世間知らずの妖精姫は婚約破棄されたので剣舞する~王子の婚約者だからと家に閉じ込められていたけど、試しに剣を振ったら才能があったので自分の力で悠々自適に生きていきます~

すー

第1話:婚約破棄と剣


 私は婚約者に呼び出されて、王宮にやってきていた。


「お前と婚約を破棄する!」


 突然だった。


 私の婚約者、パパイア王国第九王子トメトは開口一番そう宣言した。

 彼の横には勝ち誇った表情の女がいる。


「なぜでしょう?」


 私は生まれながらにしてトメト王子との婚約を決められていた。


 九番目とはいえ相手は王族だ。


 幼少の頃より立派で相応しい妻となるための勉強を強制された。


 幼い頃より嫉妬深く、独占欲が強かった彼の意向で私は人生のほとんどを家で過ごした。

 

 本来であれば入学するはずだった学園も「必要ない」と言われ、家庭教師で済ませた。


 魔法の適正さえも調べていない。


 だから私の楽しみは読書か、庭の草花の成長を見守ることくらいだ。


「それはお前がつまらない女だからだ! 顔も好みではない!」


 確かに隣にいる女と私の顔は違っている。


 しかしそれだけで婚約破棄なんてあんまりだ。

 この胸のざわつきが怒りなのか、悲しみなのか分からないくらい私の心はぐちゃぐちゃだった。


「失せろ! もうお前は不要だ!」

「そんな……」

「騎士共、そいつを摘まみ出せ」


 膝から崩れ落ちた私は騎士たちに連れられて、城の外へ放り出された。


「すまんな……」


 騎士はさり際に謝ったが、私は返事をする余裕なんてなかった。


 これから私はどうやって生きていけばいいの。


 世間知らずな自覚はある。

 だってそういう風に育ってきたから。


 だから今さら婚約という道標が消えた私は、途方にくれることしかできなかった。





『どこか旅行でも行こう』


『甘いものでも食べない?』


『学校に行ってみるか?』


『何かやりたいことはあるか?』


 王子に婚約破棄を言い渡されて一月。


 落ち込む私に両親は叱責することなく、優しく接してくれた。


 確かにその提案はありがたかったし、興味も以前はあった。


 しかし好奇心を抑えることに慣れた私にとって、それらは全て今さらの話だ。


「いい」


 素っ気ない返事をして、私は今まで通りに過ごした。 八つ当たりという面もあったかもしれない。


「空しいな」


 しかし私の時間で多数を占めるのはどうしても花嫁修行となるわけで、今の私には苦しすぎた。


 そんな時、私は大好きな物語を読む。


 大好きだった兄が両親に内緒で買ってくれた娯楽小説ーーそれは貴族の少年がダンジョンを攻略しながら、世界を旅するーーありふれた内容のものだ。


「お父様」


 そしてふと思いついたのだ。


 女とは子を産み、家を守り、繋いでいくことが務めだと教えられてきた。


 だから女性が戦うなんて発想はなかった。


『やりたいことは?』


 これかもしれない。 やってみたいとそう思った。


「父様、剣をお借りしてもよろしいですか?」

「ちょぉぉおおおと、お父さんとゆっくりお話しようか?!」


 こうして私は新たな人生を歩み始めた。







「そんなに心配しなくても大丈夫なのに」


 父は騎士たちの鍛練に使う刃引きした剣を貸してくれた。 初めは木刀を渡されたが、それは私が断った結果だ。


『絶対に気を付けるんだよ? 騎士隊長! 頼んだぞ!』


『真剣!? そんなの絶対ダメダメ! 嫁入り前の娘に傷がついたら大変じゃないか!』


『少しでも怪我したら治療しなさいね? 分かった?』


 刃物なんて持ったことないけど、当たったら傷が付くだろうことくらい私にだって分かる。 それなのに、


「バカにして」

「父親とはそういうものです」

「ふーん」

「とりあえず振ってみますか?」


 騎士隊長が差し出した鞘から、剣を引き抜く。


「お、おもい……」

「でしょうな」


 腕だけでは抜けず、体を使って引き抜くと私は支えきれず尻餅を付いた。


「ありがとう……」

「いえ」


 私が剣を取り落とすことが分かっていたかのように、騎士は空中でするりと剣を取りくるくると軽やかに回して鞘に納めた。


(悔しい)


「騎士を志す者でも、力がなく剣を支えきれない者は多い」

「だからやめろと?」

「いえ、ですのでステップを踏みましょうという話です」


 騎士はにこやかにそう言って木刀を差し出した。


「剣の道は長い。 まずはここから始めませんか?」

「……………うん」

「お分かりいただけたようで何より」


 手のひらで転がされているようで、腹が立ったが騎士の物言いは過剰な心配をする父とは違って素直に受け入れることができる。


「どうぞ」

「うん」


 木刀は先ほどの剣より短い。 しかしこれでもやはりずっしりと重い。


 木製の家具は暖かいのに、木刀は握るとひんやりと冷たかった。


 だけど手に吸い付くような感覚がなぜが心地よい。


「握りはこうで、構えはーーって聞いちゃいない。 まあいいや、とりあえず自由に振ってみてくださいよ」


 騎士の声が遠くから聞こえた。


 私の意識は剣に注がれている。


 剣を振り上げ、



 振り下ろす。



ーーザンッ



 想像よりも重量感のある音だ。


 何より爽快。


 ダンスをした時も、お茶を淹れた時も、料理をした時も、裁縫をした時も、こんな気持ちになることはなかった。


「面白い……」


 私はその快感をもっと感じたくて、剣を振りかぶる。 重さはもう感じなかった。



 


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