「仁藤さんっ!」

 昇降口しょうこうぐちの前で二人に追いついた梨音は、けつけたいきおいのまま名前をぶ。

「一ノ瀬君、どうしたの?」

 一気に駆けて息が苦しくて、ひざに手を着いて大きく息を吸う梨音に、友樹が引き返してくる。

「あの……実は……」

 姿勢しせいを直して、「私が、あの時のさくらです」と言いかけた梨音は、昇降口のガラスとびらにぼんやりうつる自分たちの姿すがたに視線を向けて、不意ふい冷静れいせいさを取り戻す。

 髪が短く、背が高い梨音は、いパーカーとジーパンという服装ふくそうのせいもあって、どう見ても男の子にしか見えない。

 何せ学校でのあだ名は「第四小学校の王子さま」なのだ。

 そして梨音は、さっきからずっと、友樹に男の子と思ってもらえるよう振る舞っていた。

(昔の私と、あれこれ違いすぎる……)

 今の自分が「さくらちゃん」を名乗っても、友樹に信じてもらえるとは思えない。

 それに、こちらの様子ようすうかがっている香奈恵の存在そんざいも気にかかる。

 子供の頃、梨音と友樹は両思いだったのに、香奈恵の嘘で台無しになったのだ。彼女のいる場所で、自分が「さくらちゃん」であることだけ伝えると、その後でとんでもない嘘をつかれてしまうかもしれない。

「急いでいるんだけど」

 友樹を待つ香奈恵が、苛立いらだった声を上げる。

 そんな彼女と友樹を見比べて、梨音は、今は駄目だめだと判断はんだんして口を開く。

「この学校に受かったら、対局たいきょくの続きをしてくださいっ!」

 その言葉に友樹は、ニッコリと王子さまのような笑顔でうなずく。

「もちろん。約束やくそくするよ」

 そう言って、友樹は小指こゆびを立てて右手を梨音に差し出す。

 指切ゆびきりを求められているのだと理解りかいして、梨音も自分の右手小指を差し出して、彼の小指に絡める。

「約束だ。一ノ瀬君が後輩こうはいになるの、楽しみに待っているから」

 軽く右手をらしながら、友樹が梨音にエールを送る。

 それだけで、心臓しんぞうがうるさいほどドキドキしてしまう。

「あと、その時に話したいことがあります」

「わかった」

 指切りを解いた雅之は、「じゃあ、春にここで会おう。話の続きはその時に」と手をって香奈恵の方へと走っていく。

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