第260話 夜会 に 殴り込み
「例の噂、聞きまして?」
「もちろんです。今日の夜会にはリヴァイアス侯爵が出席するのだとか」
「どのようなお方なのでしょう。私まだ御挨拶の順番も回ってきていなくて」
いつもの夜会……そのはずでした。
ただ今日はこの噂からいつもよりも多くの貴族が出席しています。既婚で催しとは関係のない貴族まで来席していますが……より「リヴァイアス侯爵が来席する」という噂に信憑性が出てきました。
しかしリヴァイアス侯がどのような方……ですか。
「そうですね……噂も多くありますからご自身の目で判断されるのがよろしいかと、ただ…………」
「ただ?」
「幼いのは正しかったです」
彼女には多くの噂がありますが……その中には「そもそも人間ではない」とか「獣人である」なんてものもある。酷いものでは「美女を侍らかせる鳥人の巨漢」というものまでありました。
しかし、噂は噂……会ってみると年若いどころか幼い女性であったのは確か。
「なるほど、老婆や娼婦といった噂もありますものね」
「おやめなさいな。私はまだ挨拶しかしていませんし人となりはわかりませんが敵には容赦がないとも聞きます。大精霊を身に宿す彼女に不敬があっては事ですわよ」
大家の長、それも歴代最強と名高いのルカリム侯爵を圧倒的不利な状況から打破した実力を持っています。それに大精霊と共にある彼女は精霊教からの支持もあるはずです。政治的に敵も多くいますがそれはもはや精霊教を敵に回すことに等しい。
それでもあまりにも絶大な利権に広大な領地……国すらも持つのが『幼い子供』とあっては…………その領地も利権も持たない中央の貴族にとっては―――――奪いたくもなるのでしょう。
彼女は「陽光のように温かみのある人物」という評価もありますが「敵には慈悲もなく冷徹」という評価もあります。
侯爵への軽口が誰かに聞かれれば彼女らの立場が危ぶまれることとなるでしょう。私の風で会話は散らしていますが……それでも聞かれていないとも限りません。
「気をつけます」
「貴女はどう見ます?」
「フレーミス様は我々辺境貴族希望の精霊ですよ!オベイロス極東の領主ですし!我々にも慈悲深く対応していただけました!中央の!賄賂ばかり要求する!ゴ ミ 貴 族と違ってシャルトル陛下を支えるに値する素晴らしい人物です!!」
注意したばかりだというのに興奮して大きな声を出した令嬢を見て苦笑してしまいます。
辺境の貴族であれば中央の貴族との関わり方を知りません。いえ、賄賂ありきでことを進めようとすることが悪いのですが……こうも大きな声で言ってしまうほどに鬱憤が溜まっていたのでしょう。
「貴女はフレーミス様に傾倒してるようね」
「はいっ!」
無理もない。
中央の令嬢は挨拶の品を渡しても文句を言うばかり。身分の低い貴族など約束も取り付けてもらえないのにやっとの思いで会えても「礼に来るのが遅い」だのと言われますし、面会出来たとしても「礼が足りない」と頭を押さえつけられる者もいたそうです。
なのに侯爵は陛下の相談役やリヴァイアスと最近オベイロスに加わった海の外の領地の政治など、莫大な仕事をこなしながらも会っていただける。
それも「作りすぎた」とか「試作品だから」「焼きすぎてしまって」などと理由をつけて王都の誰もが羨むフレーミス様のお茶と菓子までいただけました。
あまり仲良く出来る立場ではない我が家では関わりにくいですが……素直に心酔できる人が羨ましく感じてしまいます。
――――……しかし夜会にはどのような立場で来られるのでしょうか。
陛下の筆頭婚約者の方々もおられますし、そのうちポヨ様には明らかに狙われています。
リヴァイアス侯爵がこの夜会で挨拶をしに行くのか、それとも挨拶をされるのか――――この夜会で婚約者候補の格付けが、いえ、国の行く末が決まるのかもしれません。
筆頭婚約者の方々の取り巻きもいつもよりも装いも華美にされていますし……気が立っているようにも感じます。
「来られましたわ!」
「わ、わたくしこのような格好でよろしかったかしら!?か、髪はまとまってますわよね?!」
「落ち着きなさいな」
会場入りするのに名前を呼ばれることもない気軽なはずの夜会。しかし、なにか起こるかもしれなくて……どこか緊張感があります。
彼女の護衛である竜人の方は身長もあって、遠くでもよく目立ちますね。
「まぁ……」
「ふん、趣味が悪いな」
「素晴らしいです!」
リヴァイアス侯爵も、侯爵の取り巻きの方々も息を忘れてしまいそうなほど美しい装い。
一歩一歩と会場の中央に向かっていくその姿は何人にも止められぬ精霊の一団であるかのよう。
「んぐっ!?」
「けしからんな」
「どこの裁縫師の作でしょうか?」
「美しい」
彼女らはこれまでにない美しいドレスで、国宝のような装飾を惜しみなく身に纏い、堂々としてやってきた。杖を抜くかもしれないほどいきり立っていた筆頭婚約者の取り巻きの方々も、道を譲ったほどです。
…………あの海の玉宝なんて一つで家宝として保管されるような代物なのにそれをあんなにもたくさん……。
堂々と現れたリヴァイアス侯爵に見覚えのある側近の方々もいます。……いえ、少し多い?見かけない方もいる?
