ヒビモノガタル

外清内ダク

醜男世界一



 昔々あるところに、世界一の醜男ぶおとこがいた。

 彼の顔ときたら全く酷いありさまで、眼は泥のよう、鼻は茄子の実のよう、口はおぞましい毛虫のようで、顔立ちはイボだらけのヒキガエルに似ており、頭が砂漠のように禿げてさえいた。世に比類なき醜男ぶおとことは彼のことだ。街の人間はみんな彼をバカにし、蔑み、あざ笑った。もちろん、彼を相手にする女など一人もなかった。

 彼は、独りぼっちだった。

 あるとき醜男ぶおとこは、一人の少女と出会った。光輝くように可愛い少女だ。だがその目は固く閉ざされ、手には杖が握られている。

 少女はめしいであったのだ。

 めしいの少女は、道に迷っているらしかった。醜男ぶおとこは少女に寄っていった。めしいの身で道に迷ってはさぞ不安だろうし、それに、目が見えない彼女なら彼の容姿をバカにせず接してくれるかもしれない。

「お困りですか。何かお手伝いして進ぜようか」

 その声を聞くや、少女は不安に満ちていた顔をぱっとほころばせて、

「まあ! 親切なおかた、ありがとう。教会に行きたかったのですが、野良犬に追われ、がむしゃらに逃げるうちに、自分がどこにいるのかも分からなくなってしまいました」

「教会かね。それはまた、ずいぶん見当違いの方へ来たものだ」

「ああ、困りましたわ。お願いです、私の手を引いて、案内してくださいませんか……」

 手を!

 醜男ぶおとこは舞い上がった。女性の手を握るなど、生まれて初めての経験だった。差し出された手は、どこもかしこも柔らかく、ほのかに温かく、握っているだけで胸いっぱいに幸せが湧いてくる。心臓がとんでもない勢いで脈打ち、身体が破裂してしまいそうだった。

 誰よりも愛に飢えていた彼である。教会についたときにはもう手遅れだった。つまり……恋に落ちたのだ。

 それからというもの、醜男ぶおとこは毎日のように少女のもとへ通い、彼女を教会へ送り届けるようになった。少女のほうでも、これほど親身にされたのは生まれて初めての経験だった。次第に彼を愛するようになっていったのも、自然ななりゆきであった。

「君はどうして毎日教会に通うの?」

 あるとき男が訊くと、少女は屈託ない微笑みを返した。

「きっと神様が願いを叶えてくれるから」

「ほう。どんな願いだい?」

「私の目が治りますようにって……

 そうしたら素敵よ。だって、あなたの顔を見ることができるもの」

 ああ、なんたる残酷。無邪気がゆえの。

 醜男ぶおとこは悩んだ。彼女の願いは叶えてやりたい。だがもし目が治ったら、彼女は彼の顔を見る。きっと幻滅するだろう。なにしろ世界一の醜男ぶおとこだ。今まで自分がどんなに醜悪な男に手を引かれていたかを悟って、彼女は悲鳴を上げて逃げ出すに違いない……

 いや、たとえ嫌われてもいい。彼女の目を治してやりたい。

 そう考えた醜男ぶおとこは、街外れのあばら家を訪れた。そこには街で評判の、力ある魔女が住んでいたのだ。

「お邪魔します……」

 と醜男ぶおとこがドアを開けると、いきなり魔女は激怒した。

「言うに事欠いて『お邪魔します』だと!?

