第265話 木の下 の 小さな子


あの子は大丈夫かしら。リュビリーナに対して家臣よりも前に出たフリム。



――――従姉妹として姉として……わたくしはなんの役にも立てていない。



お父様との戦いでもせっかく奇襲をかけることが出来たというのに無様に負けただけ。この王宮内でも護ってあげようにも派閥もあってわたくしが口を出せばフリムの立場が悪くなるかもしれませんし、余計な真似は何も出来ません。


これまで、わたくしはどれだけ罵詈雑言を受けようとも何も言わなかった。言えなかった。言う気もなかった。


政争で家族を殺された人もいるだろう。本気でわたくしを憎んで嫌がらせしてくる人も王宮にはいます。


わたくしは大家ルカリムに生まれた身であって、身分としては問題ないのですけど……現在のルカリム家はライアーム前王兄殿下の筆頭家臣であることもあって陛下と結ばれるのはよろしく思われていない。


わたくしも陛下と夫婦になれる気もないし、なる気もない。


わたくしが陛下と結婚できれば国としては和睦するきっかけになれるかもしれませんが、ライアーム前王兄殿下からすれば筆頭家臣の離反の兆しととられるかもしれません。


しかし僅かな可能性とはいえ陛下を籠絡出来るかもしれませんし、 この立場に据え置くことで王宮の情報が少しは西の地に届くことでしょう。


……もしも戦いとなればわたくしの身はルカリム家に対して人質として有益かもしれないなどの側面もあるのでしょうね。


今は家に帰ろうにもなかなか自由には出来ません。わたくしがお父様のもとに帰るのであれば何かしらの見張りや制限がついてしまいます。完全に帰れないわけではありませんが『陛下の婚約者として護衛が必要』として騎士がついてきてしまう……おそらくわたくしを使って王都の騎士が西の地を調べているのでしょう。レージリア宰相閣下の策略は幾重にも重ねられていて底が知れません。


王宮でのわたくしは『嫌がらせされる立場』で有り続けて、学園にも通っている。来たばかりの頃は寂しかったし嫌がらせに心を痛めたものですが……嫌がらせには政治的な意味以外にも家族を亡くした遣る瀬無い想いをぶつけてくる方もいます。


わたくしもその悲しみを知っています。だからといって嫌がらせはしつこいですがあまりにも酷ければブレーリグスや騎士が杖を抜くことになります。……何人も我が身を省みずに襲いかかってきて…………今では言葉を投げかけてくる以上のことはなくなりました。


わたくしが何を言われようともそれはそれで陛下と結ばれずに済んで都合が良かったし、言わせておけばいいと思っていた。なのに、わたくしの大切なフリムにまで……っ!!


あぁ、フリムの姉として何も出来ない自分が不甲斐ない……。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




最近のお父様は政務よりもこのお屋敷によく通っていると聞いた。


水の家には怪我だけではなく病の人や体調を整えるために人が来ることもある。光の魔法ほどではないにしても療養といえばやはり水の家や薬師の元、もしくは神殿となる。


ルカリムの屋敷よりもこのお屋敷のほうが王都から近いし先に寄ってみた。ここに来るまでに少し時間がかかりすぎてしまいましたし、馬車の車輪が割れかけているから無理に移動すれば野営の危険性もあります。


政務よりも優先して重病人を隔離する屋敷にここのところ入り浸っていると聞きましたし、もしかしたら領内で病の人が出てきたのか、それとも新たな薬の開発がうまく行っているのかもしれません。


試験で一番になれたこともあって帰って顔を見せれば褒めて貰えると思った。最近、この国は政治的に問題もあって争いも多くなってきていますし……お母様が亡くなってからお父様も気落ちしています。


ライアーム様とお父様は仲もいいし、王都で買った土産の銘酒で少しは気を休めてくれると良いのだけど……。



「お父様ー?いらっしゃいませんかー?」



静かなお屋敷。私とお母様が何度も病気をしていたこともあってよく来ていた。病気や薬の研究、静養なんかをするための……なんだか落ち着くお屋敷。


いつもなら侍女や護衛、大人がたくさんいるから落ち着かないけど、ここには人はできるだけ入っちゃいけないことになってる。病気は伝染ることもあるそうだから規則だ。


今はそういう病気の人もいないそうだし、きっとお父様は新薬の開発をしているのだと思う。もしくは新しいお酒作りかな?