「ごきげんよう。彼女はクーリディアスのイリーアン姫です。私の側近としてここに挨拶をいたします」
クーリディアス、新たにリヴァイアス領となった海の国。
彼女であれば陛下の婚約者候補として釣り合うでしょう。それでは……リヴァイアス侯爵はオベイロス陛下に彼女の身を差し出すということでしょうか?リヴァイアスはオベイロスに敵意も害意もないとする忠義の証という見方もできますが…………クーリディアスのために縁をつなぐための橋渡しかしら?
「それと彼女らは新たに我が家で働くことになりました。何者であっても手出ししないように。――――では失礼」
「「えっ」」
思わず口から漏れてしまいました。何処か別の方も同じように声が出てしまっています。
彼女は数人の令嬢を前に出して挨拶をし、そのまま踵を返して夜会を後にしてしまった。
待ち受けていた婚約者筆頭の方々に挨拶もしないで。
何が起きたのか、よくわからない。これは「筆頭婚約者の方々に挨拶をする必要もない」ということなのかしら?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
部屋に来たのは令嬢たちだった。
王宮でも各部屋に掛け時計があるわけではない。日に数回の鐘の音で時間を知ることもあって時間の感覚はかなり雑だ。
次の鐘の後から面接の予定があったがその前に彼女らが来た。門番の人たちも「面接の予定があるから通すよう」に伝えていたから普通に通してしまった。早く来るのは想定外だった。
やってきた彼女らは家からの命令でこのお見合い大会に来る前から結婚相手が決まっていて……それが離婚歴21回、49歳のひひ親父の中央貴族が相手だった。
ひひ親父は離婚して未婚だからとこのお見合い大会に参加し……中央貴族としての権力を大いに使って令嬢複数人を無理やり手籠めにしようとしているらしい。しかも30も下の令嬢たちを複数。
――――……彼女らにとって地獄のような話である。このお見合いはオベイロスの未来のためなのに、そんな外道もいるのか。家のためだからと実家からも命令されれば逆らうのは難しい。
彼女たちは望まぬ結婚をするぐらいならとうちで働きたいと願い出てきた。私に挨拶に来て、うちの派閥に来て働くから助けてくれと願い出てきた。
…………寛容なことをした覚えはないのだが。
うちに来たいという師弟や令嬢はいるが理由を聞いてみた。そもそも亜人を側近として扱うことはオベイロス中央では珍しいのに他の純粋な人間と同じく普通に働いている。それに他の令嬢には挨拶に行くだけでボロクソに貶されていたり力ずくで頭を下げさせられたり、挨拶の品を目の前で壊されて「ゴミは持ち帰るように」なんて言われることもあったそうな…………それなのに忙しい中でもあってくれて、素晴らしいお菓子やお茶までもらえたと。
おかしいな。私も悪役令嬢としてそっけない態度だったはずなんだけど、比較対象がそこまで悪かったとは…………お茶とかお菓子も「最低限の対応」だと思っていたのに……いや、他ではおもてなしどころか苦汁をなめてたのなら寛容にも見えるか。
更に侯爵として任命可能な爵位もまだ残っているはずだし、それはとてつもなく魅力的である。私への評価としても精霊一柱と一緒にいるだけでも尊敬に値するのに、そんな精霊がたくさん身近にいることもあって頼れそうなのもポイントらしい。
おまけに聞き出した難点として毒を盛られたりなどまだまだ危うそうに見えるが、それは自分たちが近くで役に立てる部分が残っているようにも見える。賄賂などは好まないそうだし、侯爵のもとで働けるのであれば実家も納得するのではないか?なんて計算もあったそうだ。
「お願いします!」
「何でもやります!!」
「あんな好色貴族に嫁ぎたくないんです!」
相手は私も聞いたこともある有名なクズ貴族で、結婚しては少しして離婚する。離婚は「自分の魔力と相性が良くない」なんて理由だが明らかに別の問題だろう。
何度か処罰しようという案もシャルルにはあったそうだが大臣たちへのごますりもうまく、結婚と離婚は相手の家とは納得ずくであって……国としてはなんの問題もないため王として動くことも難しい。
身分を使って遊んでいる女の敵のような貴族は去勢すべきではないだろうか?
