第19話 じゃあ、約束!

 例によって、私たちは扉の中には入らず最下層へととんぼ返りした。

 魔物とガチンコ勝負になった時点で、詰む可能性が高いだけに、慎重にいく必要がある。


「ねえ、フィオナ。パッと見、地表部分になんか魔物の姿とか見えた?」

「ん~ん。なんにもいなかったと思う」

「じゃあ、やっぱ水中だねぇ」


 三つ叉の槍とか持ったデカいマッチョ半魚人とかが出てきたらどうしよう。

 倒せるビジョンが湧かないわ。


 とはいえ、さしあたりやれそうなことは水を抜くことくらいだ。

 もちろん、どこからか水が流入してきている場合、ポンプで抜いた分だけ入り続けて永遠に抜けないということも考えられるが……まあ、そんときゃそんときだね。


「発電機はヤモリ部屋で使ったやつそのまま使えるから運ぶとして、あとはポンプとホースと、ロープがあればいいかな」


 あれだけの水量を排出するのに、問題なくいっても5日くらいかかりそう。

 まあ、時間だけはいくらでもあるからいいんだけど。


 さて、ホームセンターには排水ポンプが売っている。

 排水ポンプってのは、水の中に沈めて起動すると水を吸い込んでバシャバシャと流してくれるやつだ。

 一階層下のヤモリ部屋のピットに水は捨てるには、ポンプでなくてもサイフォンの原理を使えば流せるだろうが、今回は普通にポンプを使うことにする。


「…………問題は揚程が足りるかだな」


 ホームセンターに売っているポンプはたいして吐出圧がでるわけじゃない。精々10メートル程度の揚程能力しかない。水を押し上げるのは意外と力がいるのだ。

 ただ、一度上がってしまえば、サイフォンの原理で水は流れる……はず。

 つまり、水深の浅い場所で使い始めて、水が流れてから深い場所に移動させればいい。

 ヤモリ部屋は100メートル以上も低い場所にあるし、それで十分水は流れるだろう。

 ホースの長さをちぎれるギリギリまで伸ばしてやればいいか。


「問題はポンプを水に浸ける部分だけど……。投げりゃいいかね。フィオナ、ちょっと」

「どうしたの?」

「これ、思いっきりぶん投げてみて。どこまで飛ばせる?」

「投げるって、ここで?」

「うん。試しテストだから」


 今いる場所は、ホームセンターの駐車場だ。

 試し投げするにはちょうどいい広さ。さすがにいきなり本番環境ではやらない。

 無限在庫だから、本番で使う予定のポンプを試し投げできたりできちゃう。

 すげー無駄遣いだけど、命掛けだからね。


「けっこう軽いから、かなり飛ばせるんじゃないかな。じゃ、いくよ~。それっ!」

「お、おお~。すごい。オリンピック選手みたい」


 こないだのヤモリでレベルも上がってるんだろうが、20メートルくらい飛んだ。

 説明書によるとこのポンプ、重量5キロもあるんだよ?

 斧の投擲とかでもけっこう戦えるんじゃないか、これ。


 ともあれ20メートル飛ばせれば、さしあたり十分だろう。

 手前の水が引けたら、また次の場所へと移動していけばいい。できればドン深になっていて、手前からいきなり最高深度になっていてくれればベターだが、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないってことで。


「う~ん。けっこう行き当たりばったりだけど、まあこればっかりは仕方がないよね。どのみち、半魚人が出てきたら水があろうがなかろうが関係ないだろうし」

「はんぎょじんってなに?」

「魚人間モンスターだよ」


 考えてみると、半魚人が強いとかエラ呼吸と肺呼吸を併せ持ってるって部分だけじゃない?

 水がなくなったら究極、陸地に上がって来れない可能性すらある。

 よし、それに賭けよう。


 水中ポンプにロープを括り付け、排水の為のホースは、外れないようにバンドでかなりキッチリ締め込んだ。売っているホース一巻き分では距離が足りないので、継ぎ手を噛ませて、500メートル分くらいに延長する。


 問題は電源ケーブルも短めなところだが、屋外用の延長ケーブルを使い、コーキングで隙間を塞ぎ、さらに防水テープでグルグル巻きにしたから、たぶん大丈夫だろう。


 私とフィオナは道具類の準備を終えて、水溜まり階層へと移動。

 扉前でミーティングを行う。


「あの手前の水のとこまで届けばとりあえずいいよ。ダメだったら一度引き上げてまた投げればいいし」

「了解! うまくいくといいね!」

「大丈夫、大丈夫。ホームセンターを信じろ!」


 扉を少しだけ開けて、フィオナがポンプを投擲する。

 ポンプは綺麗な放物線を描き、ばっしゃんとまあまあ大きな音を立てて、水中に没した。

 私はすかさず電源を投入する。


「お、キタキタキタ」


 ポンプに繋がったホースがパンと膨れ上がる。

 水を順調に吸い上げている証拠だ。

 私はロープを扉のノブに括り付けて、とりあえず今の位置で、ポンプの高さを調整した。

 おそらく、水量は少なくとも50メートルプール一杯分はある。

 水深次第ではもっとあるだろう。


 とりあえず問題なさそうだったので、下の階を確認。

 ヤモリ部屋の無限ピットに水が良い勢いで排出されていく。

 迷宮という特性上、泥とか、落ち葉とか、ゴミとか、そういうのでポンプが詰まる可能性は低そうだ。


 ◇◆◆◆◇


 その後、特に魔物が水中から出てくることもなく、排水はつつがなく進んだ。

 とはいえ、かなり時間がかかるのは確か。

 少しでもペースを上げるべく、さらに同じものを3つ作って、4台で水を抜いている。

 ポンプも、底につくまでロープを緩めたが、どうやら手前側でも深さが20メートルほどもあるようだ。ポンプの揚程は足りないが、ちゃんと排水できているので、問題はない。サイフォンの原理がちゃんと働いているらしい。


