三国志

薄雪姫

第1話 プロローグ 闇

ほんの僅かな鈍い光さえも決して射すことの無い漆黒の闇が無限にひろがる其の場所で、異類異形の影が無数に蠢いていた。


陽なたの世界からは完全に遮断されたーーーーーー森羅万象に逃れられぬ死と絶望を誘発する"モンスター"即ち人類の敵が、笑い声を上げ、嬉々として殺し合い、奪い合っている

暴虐の限りを尽くすオーク。

跳梁跋扈するダークゴブリン。

殺戮本能のままに生きるレッドキャップ。

剛力で暴れまわるトロール。

血と男の精子に飢えた雌オーガ

そして、マンイーター。


暗紅い暗紅い血を渇望するモンスターが、唐突に活動を停止して、全員が同じ場所を、まじろぎもせず見つめ、獅子や豹よりも力強い声で言葉を発した。


「崇高ナルカナ、崇高ナルカナ、崇高ナルカナ、愛二満チタ世界ヲ深淵ノ如キ憎悪ノ闇二染メシ御方……咎ヲ背負ワヌ至純ナル聖女ノ祷リヲ妨ゲ、天界デ最モ美シク慈悲深ク気高ク、ソシテ神殿ノ柱ヲ見下ロス身体ニシテ魔力二優レタ女神ノ息ノ根ヲ完全二止メル御方……」


モンスター達が畏敬の念を向けて、眺めいるのはーーーーーー


 常闇の中に女が立っている。

 女が何者であるかなど判らない。

 ただ、長身であり、厳かな雰囲気を纏っており、穢れを識らぬ美少年を堕落させる端麗な容姿をしていることしか知れない。

 肉付きの良い大きな女であった。場所が場所であるから、人間族は疎か吸血鬼ですら一歩踏み込んでしまえば生命の保証などない。


「愛……忍耐……無私の心……慈悲……赦し……希望……。其れ等は愚者共の下らぬ幻想に過ぎない。我ら暗黒の眷属の尊さを識らず、燦爛たる光の存在共にかしずき、己を除く他者が為に何かを成す愚者共のな。妾が美少年への色欲に溺れ、淫らな行為に耽るようにーーーーーー愚者共は下らぬ幻想に囚われている。そう、幻想とは忌まわしき燦爛たる光の存在モノ共の矮小なる情動なのだ。光の存在モノ共……即ち矮小なる情動を宿す者共は……皆、己が風の前の塵に等しきことを解さず、我ら暗黒の眷属に立ち塞がり、所詮は有象無象に過ぎぬ生命ある者を守護せんと無駄に足掻き我らが怨敵たる太陽の如き大いなる輝きを放つ。其の唾棄すべき大いなる輝きを根源より消し去る"我が暗黒の下僕"よーーーーーー」


妾が命に従え。

妖艶さと威厳と美しさと悍ましさを全て含んだ神々しく禍々しい声でそう叫んだ女の左腕に巻かれた包帯には、ーーーーーー男子供を護るためならば己の命を捨てることさえも惜しまぬ勇猛果敢な女神ーーーーーー黄帝と唯一互角に渡り合ったという邪悪なる暴虐の魔王・蚩尤を意味する紋章がはっきりと浮かび上がっていた。

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