庇護するとして彼女らの実家との関係はどうすれば良いのだろうか?どうやって彼女らに手出ししないよう伝えるべきか?まずはその貴族を――――……おかしいな、すでに助ける前提で考えてしまっている。
彼女らを受け入れるということは敵を作る行為だ。
だけど、理不尽な目に遭うとわかっている若い子が私に庇護を求めてくる。今の私には力もあるし、彼女らもいずれ私の力になってくれるだろうから先行投資として考え……いや、違うな。見捨てられない。私の倫理観が助けるべきと言っている。
「すぅー、はー」
「フレーミス様、いかがしましょう?」
エール先生は厄介事には関わってほしくなさそうだ。
「彼女らは別室で待機してもらってください。まずは情報を―――」
「わ、僅かではありますが私どもの持てるだけの財です。リヴァイアス侯爵閣下が金子のやり取りを嫌う清流のようなお方とはお聞きしておりますが私どもの精一杯です。お受け取りいただけませんか?」
彼女らの代表者が悲壮な顔で布袋に何かを差し出してきた。
きっと、布袋の中身はお金や宝石などの価値のあるものだろう。
「……これを受け取ったほうが貴女方は安心するのでしょう」
「では受け取ってくださいませ!リヴァイアス侯爵閣下にとって些末なものかもしれませんが私どもの――」
手で制して言葉を止めた。
「これは受け取りません」
「そんなっ」
「これを受け取れば『リヴァイアス侯爵は金で動くと思われかねないから』です。それに貴女方の誠意はリヴァイアス侯爵である私に伝わりました。――――ですので安心して待っていてください」
そして私は情報を整理後、夜会に突撃した。
クソ貴族は私の敵になるほどの相手ではないとちゃんとエール先生のお墨付きも出たし、彼女たちの家も調べて大丈夫とわかったうえでだ。
代表だったマーニーリアさんなんて国一の美女と名高く、シャルルの婚約者となりうる候補の1人でもあった。彼女の家は西と王都の間に領地があって、特に岩塩を西から王都に売るのに仲介として使われていたのだが……リヴァイアスとクーリディアスの戦争の噂が広まった際に一時期岩塩は高騰した。
彼女の家はシャルルとライアームの中間で細々と商売していたはずだったのだが当主が商機と見て高値となった岩塩を借金をしてまで買付したのに戦争は長引くことなく集結。戦争の続報よりも早くリヴァイアスの海塩が大量に王都に入ったことで賭けの結果は大失敗。結果……クソ貴族に金で嫁がされる寸前であった。
微妙にうちが関わってる気がしないでもない。自分は悪くないはずだが……なぜだか複雑な気分である。
彼女らの実家の都合も考えたが、その貴族は手に入らない女には興味を失うようで女性が逃げても実家に危害を加えた例もないらしい。
彼女らを庇護下に置くことをその貴族のいる夜会で宣言し、その場を去った。
参加している筆頭婚約者さんたちへの挨拶をどうするかというのも考えたが……無視することで「軽視した」とか「眼中にない」と捉えられるだろう。それはそれで私は高慢な令嬢のようにも見えるはずだし、夜会に参加した筆頭婚約者がどうするかを観察できるはず。そろそろヘイトも溜まってきているんじゃないかな。
しかし……これは起こるとわかっていた問題のはず、聞けば令嬢だけではなく令息でも同じようなことが起きているそうな。
せめて当人が納得できるのであればこちらも口は挟めないが……貴族の結婚って嫌だなぁ。
――――……シャルルに文句を言ってこよう。国や家の幸せのために誰かが犠牲になるようなやり方はいつか何処かで恨みや軋轢を生みかねない。
無理かもしれないがそれでも話し合うことでどうにか出来ることもあるかもしれない。
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