第30話

「なるほどな。保険金の受け取りは全て湯上健、となっていた。他に親戚はいなく十何年も前に行方不明になった叔父、のみ。連絡がつかず、一課は、帰って来る可能性は極めて低い、との判断をした。」 

小名呂は、

「確かにそう判断するでしょうね。」 

西井が、

「父の仕事場の同僚に『気になっていたことは?』と聞くと『風呂に入れ!』と言うまで健君が風呂に入らない相談を受けた。それを、風呂場で殺害したのは恨みと、風呂の必要性を感じていないため、遺体の隠し場として選んだ、と一課の推測。」 

福多は「恨みがあった、ってことですか。」 

水野からは、

「次は健君の母の友人の証言。息子は普段は、自分の部屋に引きこもって、顔を合わせると、自分を産んだことへの怒りを罵声で浴びせられた。辛かったんですかね。お互いに。でもコロシとなると別です。」

中野の疑問点。いや、希望。

「もっといい面ないの?」 

木内は答える。

「あるわよ。祖父母の老人会の仲間に、『どんな子だと言っていましたか?』と聞くと、なんだかんだ大変な子だが、毎食、健康的な料理を作ってくれる。それも家族全員分を丁寧に。洗い物や家事も全て健君がやっていたそうよ。」 

「えー!めっちゃいい子やん!どういう家庭なん?」 

早川は、

「そこを突き詰めるなら、ただ聞き方の問題じゃないでしょうか。もちろん、『気になっていたことは?』と聞くのは当然です。でもそれではあまり、いい面の答えは返ってこないです。祖父母の老人会では、『どんな子か』と聞いている資料でした。」 

中村も口を開き

「じゃあ、まとめると、情報提供者の証言が一致、というのは、情報提供による『一課の推測が、一致』ってことですか?」 

やはり薬丸。

「そうなるな。まだまだ調べられそうだ。兒玉!起きとるかー!ってやっぱ寝とるか……。」 

天野も

「そろそろ限界じゃー。」 

木内が

「少し、休みましょうか…。」 



警視庁996係部署・(朝に戻る)


「でしたよね。」 

福多が気づいた。「そういやあかりちゃん、いませんね。単独捜査?いや、どこか行ったのかな?」 

ガチャっ。

「オハヨウ!」 

「どこ行ってた!あかり!」 

「ホワイトハッカーの業務もアルから、自分ノ部署に行っテタ!」 

「意外と仕事熱心やん?」 

あかりは、選び抜いた水野に近づく。このひとは大丈夫。

 あかりは、小声で言う。

「水野サン。小サイ声デネ。一本杉警部か西井サン、私の図書室のコト、何か言っテタ?」 

水野も小声で答える。

「あかりちゃんが図書室でオヤツ食べて、私用のハッカーしてることですよね?一本杉警部が。西井さんが、内緒にする約束でしょ?という会話をしていました。そんなの上に怒られそうになったら、守ってあげますよ。大丈夫。」 

「一本杉警部、西井サン、ヤッパリ言っテタンダ。水野サン…。コノ事件、…ヤバイヨ。」 

「えっ?湯上健君がやってないことを、証明すればいいんですよね?」 

「…ソウダネ。」 

薬丸は気づいた。

「どうしたー!元気ないじゃーん!あかり!」

「ダイジョウブ。保険金、ッテ、健君が逮捕されタラ、誰が受け取り人にナルノ?」 

木内が目を輝かせ、「あかりちゃんもお金に興味が出てきたの!そうね、行方不明の叔父が帰って来た場合は親戚である叔父になるでしょうね。でも叔父もすでに亡くなっている可能性もあるわね。叔父が戻って来ないなら、契約は消滅、かしら。」

あかりは真剣そうに固まった後、木内に告げた。

「ねえ、智恵サン!タケル君の面会に行っテモイイ?」 

「う、うん。いいけど、どうしたの?」

「会ってお話しがシタイんダ。」 

「そう。私はいいわよ。どう?福多総監?」

「いいと思います!健君も逮捕になってストレスもかかっているでしょうし、賛成、良きです!あかりちゃん、よろしくね!」

「ハイ!」


 木内の付き添いの元、刑務所の前。あかりは手順を整理する。面会室の前で木内を残し中に入る。

「一人で大丈夫?あかりちゃん?」

「ウン!ダイジョウブ。行ってクルネ!」

 腰掛け、しばらく経つと、健が連れられて来た。

「たけるクン!来たよ!」

「あかり!ここにも監視カメラがある。監察官もついている。本当の話は出来ない。あいつと繋がっていない方法、僕らの……。」

「ワカッテル!ソンナ大っきな声で言わない!ねぇ、たけるクン捕まっチャッタでショ?最後にピアノの連弾シヨウヨ!ホラ!約束シタジャン!……ピアノでイイ?」

あかりはトトン、トトン、と健の前で打ち鳴らした。

健はニヤッと微笑んで口を開いた。

「うまいね。」

あかりは言う。

「準備はイイ?曲は任セル!私は乗るネ!」

「僕、一本指でいい?」

「ソレハサスガニ……。」

「わかった。もう一本使う。あと、極力、音は立てないで、控えめ。うるさいしね!」

「知ラナインダヨネ?」

「うん!」

「ジャア、ヤッパリ音、大キク!」

「おっけい!始めよう!」



健は怒涛に目の前で打ち出した。続くようにあかりは次のパートを、健が少し挟み、あかりは応じる。


阪ノ上最高裁判所長官は、刑務所に出向いていた。

健の件に関して話を聞いていて、面会室の防犯カメラを見ていた阪ノ上の目つきが変わった。

話しをしていた職員に咄嗟に「静かに!」と

遮り、驚く職員。


そして健の見せ場、ソロに入った。あかりが時折、隙間に入ると、健のメロディも乗ってくる。良い相性のようだ。

決してお世辞でも上手いと言えない二人のピアノ連弾は、しばし長々と続き、クライマックスを終える。


阪ノ上は目を細めて、大きく頷いた。


「はーっ!やり切ったー!僕はもう悔いがない!ありがとう!あかり!」

「たけるクン。」

「何?」

「私、アノトキの初対面プロポーズ、意味ワカッタヨ!」

「さすが!そんなにあかりがすごいやつだと思ってなかったよ。正直。」

「私も意外ダッタ!ここマデ私のピアノに乗ってコレルのは、アスペルガーだと難しいと思ってタ。」

「そっくり返すよ!」

「じゃあ、また来るね!たけるクンは、……あまり言わない方がイイネ!」

「いや、いつになるかわからないけど、必ず刑務所から出るから!その時は、プロポーズするよ!」

「アリガトウ!じゃあネ!」


カチャっ。

木内が駆け寄る。

「どうだった?」

「最高ダッタよ!最後の終ワリ方ハ、傷ついたケド……。」 

「そうなの?」

「でも、ダイジョウブ!私はたけるクンを諦めナイ方法を必ズ見ツケル。」

「そういえば、さっき阪ノ上悌司先生に会ったわ!阪ノ上先生は、お偉いさんだけど腰が低くて、色々な場所に出向いて、正義の精神心理学で刑事事件の臨床を説いてるひとなの。心に詳しい天才よ!そうね、あかりちゃんとも、いつか会えたらいいわね!」

「そうダネ……。」

ガチャっ。

「あっ!阪ノ上先生!」

「あなたがあかりちゃん、ですね。」

「ハイ。」

「やっかいな事件に捕まったね。どうだ?僕を利用してみないか?」

「エッ?」

「ちょっとあかりちゃん、借りますね。木内捜査課長。」

「は、はい。よろしくお願いします。」

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