 バカめ! わざわざ邪魔をすると宣言するなど無礼千万! ひとの家に上がり込むときは『お邪魔しません』と言うべきなのだ。『お邪魔しません、決してお邪魔になどなりませんから、ちょびっとばかし入れてください』とな。そんなことも知らんのか! これだから教養のない奴は」

「じゃあ、お邪魔しません」

「なに!? 邪魔しないだと!?」

 魔女が近づいてきて、醜男ぶおとこの顔をまじまじ覗き込んだ。

「ふーむ……確かに邪魔しそうにない顔だ。ハッハァ! こりゃとんでもない。グペペビルゴルにそっくりだよ!」

 『グペペビルゴルとは何だ?』と尋ねたいところだったが、どうせろくでもない物に決まっているから、訊くのはやめた。

「あなたが魔女様で?」

「ふざけるな! あたしゃ親切な魔女だよ!」

「ある人の目を治したいのです。方法を教えてくれませんか」

「教えろだと! 教えるなどというのは、この世でもっともくだらない仕事だ。教えてることが本当かどうか分からんし、教わったことを分かったのかどうかも分からんし、分かっとらんことが分かってるかどうかも分からんからだ。くだらない! 目を治す薬草は東の山頂にあるが、それを教えてやる気はさらさらないね!」

 醜男ぶおとこは東の山へ向かった。

 それはそれは険しい旅路だった。東にはまず深い森があり、次に砂漠があり、最後に切り立った岩山があった。森には人食いの獣が何匹もいて、醜男ぶおとこは一度は尻を噛まれながら、命からがら逃げおおせた。砂漠では熱い太陽が牙を剥き、醜男ぶおとこはあと一歩で干物になるところだった。そして岩山は、そこらじゅうで岩が刃物のように尖っていて、よじ登ろうとする醜男ぶおとこの手を容赦なく切り刻んだ。

 彼は何度も自問した。どうしてわざわざ、こんな苦労をしてるのだろう。何度も何度もやめたくなった。それでも彼は止まらなかった。なぜなら彼は愛していたのだ、めしいの少女を。彼女の目を癒やしてやりたかった。たったひとつの願いを叶えてやりたかったのだ、命を賭けてでも。

 執念が彼の身体を突き動かした。幾多の苦難を乗り越えた末、彼は山頂にたどり着き、青い薬草が岩の隙間から葉を伸ばしているのを発見したのだった。

 街に戻った醜男ぶおとこを、少女は抱擁で迎え入れた。醜男ぶおとこは早速薬草を彼女の目にすり込んでやった。

 するとどうだろう! 薬草を塗られたところが淡く光を放ち、その光が収まると、今度は少女のまぶたがゆっくりと開き始めたではないか!

「ああ……ああ! 目を突き刺すような熱い刺激! これが光なのね。これが見えるということなのね!」

 少女は感動にむせび泣き、醜男ぶおとこに目をやった。醜男ぶおとこは悲しげに顔を背け、ものも言わずに立ち去ろうとした……

 その手を、そっと少女が掴む。

「行かないで。私をおいて、どこへ行こうというの?」

「だって……僕の顔を見ただろう? 僕はこんなにも醜く、気色の悪い存在だったんだ。僕は君の目が見えないのをいいことに、君を騙して今まで付き合っていた……でもそれももう終わりだ」

「ばかなひと。生まれてはじめてこの目で見た愛しい人の顔を、醜いだなんて思うはずがあって?」

「えっ……」

「私にとっては見るもの全てが感動よ。とりわけ、私のためにこんなにも傷ついてくれた、あなたの姿は」

「じゃあ……じゃあ、これからもそばにいていいのかい?」

「ハッ! くだらない! くだらない!」

 その時突然、魔女がふたりの間に乱入してきた。面食らうふたりの前で、魔女は踊り狂ってわめき散らした。

「美醜はひとの心が見せるもの! 愛していれば路傍の石ころもきらめいて見え、嫌っていれば最上の宝石さえケバケバしいだけ。だから言ったろう! グペペビルゴルにそっくりだって!」

「グペペビルゴルって何だね?」

「古代帝国の英雄の名だ! 恋人のために命を賭け、最高の伴侶を得て幸せに暮らした、世界一の果報者だよ。その人相を持つ者は同じ運命を歩むと昔から決まってるんだ。そんなことも知らんのか! まったく、これだから教養のないやつは!!」



THE END.

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