第15話 changeling
僕は満点の結果で仕事を終えた。
瑠美は苗字を『土御門』に変え、母親共々その家の嫁ぐ事になったらしい。
輝夜はどうなったのか知らない。
土御門には成れず、呪力も失い。
分かる事は、幸福になってはいないという事だけ。
でも、今の僕にはそれを心配している余裕なんかない。
自分の事で手一杯だ。
「お前は昔から賢かった」
魔術を見せると父は……
天羽徹は、簡単にそれを信じてくれた。
幸いあの時、結界から逃れたのは徹だけ。
母親と
そんな状態で僕等は家に帰って来た。
「異世界からの転移者……か……」
父の部屋で、僕等は二人きりで話した。
帰って来た、その日の夜の事だ。
「お前は、私の息子では無いという事か……」
「はい。
前世の僕の名前はヒーレン・フォン・アルテレスといいます。
年齢は合わせると30です」
「私より5つ下だな」
「はい」
「どうして、今まで言わなかった?」
「この世界の情報を探る為の隠れ蓑として利用していました」
「それだけか?」
「国籍の観点と共に一般的な家庭の中に居る方が、動きやすいと思いました」
仕事机に両肘を付き、両手を額に当てて。
天羽徹は大きく溜息をついた。
「今すぐに、君をどうするか決めるのは難しい」
「どんな物でも受け入れるつもりです」
「そうか……
はぁ……」
僕にはこの一家に向ける顔は無い。
「魔術師と言っていたね」
「はい。
前世では魔法師団に務めていました。
ランクはB、中堅程度です」
僕がそう言うと、天羽徹は予想外の提案をしてきた。
「ならば、それを教えてくれないか?」
「え……?」
「君の事を知りたいんだ。
その上で判断したい」
そう言われてしまえば、僕に断る選択肢はない。
一秒でも長くこの家に居られるのなら、それ以上の願いなどある物か。
「分かりました。
僕の知る限りの魔術をお教えします」
この選択が最悪の未来を導くと知っていても、僕はきっと同じ事をするだろう。
後悔はある。
けれど他に。
手段はない。
それから毎日、僕は夜中まで父親に魔術を教えた。
基本の制御術。
支配術と制御術の理屈。
魔力法則。
体内の魔力を運用する術。
その全てを、天羽徹に伝授した。
「後はどの様な術式を組み上げるか。
どのように魔力を運用か、アイデアの問題です。
練習の方法は全て教えました」
もう殆ど教える事は無い。
そう言える程まで、教えるのに『5年』掛かった。
その間、僕はキキョウやセリカちゃんの所にも顔を出さず。
依頼も一つも熟さず、ただ日常を続けた。
たった5年で魔術を憶えられたのは、天羽徹の自頭の良さに寄る物だろう。
彼は賢い。
だから、ちゃんと分かっている。
僕が息子なんかじゃないという事。
僕に、弟妹と同じ様に接する事なんてできないという事を。
天羽徹は、賢い頭でちゃんと理解している。
だから、こうなる事は必然だった。
◆
「悪いが、やはりお前を息子と思う事は、私にはできない」
その答えは必然で、当前で、至極全うな話だ。
嘘を吐いて、騙して、家族の振りをして。
「すみませんでした」
僕は迷惑を掛けた家の亭主に頭を下げる。
「僕は出て行きます」
「あぁ、最後に皆に挨拶して行きなさい」
「はい」
父の部屋から、リビングへ移動する。
僕は小学6年に上がった。
年齢は12歳。
ここまで待ってくれたのは、徹の温情だろう。
だから、文句なんて何もない。
言う筋合いも正当性も無い。
僕は、家を出る。
そう決めた。
夕日の差し込むリビングで、家族皆に事情を説明した。
僕が転生者である事。
僕が魔術師である事。
本当のの息子で無い事。
本当の兄弟じゃ無い事。
でも、僕の話を聞いた上で、母親は僕の判断を否定した。
「何言ってるの。
それが全部本当でも、もう修ちゃんは私達の家族じゃない」
母親の――
「そうだよ、前世があるとか関係ない。
兄さんは、俺の尊敬する兄さんだよ」
「私もお兄ちゃんが居ないと嫌だよ。
それに魔法使いなんてカッコいいわ」
兄弟の――春渡と楓華の……
2人の言葉に、涙が出そうだった。
それでも僕は居られない。
父親は――天羽徹は、認めない。
それがごく普通の判断だ。
「ごめんなさい……一実さん。
ごめんね……春渡、楓華。
僕は出て行くよ」
「駄目よ修ちゃん。
家族じゃない」
「そうだよ兄さん」
「一緒がいいよ。
お兄ちゃん」
僕の手を掴む。
逃がさないと言う様に。
「貴方、どうして?
