第242話 劣勢っ!!


伯父上は私と似たような立場だった。


……だけど伯父上は私よりももっと多くのものを見ていて、その上で判断をしている。それほどにライアーム前王兄殿下は優秀な人物なのだろうか?


ただの悪人、ただの私欲ではない。


それがわかっただけでも良い。その上で、私のやるべきことは変わらない。




「――――……<水よ。開闢の大精霊ルカリムよ。おいでませ>」

「――――……<水よ。リヴァイアスよ!オルカスよ!名前も知らない精霊たちよ!力を貸して!!>」




ルカリムが現れるが、その姿は水の体で……どう見ても人型だ。


人型の精霊は確実に大精霊であると習った。美麗なドレスの女性出てきた。1メートルほどの大きさから徐々にり大きくなって……5メートルほどになった。あまりにもその美しさには目を引かれてしまう。


精霊たちは少し浮かび上がって相対した。


知っていたことだが、知ってはいたが――――――そこにいるだけで、これほどの存在感があるのか。



「これほどか」



私の内心を映し出したかのような伯父上の声が聞こえて、私の前にオルカスが出てくれて……なんとか呼吸を思い出した。


相手はルカリム一柱だけだがこちらにはリヴァイアスもオルカスも……普段髪のあたりにいたりいなかったりする水の精霊たちも出てきてくれている。


私と伯父上の頭上でルカリムとリヴァイアスたちは向かい合っている。


伯父上からしても一人に一柱でも縁を得ることの難しい精霊がここまでいるのは計算外なのだろう。



「しかし、ルカリムは元は王家の大精霊、その意味がわかるか?」


「しりま……せんっ!」


「<クァーン!>」


「オルカスだとっ!?」



水刃の魔法が伯父上からいくつも飛んできて魔導鎧の持つ剣でかろうじて打ち払う。残りはオルカスが前に出て打ち払ってくれた。なぜだかどんどん体の力が抜けていく。


刀を振った延長線上に飛んでくる水刃、切った空間に水が一気に発生する爆破もおまけで付いてくる。


ルカリムを見て魂が抜けたように全ての魔法のコントロールを解いてしまった。氷結ドラゴンハンマーで準備していたのに全て地面や修練場の壁に落としてしまった。


魔導鎧が倒れなかっただけ良しとしよう。



「かつては全ての精霊を束ねた水の大精霊。他の水の精霊など相手にもならんよ」


「な、なんで?」


「……大家ともなれば王族の血を引くものもいる。極稀にかつての精霊と契約できることもある……わかるか?国を守護する大家が尊ばれる意味が、その地方の王として君臨することを許されている意味が」



精霊にはある程度の階級のようなものがある。最上位が王家としか契約しない人型の大精霊。次が土着の……その地域を支配するような大精霊、残りが普通の精霊となる。


リヴァイアスと他の精霊はルカリムと睨み合っている。


目の前の伯父上に警戒しないといけないはずなのに何故かルカリムを目で追ってしまって、力が抜けていく。目が離せず、意識が持っていかれる。



「この国は歪んでいる。精霊が居て成り立っているが、それでも人の営みを外れた精霊がこうやって身近にいるからこそ歪む。王位継承権を精霊が決めるのは良いがなぜ争うと思う?災害も多いからこそ力持つ貴族は生き残ろうと賄賂や暗躍は当たり前、自身が支持した王でなければ良い席につけぬからと命がけで争う。狂っているよ。シャルトル王陛下が一度――――」


「<クァーン!>」


「話してる最中だぞ!糞、厄介なっ!!?」



突っ立っているだけの私に語りかけてくる伯父上だが私の前に居たオルカスが空気を読まずに分身し突進した。


噛みつき、尾ひれ、それに水を出して伯父上と戦っている。伯父上も負けじと水刃で対抗している。



「<クァッ>」


「あっ、ありがとうございます」



鎧の中に別のオルカスが入ってきて頬ずりしてきた。


だめだ。ルカリムの姿が目に入るとそれだけでどうしても体が痺れるように、いや、優しく睡眠前のようにまどろんで……動けなくなってしまう。



向かい合うルカリムとリヴァイアス。


リヴァイアスの横にもオルカスはいる。オルカスは分身が得意なのか群となってこちらにも現れている。



「<ルカリムよ!眷属が願う!儂の身に剛力を!前に進み!眷属を導ける剛力を!!>」


「<クァ!?>」



いつの間にかボロボロの服の伯父上。距離を取って服を自分で剥ぎ取って腰を落とし、両腕を大きく広げた。


素肌に青い線が現れ、髪と髭、それに全身に現れた紋様が光って見えて……増えたオルカスをたった一人で切り、殴り……蹴散らしているようだ。それが視界に入っているのに、どうしてもルカリムから目を離せない。



私が前に出て戦わないといけないのに。



オルカスを助けないといけないのに。



見ていてはいけないとわかっているのに。



鬼神の如き伯父上が増えるオルカスを蹴散らして迫ってきているのに。



こちらを見ているルカリムからどうしても目を逸らせず、動けない。




「儂の護りたいもののために!フリムッ!貴様は平伏するが良い!!」



――――――……



「「「「「 < キ ュ ア ッ ! ! >」」」」」



「ぐぁっ!!?」


「はっ!はぁっはぁっはぁっ!!」



空中でこちらを見つめるルカリムに対して巨大なリヴァイアスが突進し、視線がリヴァイアスで外れてなんとか伯父上に対応できた。リヴァイアスの大きすぎる声が響いて耳が痛い。


気がつけば魔導鎧の首に伯父上の一撃が入っていた。


刀が直接首に入っていて、焦りと急なコントロールの復活から力加減もわからずに人形を落とした時のように無茶苦茶な動きを魔導鎧にさせてしまって伯父上も巻き込んで諸共に地面に叩きつけられた。


