第256話 シャルル の 様子


「少しよろしくて」


「良くないです。忙しいので」



シャルルに簿記を教えに行こうとしていたのだが知らない令嬢に絡まれた。


私が移動するだけでも注目を集めている。


明らかに見下したり悪意を持つ人はここにはたくさんいる。この宮殿に来てすぐは絡んでくるようなことはなかったが……時間が経つにつれて少しずつ絡まれたり嫌がらせも増えてきた。



「あら?ポヨ様への挨拶以上にしなくてはいけないことかしら?」


「はい。シャルルの相談がありますので……」


「シャルっ!!?オベイロス陛下の……なるほど、それではそちらを優先するべきですわね」



最初は本当に些細だった。


通路で談笑し、私の移動に気付いていないことを装って移動の邪魔をする。でも声をかければ退いてもらえる……その程度の嫌がらせである。流石に視線と回数で嫌がらせと気がついたがわかりにくいものだった。


この王宮と後宮での生活。他の令嬢も『オベイロス王シャルトルの婚約者になれるかもしれない』というのはあまりにもビッグチャンスである。……また、令息からすれば『婚約者候補である大貴族の嫁をもらえるかもしれない』わけだ。――――私を含めて。


自国の最高権力者との婚姻のチャンスがあるのだから焦りもするだろう。まだ令嬢たちの前に姿を見せないシャルルは他国の姫君やライアーム殿下の娘さんが到着してから交流する予定となっている。


絵に描いた餅だったはずがショーケースに入れられているようなものだろうか。令嬢たちは既に情報収集を活発にしている。まぁシャルル狙いじゃない人は有力な相手から品定めしていたりもする。



結婚は一生のものだし、家のためや自分のために皆本気だ。



現実的に相手を探すのではなく、本気でシャルルを狙うような夢を見ているような令嬢にとっては私は邪魔な存在だろう。家柄の良い最上位の婚約者候補の数人のお茶会にほんの少しだけしかシャルルは顔を出していないのに私だけが執務室に通っている。


最上位の婚約者候補の方々は政敵であるエルストラさん以外は『大臣の娘』のような貴族でも逆らえない存在である。それに比べて私はまだ新興だからか、彼女らよりまだ下に見られている気もする。


言いくるめられそうな幼女だからかもしれないが……視線や嫌がらせが段々と強くなってきた。人によっては既に殺意が見て取れる。血筋もよく、魔力も多い令嬢子息がいるからか魔力の高まりでほんの僅かだが光る子もいてとてもわかりやすい。


内心ではフリムちゃんは慌ててはいるが口ではそっけなく、顔は微笑んで返すだけ。バイト時代に身につけた営業スマイルは伊達じゃないのだよ!


しかし、私への嫌がらせが微妙な感じがする。


文官が私が通る道で書類をぶちまけられる。通る庭園で私に聞こえる悪口を話す。私への手紙を何処かでせき止める。


……書類が多くてぶちまけられるのはいつものことだし、私への悪口なんてあって当然。手紙に至っては来なければ知らなくて済む分仕方ないで済ませられる上に特別な書類はジュリオン経由で届くから問題ない。むしろ見張ってる人もいるから「誰が悪さをしているのか」の証拠が揃う分、泳がせておいたほうが都合が良い。


なぜだか男装の女性が隠れてこちらを高圧的に睨みつけてくるがそれ以上何もしてこないしそれも慣れた。嫌がらせは気分の良いものではないがまだこの程度ならと思わなくもない。


実行するのは命令されれば逆らえない身分の人間が多い。悪意を持った人間が悪意を持って自らやってくるならまだいいがとかげの尻尾切りを考えているのか誰かにやらせてるのは腹立たしい。



「というわけでシャルル。まず何をすればいいと思いますか?」


「何がというわけでなのかはわからないが……令嬢たちのことだな?」


「はい」



簿記について教えながら少し聞いてみた。


他の子息・令嬢たちは空いた時間に庭園なんかで交流をしている。私の場合は個別の挨拶を受けるのと侯爵としてのお仕事、シャルルに簿記と製作についての相談を受けているし他にもたくさん仕事があって余裕はほとんどない。それに何をするにしても私の前世の知識を持ってして『後宮での活動方針&優先順位の把握』なんてわかるはずがない。


