第16話 巨大ヤモリだ!

 裂け目は幅5メートルを超えており(広い場所では10メートルほどもある)、かなり怖い穴なのだが、その一部、不自然に膨れ上がっている場所があった。

 うっかりすると見逃してしまうほど、岩肌に溶け込んでいるが、よく見ると四肢があり、壁に貼り付いているようにみえる。


「え、どこ? なんにもいないじゃん。怖いこと言わないでしょ」

「いや、いるって。こういう形のやつが壁に貼り付いてる」


 ジックリ説明したことでようやくフィオナもそいつを見つけた。

 保護色な上にこの闇だ。普通にこの階層に来た冒険者では、絶対見つけられないんじゃなかろうか。


「……なんか、けっこう大きくない? なんだろ」

「壁チョロ系のヤモリみたいなやつだな……」


 サイズは、かなり大きい。ドラゴンよりは小さいが、それでも自動車サイズだ。

 私やフィオナなら余裕で丸呑みにされてしまうだろう。

 爪はトカゲよろしく小さいか、無いようだが、牙はかなり大きく鋭い。

 戦うのは無理だな。


「あれ、この階層の魔物ってことだよね……たぶん。一匹だけかな」


 フィオナと2人で、強力な懐中電灯を使って、裂け目を徹底的に調べた。

 まだ、昇り階段へ続く扉は見つけていないし、階層の全体像も掴めていないが、とりあえずあの一匹以外にはいないっぽい。

 天井とか壁とかも大丈夫そうだ。

 むしろ、上のほうに貼り付いていたら、手出しが難しかっただろう。

 裂け目にいるならやりようがある。


「ど、どうする? あんな場所じゃ攻撃もできないし……」

「そうだね。動かれたら厄介かな。だから、その前にやるしかない」


 ヤモリは動きが速い。

 やつはかなりの巨体だが、その気になったら、あっという間に距離を詰めてきて私たちを丸呑みにするのだろう。

 だが、たぶんあいつは崖沿いを歩いている人間を、下からコッソリ現れて丸呑みにするようなタイプのやつに違いない。ヤモリだし。

 壁から壁へのジャンプも……ないと思っておこう。あったらヤバいけど、そんときはそんときだ。

 いつでも逃げられるようにしておく。


 ……それはそれとして、また立派なゲッコーだ。

 殺すのは惜しい。せめて写真に残しておくくらいしかできないが、これも生きるためだ。

 まったく、ダンジョンは業が深いぜ。


 ◇◆◆◆◇


「ツルツル作戦でいきます」

「つるつる? なにそれ」

「いろいろ考えたけど、さしあたり一番手っ取り早い方法ってことで」


 ヤモリは、指先に付いた細かい毛により、ファンデルワールス力を発生させて壁にくっ付いている。あのヤモリも同じ理屈でくっ付いているのかどうかは謎だが、いずれにせよ、なんらかの力でくっ付いているのは確かだ。

 波紋の力で付いているんでないなら、オイルを撒けばくっ付くことができずに、無限の闇へと落下していくはずだ。

 なんたって、あの巨体である。

 一度落下加速度が付いてしまったら、それまでだ。


 私とフィオナは一度ホームセンターに戻り、準備をすることにした。

 巨大ヤモリがひっついている壁は、反対側。

 正規の手順でダンジョンを攻略していた場合、闇の中で崖に気を取られながら歩いていると、こっそり出てきてパクリとやられる……というわけだ。

 逆にいうと、私たちの側からは丸見えである。


「やっぱオイルかな。ワックスでもいいかも。いや、ワックスも油か」

「そんなんで倒せるの? ヒュドラ草に使ったやつで倒せない?」

「草焼きバーナー? 直接的な方法はあんまり試みたくないかな……」


 ガチンコ勝負になったら負ける。相手には地の利もあるし、もし相手に知能があれば、照明を壊されたりすることもありえる。暗闇でアレと対峙したら逃げられる可能性すらゼロである。


 さて、オイルを壁面に掛けて滑り落とす作戦なのだが、問題は、それなりに距離がある壁に油を散布する方法である。

 高圧洗浄機にオイルを入れる? たぶん、大して飛ばないし、すぐ壊れる。

 他の散布系も同じだろう。オイルみたいに粘度があるやつを10メートル飛ばすのは難しそうだ。

 試してみてもいいが、失敗した時が怖い。

 ドラゴンの時と同じように、向こうが臨戦態勢になる前に決着を付ける必要があるのだ。


「う~ん? ドローンで運ぶ? ヤモリの上まで行って上から流す?」


 どれも微妙だ。

 上からオイルを流す作戦は悪くないが、避けられた時に一気に危機に陥るからダメ。

 安全地帯から間接的に攻撃するのがミソなのだ。


「これ、まるごと投げれば?」

「缶ごと? それは、ちょいとワイルドすぎるかな……。でも、どうにかして届かせなきゃね……。ま、一度戻って考えてみるよ」

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