断章3
意識が急になくなることがある。俺の持病だ。他にも身体の不調や異常はいくつかあるが、最も大きなものはそういう症状を伴う。
それってある意味急死することと大して変わらないんじゃないかな、としばしば思う。特に、最初の発作を起こして医者から病気の説明を受けた時だ。それじゃあ気を失って二度と目が覚めなかったら死んだのと同義じゃないか、と思った。意識がない間は、自分の心臓の音を聞くこともできない。夜寝るごとに自分が死んで、目覚めたら新しい自分として生きていく、みたいな考え方も世界のどこかにはあるらしいが、臆病な俺はそう簡単に割り切ることができなかった。
なんの準備もなくただ倒れて、二度と目覚めないことだってあるかもしれない。倒れた時の打ちどころが悪いかもしれないし、水の中で意識がなくなるかもしれない。発作が起きた直後に死んでいなくても、誰も周りにいなければそのうち死ぬ可能性だってある。そうしたら全てがおしまいなのだ。
俺が初めて発作を起こしたのは、まだ俺も姉も実家にいる時だった。
あ、なんかやばいな、と本能が警鐘を鳴らした瞬間に、何もなくなった。
それからふと目覚めたら家族の顔だ。その時は姉と母がいた。どちらも本当に心配そうで、ひどい顔をしていた。
目覚めたばかりで事態も飲み込めていないながらも、これだけは悟った。
──俺、なんてことをしたんだろう。
と。俺が好きでそうなったわけでもないけれど、家族にひどい顔をさせたことを知った瞬間の衝撃と罪悪感なんて、そんなものだ。
俺は昔から病弱で、入院歴も少なくはなかったから、ある意味では家族に迷惑をかけることに関しては慣れていたつもりだった。けれど、まあ比べるようなものじゃない。
──二度と目を覚まさないかと思った。
そう言われて、ああ俺って愛されてるんだな、と素直に思った。
家族に愛されていることを、家族の様子を目の当たりにしてすぐに悟るぐらいには一大事だった。だから余計に負い目を感じた。もうこんなことしちゃいけない。二度と。──そう心に誓った。
それだけではないにしても、一人暮らしを始めるきっかけの一つにはなった出来事だった。
でも結局、一人になると考えてしまう。もう助けてくれる人は近くにいないのだと。
その事実が恐ろしかった。でも実家には戻れなくて、丁度いい関係はどこなのだろうと考えるようになった。一人の夜は思った以上に長く静かで、思考の海に潜るには絶好の時間だった。
出た答えは「他人」だ。家族でもなく、恋人でもなく、友人でもなく──たまたま通りかかった人が救急車を呼んでくれた、ぐらいが適していると思った。……本当は救急車だって、よほど重症じゃなければ呼ばなくても大丈夫なはずなのに。
そうやって外に出ている時間が長くなって。家にいたくなくてあんな習慣がついて。
──そして、現れた。悪魔が。
奇跡とも言うべき巡り合わせだと思った。
相手は契約関係をビジネスだと言い、俺は家族でも恋人でも友人でもない他人を望んでいた。本当は怖いぐらいに運命を感じていたのだ。
……結果的に、他人だなんてとても思えないような感情を抱いてしまったわけだが。
結局俺は、独りなんて選べない。「他人」だってもう必要ない。
大事な人が欲しい。愛が欲しい。拠り所が欲しい。家族だって大事だけれど、それとは違う何かが。
弱さも醜さも遠慮なく曝け出せて、受け容れてくれて、俺も同じようにそうしたいと思える人が。
誰でもいいだなんて、もうとても思えない。
俺にとっての「その人」は、もう決まっているはずだった。
俺の人生、あの瞬間から狂わされたんだから。
──なあ、お前、ちゃんと責任取れよ?
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