 私はフィオナと徐々に減っていく水を見ている。


「ねえ、マホはここから出れたらどうする?」

「どうするったってねぇ。なんの伝手もないし……フィオナがやってた探索者ってのやるしかないんじゃないかなぁ」

「探索者をやるの? マホ、魔物とちゃんと戦ったことないのに?」

「まー、なんか他に市民権がなくてもできそうな仕事があればねぇ」


 私は呼び出された存在、つまり完全無欠の異邦人だ。

 ホームセンターのものが使えるといっても、この迷宮から持ち出せる量なんてたかが知れている。

 外に出れたら、もうホームセンターのものなんて使わず、自分の力で生きていくしかないのだ。

 もちろん、なにか高く売れそうなものを持ち出して換金……くらいは考えているけど、異世界で高く売れそうなものってなんだろうな? とも思う。

 双眼鏡とか、お布団とか、鏡とかガラスとか? 持ち運び考えたら、双眼鏡一択かなという気がする。あ、珍しい植物とかも売れるかな? あとは……ハムスターとか。外来種はマズいか。


 それに、やっぱ外から来た人間って怖いじゃん?

 この世界がどういう世界かわかんないけど、魔女狩りみたいなことになる可能性、高いと思うんだよ。ホームセンターの物なんて持ち込んだら尚更。

 そうでなくても、常識に疎いわけだし、早晩詰みそう。

 なんか、外で暮らす自信なくなってきたな……。


「ん~、究極、私はここで暮らすよ」

「……え? なんで? なんで、そんなこというの?」

「私はこの世界の人間じゃないからさ。たぶん、歓迎されないって思うんだよ。もちろん、お日様は恋しいし、外に出たりはすると思うけど、ここから離れて街で暮らすのって、ちょっと危ないだろうし」

「……じゃあ、その……家族とか作ったりしなくていいの?」

「家族!? 結婚ってこと?」

「そう」


 そういうの気にするのか。

 お年頃だもんな。

 私のいた世界じゃ、これっくらいの年で結婚考える子はほとんどいないんだよ。肉体的にはともかく、精神的には子どもなんだよね。

 考えてみたら、私とほとんど同じくらいの年齢で、斬った張ったの冒険者家業やってるフィオナは、すごく独立した大人ってことだ。

 ご禁制を吸って精神の安定を図りがちなところはともかく。


「ん~。別にいいかなぁ。男の子と付き合ったりとかは、もう卒業」

「お、男の子と付き合ったことあるの!?」

「はぁ~ん? そりゃぁ、あんた。男子の1人や2人……すみません。ないです。見栄張りました」

「なんだ! じゃあ、マホだって私と変わんないじゃん!」

「フィオナもないの? そんなに可愛いのに。私が男だったらほっとかないけどなぁ」


 こう言っちゃなんだけど、フィオナはもう経験済みなのかと思っていたな。

 大人になるのが早いってことは、そっちも早いってことなんだろうし。


「でもまあ、一応は外でも暮らせるかは試してみるつもり。まだ学生だったし、ちゃんと働けるのか不安だけど、まあなんとかなるでしょ。ダメならここで暮らせばいいもんね」

「学生!? マホ、学校に行ってたの? やっぱり貴族だったってこと……? ぜんぜん、そんな風に見えないのに」

「この私が貴族に見えないとな……? まあ、貴族じゃなかったけど。私がいた国じゃ、全員が学校に行くのよ」

「全員が……?」

「フィオナは学校行ってないんだ?」

「うん。……ちょっと事情があって」


 学校そのものはあるってことか。

 貴族がどうのって言ってるし、貴族学校みたいのがあるのかな?

 でもまあ、あのドラゴンの魔石も高く売れるとか言ってたし、行けるんじゃないかな?


「外に出られたらさ、学校行ったらいいよ」

「でも、私もう15歳だよ?」

「なんだ、そんなこと。何歳からだって学んでいいんだって、私のいた世界じゃ常識だったよ?」

「じゃあ……もし、本当にここから無事に出れたらさ、マホもいっしょに通ってくれる?」

「私も!? う、う~ん。学校かぁ……」


 学校にねぇ……。

 正直、あんまり行く気はしないけど……。

 っていうか、そもそも私、市民権みたいなものないでしょ。学校は無理じゃないかなぁ。


 徐々に下がっていく水面を眺めながら、ふと横を見ると、フィオナがのぞき込むように私の顔を見つめていた。

 膝の上で両手を握りしめて。懇願するような目で。


「……ま。そうだね。出られたら、2人で学校行こっか」


 どーせ、この世界でやんなきゃならないことなんてないんだしね。

 フィオナと二人でなら学校も楽しいかもしれない。どういうことを学ぶのかさっぱりわかんないけど。


「ほんと! じゃあ、約束!」

「はいはい。約束、約束!」

「絶対! 絶対だよ?」


 フィオナは嬉しそうにへニャッと笑っている。

 まあ、嬉しそうだからいいか。

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