを責める気にはならなかった。

 これだけを希望にやってきたわけだし、そりゃ言えないよね。


「あー、だから魔法のバッグを私にくれたのか。残り階層をクリアするには必要だもんな……。95階クリアするころにはゴリマッチョになってそう」

「私、すぐ戻ってくる! 魔石を売って、有名な探索者雇って深層まで探索してもらう! それに、私、武器とか防具も買ってすぐ戻ってくるから! そしたら、また2人で攻略してけば……してけば……すぐ…………う、うぁああぁ~」


 泣き出してしまったフィオナを私は抱きしめた。

 別にフィオナが悪いわけじゃないし、フィオナが助かったなら良かったという考え方もできる。

 それに残り95層。上に行くほど簡単になるんだし、ここまでなんとかやってこれたんだ。きっとなんとかなる。


「……やっぱり、私、残る。マホを1人になんてできないもん」


 ひとしきり泣いてから、フィオナはそんなことを言った。

 優しい子だ。情に流されやすいというか……。助かりたくて、最下層で願ったんだから、望み通り助かっておけばいいんだよ。

 私はもともとオマケみたいなものなんだから。


「バーカ言ってんじゃないの。ほら、魔石」


 魔石は半分ずつ分けることになっており、私のぶんはホームセンターのベッドのあたりに置いてある。別に、使い道もないし全部フィオナにあげてしまってもよかったのだが、固辞されたのだ。

 フィオナが言うには、半分でも換金に困るくらいの量だというから、まあいいのだろう。

 いつか、私がここから出れた時のために。

 少なくとも、それでフィオナの気が済むのならそれでいいのだ。


「じゃあね、フィオナ」

「私、絶対戻ってくるから……!」

「フィオナ。気にしなくていいんだよ。あなたにはあなたの人生があるんだから、私のことは忘れて自分の人生を生きて」

「バカ! バカバカバカ! マホのバカ! 私、絶対絶対絶対帰ってくるもん! 一番高い武器と防具とポーションも山盛り買って帰ってくるから、大人しく待ってなさいよ!」

「なに言ってんのよ。そんなことしたって上にあがるまでに何年かかると思ってんの? フィオナ、学校だって行きたいって行ってたでしょ? 恋愛だってまだだし、結婚だってするんでしょ? せっかく助かったんだから、私のことなんて忘れていいの!」

「忘れられるわけない! 忘れられるわけなんて……ないじゃん……」


 困ったね、どうも。

 私としては、こうなってしまった以上、フィオナには私のことなんて忘れて幸せになって欲しいわけだよ。だって、私に付き合ってたら、もし死なずに出れたとしても何年もかかりそうだし、それ以前に途中で死ぬ可能性のほうが高い。

 そんなものに付き合わせたくないのだ。

 魔石が高く売れるというし、それを結婚資金にでもして幸せになってくれれば、私はもうそれ以上の望みはない。

 フィオナはちょっと軽率で心も弱くてご禁制も吸うけど、優しくて、美人で、私にとっては、この世界で最初の友達なんだから。


「さあさあ。湿っぽくなるばっかだから、行った、行った! 私にはポチもタマもカイザーもアロゥもハムちゃんたちだっているから平気よ」


 あの子たちだってダンジョンから出られない仲間だ。

 どっちにしろ、置いてけぼりになんてできないもんね。


「あ、でもこれの魔力登録? ってのは教わっとくかな。触ればいいの?」

「うん……。ここのとこに触れば大丈夫」

「魔力ねぇ。私にもあるのかしら、魔力」


 これで、転送碑そのものが使えないってなったら、地獄だよ。

 徒歩で100層踏破とかね、いくらアイテム袋があったって死ねるわ。

 別に諦めきったわけじゃないけどさぁ。頼むよ、ダンジョンちゃん。


 私は期待を込めて、転送碑に触れた。

 ……が、なにも起こらない。


「ありゃ、ダメかな? やっぱ魔力がないから? それとも魔力を通す方法があるの?」

「そっか、マホは魔法も使ったことないから。そんなに難しくないよ、身体の中の力を送り込む感じで」

「むむむむ、身体の中の力ね。こ、こうか……?」


 私が、両手に力を込めて、転送碑に力を送り込んだ、その時だった。

 転送碑が振動して、階層の数字が出る部分が、パパパパッと明滅を繰り返した。

 明らかにフィオナが触った時とは違う挙動だ。


「壊れた!? やっぱ、地球人には異世界の謎テレポーターは早すぎたんだ!」

「あわわわわ、どうしよ。本当に壊れたかも……」


 と思ったら、そのうち転送碑は静かになった。


「な、なんだ……大丈夫だったのか? どれどれ………………ん?」


 転送碑に触ってみると、すべての数字が光った。

 1、5,10、15~~~~~90、95。さらに101まで。


「…………は?」

「ま、マホ……?」

「ねえ、これってどういうことだと思う? 全部……光ってるよね?」

「うん……。た、たぶん……どこでも転移できるって……ことじゃないかな…………?」


 なんで? 異世界人の私が触ったからバグった?


「触りながら『1階層へ』って唱えてみて」

「いきなり試しちゃうの……? バグってて、変なとこに飛ばないだろうな……」

「わかんないよ! わかんないけど……もう、こうなったら試すしかないじゃん……!」

「それもそうだ」


 さっきまで涙の別れをやってたのに、まさかこんなことになるとは。

 まあ、でも、バグでもなんでもありがたい。無事に起動してよ!


「1階層へ!」


 そう口に出した次の瞬間。

 まるでエレベーターのような浮遊感がして、周囲の景色が溶け、また再構築された。

 なんだか凄まじいが、どうやら本当にうまくいったらしい。

 今の私は1階層かはわからないが、少なくともさっきとは違う場所にいる。

 フィオナもいないし。


「ふ~む? ここが1階なのか? なんか…………すごく空気が軽く感じるな」


 そんな感想を漏らしていると、すぐ横にフィオナが現れた。

 彼女も、転送碑で転移してきたのだろう。つまり、やっぱりここ1階でいいのか。


「あっ、やったやったやった! マホ! やったよ! わーーーーー!!!!」


 フィオナが抱き付いてくる。

 また泣いてるけど、今度のはうれし涙だ。

 私はまだ実感が湧かない。


「待って待って、本当にここが1階なの? 他に探索者とかなんにもいないけど」

「このダンジョン、すっごい人気ないから。現役の探索者なんてほとんどいないもん」

「そうなんだ。ねえねえ、それより早く、外に出ようよ!」

「そうだね! あは、あはははは!」

「わははは!」

 

 意味もなく笑って、私たちは半分抱き合ったまんま、すぐ手前の階段を昇った。

 まばゆい光が、階段に差し込んでいる。

 蛍光灯より、投光器より、LEDより、ずっと暖かく眩しい光だ。


 迷宮に入り込む外の、少し土臭い暖かかな風が頬を撫で、私たちは2段飛ばしで階段を駆け上がった。



 ――――――――――――――


 読んでくれてありがとうございます。ここまでが第1章になります! 


【作者からのお願い】

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 2章スタートは、明日6時です。お楽しみに。





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