いきなり斜めにバク転するように飛び跳ねたものだから巻き込まれた伯父上も少なからずダメージを受けたように思う。



少し頬を噛んで、気合を入れ直す。



これは、あれだ。エロ本についてユース老先生と話題が出た時に教わった現象だ。


結局、リヴァイアス領地の宝物庫の奥の立入禁止スペースにあるエロ本は調べに行けなかった。


往復するぐらいの時間はあった。しかし、移動に何日もかけて本を調べに行って鍵を一個ずつ合わせて、本棚の本を全部読んで――――自分の力にするなんて時間が足りなすぎる。


だから教わった。この国随一の『大賢者』ユース老先生に……領域での戦いに、特定条件での高度な戦闘方法、駆け引きなど。


学ぶ方法は本だけではない。前世でもパソコンやスマホ、家庭教師に学校の教師に教わるなど様々な手段があった。参考書一つとってもだっていろんな出版社から出ていた。


家の秘伝のようなものにも素晴らしい知識はあったのかもしれないが……無いかもしれない。様々な選択肢が考えられる中で目の前に教われる機会があったのだからそちらを選んだのだ。


その中に『上位存在と遭遇した場合に魔力を自分の中に保って気合と根性をいれないといけない』という教えがあった。


正直何をいってるかわからなかったが……習った事例では多くの場合が動けなくなるそうで、対処法はほとんど無い。極稀なケースだが強い精霊を含む戦いではそういうことが起きることもあるそうだ。


クーリディアス王が出した悪魔の腕もおそらくそういうものだ。


しかし、特殊な場合であって……滅多にあるものではないという話もあって、あまり考えていなかったが――――こういう感覚なのか。気合も根性も入れて抗おうとしてもこれなのだからとてつもないな。



改めてルカリムを見ても――――……もう大丈夫、いや、若干よろしくは無いがそれでも動ける。


立ち上がって向かってきた伯父上に向かって魔導鎧内部のバネの力も借りて鋭い膝蹴りを入れる。


胸で受けられ、ドシンと重く鈍い音がした……普通の人間ならこれで絶対に終わるはず。なのに――――


「<ぬぅぅん!!>」


「そんなっ?!あぶっ!!?」



数百キロ、いや、トンはあるかもしれない鎧が投げられた。


当然中にいる私には衝撃が伝わる。しかもオルカスが伯父上を狙って出した水のビームが魔導鎧に直撃して激しくふっとばされた。



「ぐぅぅ!!?」



頭上のリヴァイアスもルカリムに噛みつこうとしているようだが、圧倒的体格差があるというのにルカリムのビンタで観客の居なくなった客席に叩き落とされた。


地面が揺れ、轟音が鳴り響く。……これがルカリム。これが伯父上。



転がって大きく寝転んでいる自分にむかって追撃で刀を振るおうとしている伯父上。魔導鎧の剣はどこかに飛んでいってしまった。刀の軌道上に拳を当てて殴り飛ばそうとしたのだが伯父上と力が拮抗した。



「良い、魔導具、だのっ!」



離れ際にまた首筋を切られた。


自分の体を動かす伯父上と鎧を操作している自分では反応速度が違う。


斬撃とともに超至近距離で爆発が起きて破砕音が聞こえた。操作席も跳ねて腰が痛い。首の鉄板か鱗が少し弾けたようだ



「ふぅ……そろそろ降参せんか?」


「……伯父上こそ」



立ち上がって鎧と一体化して背中に隠している武装からバールと金槌を取り出して装備する。本来は関節が破れたり噛み込んで動けなくなったときに使うメンテナンス用の装備。だが、見慣れない道具に伯父上は警戒したようだ。


頭上では怪獣大決戦のように、ルカリムとリヴァイアスたちが精霊同士で戦っている。リヴァイアスの角から発射された謎ビームでルカリムの腰と修練場の一部が大きくえぐり取られている。



ここまででよくないか?



そんな疑念が自分の胸から出てきてしまう。


ここまで力を見せつけることが出来たのだから、もう侮られることもないはず。王都の人間にも私が本家ルカリムに対して敵対していると伝わったはず。ライアーム側も取り込もうとは考えない……かも?


伯父上を観察すると、伯父上だって死んでいてもおかしくないほどの怪我をしているはずなのに傷一つ無い。



「ルカリムと共にある儂の身はそう簡単に傷つかんよ」


「なら、もう少し強くしても良さそうですね。こちらもまだまだ隠し装備もありますし」



私の疑念を読み取ったかのような伯父上。



「ならばさっさと使うが良い。その上でそれら全ての企みを潰し、誰もが儂のローブに入ったほうが安心できると証明してくれよう」


「全部使うことなく、伯父上に負けを認めさせましょう」


「ぬかすの!やれるものならやってみるが良い!!!」



挑発もあって伯父上が動いた。過冷却水を直にかける。ローガ将軍にも有効だった魔法だが……ただそれは当たったと思ったがその場に伯父上はいなくなっていた。


背筋が凍る。相手はこの鎧を傷つけられるだけの攻撃力を有しているのに、その相手を見失った。



として伯父上の居た方向に両腕使って顔面をガードし、後ろに下がってあたりを見渡す。



「居ない、何処に」



水をとにかく出して、視界よりも領域に集中する。


闇の魔法であれば姿が見えないこともあるかもしれないがここは薄暗くはない。


伯父上の周囲には伯父上の領域がある。位置が特定でき――――


「ぬぅぅんっ!!!その首ぃっ!もらったァァっ!!!!!」



左後ろに、巨体の影にピッタリと張り付いていた伯父上。



……三度目の斬撃で魔導鎧の首が跳ね飛ばされた。

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