しかし、流石にもう少しなにかに参加しないとシャルルの婚約者候補の中でも有望な……特に有望な方々を見極めることが出来ない。


これまで彼女らとの婚約も結婚も決まってなかったのだからシャルル的には何かしらの問題があるはず……きっとこれははやるべき仕事のはずだ。



「茶会に招待するなり……いや、イリーアン王子を待つべきだろうな」


「ではまず何から?」


「叔母上には挨拶したんだったな……女同士の諍いは全くわからんのだが…………叩き潰してほし――――――いや、なんでもない。叔母上に聞くと良い」


「今なにか」


「言ってない」



物騒なことを言ったように思う。


シャルルの気持ちも少しは分かるのでシャルルの仕事を見ながら簿記について少し教える。シャルルの仕事は立法だけではない。国の人間をどこにどう動かすのか、直接の指示をしないといけない。


国に上がってくる大量の問題だがどこに賊が現れたとか、どこに魔獣が増えてきたとか、税収に爵位継承、外国とのやり取り、国境の様子、精霊の暴走、貴族の諍い、商人から買い上げる食品や騎獣の価格……ものすごく多い。


報告を受けるだけでも何時間もかかる。


一つ一つの問題に方針を考え、大臣や騎士団、宮廷にいる人間に仕事を回す。仕事が終わればそれらの報告も上がってくる。


ある程度は大臣や騎士団長、ローガ将軍などの役職者にその仕事を任せるがそれでも彼らには出来ない方針のお伺いはやはりシャルルのもとにやってくる。


そして報告は常に正しいかわからない。


シャルルはたまに変装して宮廷内をうろつくことがある。そもそもの報告が虚偽の可能性もあるから報告を鵜呑みにしないように調査しているそうだ。


変装のパターンはいくつかあるが基本的に中級や下級貴族のものである。


初めて私を見に来たときは下働きの服がよくわからずなんとなくこんなものだろうと変装したそうな。圧倒的なまでに不審だったのはよく覚えている。


よく私を見つけたものだと思ったが、なんとなく魔力を感じ取ったりは王家の人間ならできるそうだ。だから気になったのだとか……。


もっと正攻法で護衛を付けて査察しろよとかも思うがそれをしようとしたら誰かが情報を伝えるそうだ。それも風の魔法であっという間に……女性恐怖症もあるだろうけど、これだけ忙しければ結婚もできないか。


私も私なりに前世の政策とその効果を教えたりしてみる。專門ではないがそれなりに知識はあるし、こういう事もあったというエピソードを教えるとシャルルは興味深そうにする。


「覚えたくても覚えきれない簿記」と「向かい合いたくない自国の問題」ばかりではシャルルが潰れないか心配だし、シャルルもシャルルで異世界の話を楽しそうに聞いている。



「この間言っていたどらいふるーつというのはどんなものだ?俺にはこう、果物を薄く切っても置いておいても悪くなるしか考えられんのだが……」


「えーと、水分を抜いて乾燥させることで日持ちするのですが処理の方法はよくわからないです。弱い風を当て続けるんだったかな」


「なるほど。食料の保管方法や保存方法はあればあるほど良いと前に話していたが本当にそうだな」



この国は果物が豊富だが、被災地でも必ずしもそうとは限らないし食料の保存技術は開発推進しておくべきだ。


どんな技術でも軍事転用可能だともわかっているし思うところがないわけではないが……人を救う技術でもある。


国の報告書の中にはリヴァイアスで作っているミネラルブロックを実験で騎獣や家畜に与えているが「元気になりすぎて困ってる」ともある。それだって軍事にも関係するが被災地に移動するための手段ともなるのだからきっと同じ。誰かを救える技術のはずだ。


しかし、果物の長期保存か……。塩漬けや砂糖漬けの他になにかあったような気がする。あ、そうだ。蜜漬けだな。


外国のお土産ではちみつに果物をそのまま漬け込む保存方法があった。そうすることで果物を美しく、それなりに長期間保存できる……ような?うむ、これもやってもらおう。



「まぁなんだ?この世はなるようにしかならん」


「はい?」



なにかシャルルが言い始めた。


少し考え込んでしまっただけなのだが――――


「精霊や貴族、上位種、民、迷宮……自然のあらゆるものはこの世にあって関わってくる。一度眠れば寝ているうちに世界が変わってるかもしれん」


「…………」


「矮小な人間にはできることをするしか無い。――――父の言葉だ」



そんなに深くシャルルの婚儀のことを考えてこんでいたわけではない。果物のことを考えていただけなのだが。

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