このお屋敷には中庭に大きな木があって……昔はお母様と遊んだりもしたなぁ。



ちらりと二階から中庭を見ると、そこに大きな大人が二人……木の根元に足だけが見えた。



「誰でしょう?」



ここにいるということは親族か……怪我人や病人のはず。


お父様かもしれませんね。お父様じゃなくてもお父様の場所を知ってるかもしれません。


……というかもうひとりの足は女性に見えました。…………浮気?!い、いえ、お父様も男!新しい妻が来たとしてもお家のためって教わったばかり!


ま、まさか……このお屋敷に通っているのは女性との密会のため?



……なんだか嫌だな。――――お父様がお母様を忘れるのみたいで。



……………………いえ、まだそうと決まったわけじゃないです!病人がそこで寝ているだけかもしれません!!



降りて見てみると――――衝撃を受けました。戦鎚で頭を潰されたような気分です。


横を向いて寝転んでいるので顔は見えませんがルカリムの家紋入りの服を着た男性。とても広い背中……こんな体格の人間はそうそういませんし、髪の色からしてどう見てもお父様。それよりも、お父様の寝ている向こう、木の根元には女性がいました――――小さな子を抱えて。


精霊に魂を抜かれた気分です。良いのか悪いのか、どうすれば良いのかもわかりません。


もうお母様のことをお父様はどうでもよくて、その人が私の新しいお母様?これからどうなるの?お父様は政務よりも新たなお母様との逢瀬でここにいたのかしら。私のお母様はずっと1人なのに…………。


ぐちゃぐちゃの心のまま、いつの間にか、気がつくとお父様の後ろに立っていました。



「そこ 、誰か るのですか?」


「…………え、あの……はい」



女性の声に、横を向いて寝ていたお父様がこちらを見た。いえ、ヴェルダースお父様じゃない。この方はお父様の弟のオルダース叔父様のはず。


のろのろとこちらに頭を下げる二人。目や肌の血色を見てすぐに分かりました……二人は病気、もしくは毒を受けている。


オルダース叔父様は家族仲がそこまでよくなくて、あまり家には帰ってきません。確か王家の仕事をしていたから……ということはライアーム様とは敵で、きっと負傷してお父様に庇護を求めてきたのでしょう。


頭を下げる必要はないはずですが……争いを考えるに仕方のないことです。


叔父様は喉を指差し、話せないことを教えてくれた。


お父様がここに通う理由も理解した。



「フラー ・レー です。」


「エルストラです。お加減が悪いようなら無理はなさらず……」


「ありが  」



声がかすれて聞き取れない。彼女は声が出せるようだけど、体の自由がきいてないのか叔父様が体を支えている。


ゆっくりと、聞き取りにくくはあるが話を聞く……やはり毒で負傷しここで療養していてお父様に頭を下げて匿ってもらってるそうだ。



「もちろん秘密にします!大丈夫です!だって家族ですから!!」



政争は本当に酷い。テリーオフ殿下が優勢との声も聞いたことがあったけど、いつの間にか皆が騙し合い――――殺し合っています。学園にいる私どものもとにも名だたる方々の訃報が次々入って、大変よろしくありません。


伝統として水の家は多くの家に派遣され、敵対することもあります。だからこうして負傷者の受け入れは当たり前ですが……学園にいる私には王宮の争いの詳細まで届いていませんし、叔父様らには何かしらの危険があるのかもしれません。


ゆっくり、ゆっくりとかすれて聞き取りにくい言葉を聞いて、彼女が叔父様の妻だということが分かりました。


お父様には受け入れてもらって感謝していると頭を下げてきて……お父様が不在なのは少し前にライアーム様のもとに呼ばれて数日留守にするとわかりました。


王都の様子やお父様の様子を話していると――――


「ふぁぁ」


「あら ら」



子供が小さく声を上げました。覗き込んでみるとうちの人間とはっきりと分かる髪の色の子。



「この子は?」


「わた ども の 子でこほっ、フレー スでゴホッ」


「ゆっくりで!無理はしないでくださいませ!」



二人がかりで小さな子を抱き上げると、子供はすぐに動きを止めた。伸びをして……また寝た?


もう話せるのかな?何を食べるのかな?とても小さくて、なんだか目が離せません。



「抱い みま か?」


「良いんですか?」


「もち ん」


「――――……ふわっ」



思っていたほど軽くはない。丸まって寝ていた時は猫ほどの大きさかと思ったが思ったよりは大きくて重みを感じる。

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