どうして修ちゃんを認めて上げられないの?」
「こいつは偽物だ。
私達の本当の息子ではない。
前世を持って、歳はもう35だ。
異世界の魔術なんて得体の知れない力を使い、何を企んでいるとも分からない。
それに、修が居るから事件に巻き込まれる事もあるだろう。
それほどにこの男は異質な存在だ!」
「それでも、12年間一緒に暮らした家族としての思い出は本物でしょう!?」
「それとこれとは関係ない!」
「関係あるでしょ!
子育ても家事も、全部私がやったの!
修ちゃんは手伝ってくれた!」
母さんが。
一実さんが、ここまで激しく怒るのを見たのは初めての事だ。
いつも穏やかで優しい母親だった。
それが、見せた事も無い激情を僕の為に浮かべ、叫んでいる。
嬉しいのか辛いのか。
自分の気持ちも分からない。
僕はどうしたいんだろう。
「春渡と楓華のお世話をしてくれた。
家事だって色んな事をしてくれた。
私に頑張り過ぎないでねって、いつも私に言ってくれてたの……!
貴方は全部私に任せて、その間仕事ばっかりだったじゃない。
そんな人が、勝手に全部決めないで!」
振り払う顔から、涙が飛ぶ。
今までのストレスを吐き出す様に。
抱えていた物を投げつけるように。
母親として彼女は叫ぶ。
「私は修ちゃんを自分の子供だと思ってるの!
私がお腹を痛めて生んだ、大切な子供なんです!」
「「違う」」
僕と徹さんの声が重なる。
「僕は本物の子供じゃないよ。
生まれるのは二度目だから。
別の世界に、別のお母さんがいるから」
「そうだ。
記憶がある。
ただそれだけで、僕等の子供では無い事は明白だ。
加えて魔術なんて物まで使える。
この世界の人間でも無ければ、私達普通の人間の子供でもない!」
一実さんは遂に泣き始める。
「……修ちゃんは私がお母さんだと嫌?」
「そんな訳……」
『無い』と、言いかけた口を急いで紡ぐ。
こんな穢れた口が吐ける言葉じゃない。
「待て、私は父親で亭主だ……」
「いい加減にしてよ……!
修ちゃんを追い出すなら、私も出ていくわよ」
それに追従する様に、2人も言った。
「お、俺も兄さんと母さんに着いてく」
「私も……お兄ちゃんとお母さんと一緒がいい」
それは、徹さんを絶望させるには十分な言葉であって。
「ふざけるな……
私はこの家を守って来たんだ。
私はずっとお前達を護って来たんだ。
……こんな事がある訳がない」
その瞳が、僕に向く。
「あぁ、そうか……
お前の仕業か……
精神干渉、お前が教えてくれた魔術だ。
それを使えば記憶の改竄もできる訳か……」
狂気に染まった表情が。
憎悪に呑まれた眼光が。
僕を向く。
「僕はそんな事……」
同じだ。
全く同じじゃ無いか。
あの時と全て一致している。
その顔色が物語っている。
僕は今から、この人に殺される。
前世の終わりと全く同じように。
「最初からお前など、生まれてこなければ良かった」
その掌の中に、風が発生する。
基本的な召喚術。
基礎的な術式の一種。
やっぱり、転生した程度じゃ早々人は変化しない。
都合の良い展開なんて起っちゃくれない。
「死ね」
僕は、抵抗なんかできやしない。
僕が生まれ来なければ、この家族は平穏で幸せだったのだから。
「……ごめんなさい」
そう呟いた瞬間、徹さんの魔術が発動して。
「うぅっ……!」
「一実……何故だ……」
僕の前で、その人は血を流しながら蹲る。
その人は、僕を庇ったのだ。
「母さん!」
もう呼ばないと決めた名を呼び。
僕は急いで駆け寄って治癒術式を掛ける。
「何してるの……?
自分の子供を傷つけようとするなんて……
自分の子供に手を上げるなんて……
最低……ありえないわ……!」
母さんが父さんを睨みつける。
お腹から血を流しながら。
「違うんだよ母さん!
僕は、僕は……偽物で……!」
治癒術式を発動させる僕へ、母さんは微笑みかけた。
「私、頑張るから。
貴方にお母さんって認めて貰える様に頑張るから。
だから、居なくなるなんて悲しい事は言わないで」
なんて返事していいのか分からなかった。
前世で見た、聖女なんて呼ばれていた女を軽く超える慈愛の心。
純粋無垢な母親の心理を前に。
僕なんかが言える言葉は何も無かった。
代わりに、父さんは諦めた様に呟く。
「そうか……
もう、完全に操られているのか……」
「なんで……違う……
僕はそんな事してない……」
「嘘を吐くなぁ!」
僕が聞いた貴方の声で、一番に荒げた声。
でも、それは仕方ない事なのだと思う。
天羽徹が縋りつける答えは、もうそれしか残って無いから。
「はぁ……はぁ……
分かった、私が出ていく。
3人とも待っていろ。
いつか必ず、魔の手から救い出す」
そう言って、荷物も持たずに父さんは玄関に向かって行く。
「待って……
待ってくれ……!」
僕はその背に手を伸ばす。
けれど、僕の手が届く事は無く。
父親によって開けられた玄関の扉は――閉まった。
なんで。
なんで、こうなるんだ。
僕のせいだ。
僕が居たせいだ。
僕が生まれたせいだ。
そのせいで、皆……みんな、不幸になった。
父さんの、徹さんの言う通りだ。
感情が。精神が。心身が。
すり減って、消滅していく。
ドス黒い何かに犯されていく。
抑え込んでいた物が、吐き出されていく。
「え、兄さん……?」
あぁ、もう駄目だ。
「やめてよ……お兄ちゃん……」
もう、終わりだ。
「修ちゃん……なんで、こんな事するの……?」
しょうがないよ。
僕は失敗したんだから。
残った家族に術式を発動させた。
3人はぼーっとした表情で虚空を見つめ、浅い呼吸だけを続ける。
部屋で意識を保つのは僕だけになった。
「さっさと死ねよ……」
僕なんか、最初から生まれてこなければ良かったんだ。
◆
玄関のドアがもう一度開いた。
「あの、久しぶりに来てみたのですが。
申し訳ありません。チャイムを鳴らしても返事が無いのに、玄関が開いていたので……」
5年振り、なのに声で直ぐに分かった。
その声の主は吸血鬼の眷属の少女。
彼女は、僕を心配してくれて。
惨状広がるリビングに踏み込み。
変わらぬ見た目で僕に言った。
「大丈夫ですか?
私に何かできる事はありませんか?
なんでも頼って下さい」
そう言って、僕に手を差し伸べる。
あぁ、駄目だ。
今、僕に近づいちゃ。
「もう、抑えきれないから」
「えっ……?」
いつの間にか、凄く近い距離に彼女の顔があった。
キキョウを僕が押し倒している。
「あの、何があったか知りませんし……
なんでもとは言いましたけど……
私などでは……楽しくないかと……」
赤らめた表情で、彼女は言った。
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