第211話 タナナっ!!
シャルルとの話が終わって、また日常に戻った。
簿記や戸籍に経理システムになど、できるかどうかはともかく参考になるかもしれないと定期的に教えに行くこととなった。そもそもこれまでになかったものをいきなり取り入れるのは出来ないだろう。書類での「今日調子どう?」「一杯飲みに行こうか」と言った内容ですら昔からの慣習であって無くすのは難しいそうだ。
配置転換や内部告発システム、相互の監視などの不正防止策は宰相たちと相談するらしい。
いきなり何でも変えるのは難しいだろうな……。
「ロールアイスの評判はどうでしたか?」
「とても、良かったです」
部屋に帰ってこなかったエール先生に話を聞いてみた。
私の顔を直視せず、少しうつむいている。
「聞いてましたか?」
「……はい」
当然だ。結構な時間が経っていたし、戻ってこないほうが不思議だった。
もしくは近くにいて、風の魔法を使っているのだろうとは考えていたが……。
「エール先生を騙す気はなかったんです。でも、どうしても言い出しにくくて」
「はい」
「私のことが気持ち悪かったら、シャルルのところに戻りますか?ジュリオンも――」
「私は、フレーミス様への忠誠を誓ってます。どこまででもついていきますよ。そこの小娘は知りませんが」
ジュリオンはフフンと言った表情でエール先生を見た。マウントを取るんじゃありません。
エール先生の顔は、とても辛そうだ。
「私は……少し考えさせて下さい」
「はい。どうするにしろ、一度は顔を見せに来て下さいね」
ショックだが、それも仕方ないか……。
――――エール先生は、シャルルのもとに戻った。
シャルルとは面と向かって話したが、エール先生には私達の会話が筒抜けになっていただけで……一方的なものであった。
エール先生はロールアイスを作りに行った後、戻ってこようとしたそうだがシャルルが開けないとあの部屋には入れないとかの防犯システムがあったらしく、隣の部屋で風の魔法を使いつつ事務作業をしていたそうだ。ジュリオンが扉の前にずっといて教えてくれた。
まぁ、誰に、どんな人についていきたいと思うかはその人の自由だ。
少し胸に穴があいた気がするが……止まってはいられない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あ”ぁ”……」
「フリム様、どうかした?」
「様はいらないですよミリー……、いや、楽ならそれでも良いですが」
「じゃあフリム!……様。やっぱりつけさせて!」
「わかりました。勉学はどうですか?」
「モーモスが教えてくれてなんとか出来てるよ」
ミリーの明るさと優しさで溶けてしまいそうだ。
朝起きればいつもいたエール先生がいない。服を着替えるのにも、髪をすいてもらうのにも、口元を拭いてもらうにも。エール先生がいない。…………あれ?なんか私エール先生がいないとダメ人間になってないだろうか?
エール先生作の私の人形もなくて、エール先生もいなくて……胸にぽかんと穴が空いたようだ。
思えば、秘密を除いて、エール先生には依存して、甘えきっていたように思う。
「あ”ぁ”ぁ”…………」
「大変そうだね。そう言えばリーズたちのことは聞いた?」
「……そう言えば、2人のことはまだみていませんね」
「あの2人は『学園なんて優雅に過ごすものです』なんて言ってたのにモーモスが一気に進学したから焦って勉強漬けみたい。モーモスも煽るようなことをいうから……あ、でもフリム様のお土産は受け取って喜んでたよ!」
「そう、ですか」
リーズは土の名家、テルギシアは火の名家の出身だ。進学を急ぐ必要はなかったはずだが、モーモスの躍進になにか思うところがあったのかもしれない。
他の生徒達も私の元で将来働きたいという意思のもと、単位を取りまくってるらしい。
私もさっさと卒業してしまいたい。おいていかれてる感が半端ない。
とは言え……歴史の内容が頭に入るわけでもないのだが。いや、結構勉強が進むとわかってきた。家名や地名は仕事をしていくと自然と頭に入ってきていたようで。これまでの「全然わかんない!」ではなく何となくでも「あの辺りだったか?」と推察ができるようになってきている。
試験まで、頑張ろう。
インフー先生とユース老先生にも挨拶してお土産を渡した。トーテムヘッドではなく、リヴァイアス産の青い謎の石だ。
エール先生のいない代わりにマーキアーがついてくれているのだが……事務仕事が分からずに困っている。キエットの孫のバグバル・マークデンバイヤーとキエットの曾孫であるナーシュ・マークデンバイヤー先輩、それと氷の騎士ヒョーカ・カジャールに手伝ってもらう。
キエットは高齢だし、近くで手伝ってもらうには移動も多いし心配になる。家をまとめるのに多大な貢献をしてくれているのにこれ以上の負担はかけにくい。
バグバルはキエットの補佐をしていたようでキエットの心配をしていたが「儂より当主の心配をせんか!」と歩行用の杖でしばかれてうちに来た。ナーシュも高等学校に行っていて頼りにはなるが、バグバルのように王宮で働いた経験がないからどうしても必要だった。
お茶会の誘いとか、結婚の申込みとか、山程手紙や従者が来て……貴族に慣れてないジュリオンでは対応が出来ない。燃やして追い返すのは駄目だよジュリオン。……エール先生。どうしてるかなぁ。
「あの、お客様です」
「来客の予定はありましたか?」
「いえ、親族だからと言われまして、その……」
「ヤぁフレーミスサま!ハナしたいコとがアってきたンダ!」
相変わらず、不思議なイントネーションの人ガニューラ・メーディース・タナナだ。
一応タナナの親族、つまり父親、オルダース・タナナ・ルカリムの血縁のある方らしいが、何の用だろうか?
「サきブレなシなのワ、キみがネラわれてイルかラサ!……スコし、ハナし。イイかナ?」
「……どうぞ、ガニューラさん」
「アりガトウ。イやー、オナじカめいのキみがヒドいメに……ゴフッ。ゴホッ、シツレイ」
狙われているというのはどういうことだろうか?親族だからと警戒心がないわけじゃない。むしろこの人こそ私を狙ってくる可能性がある。
懐から何かを取り出してガリガリと噛み砕いたようだ。
「すまなイ、ノどが悪くてネ。スこしマしになった」
「はぁ」
「マずは、コの身がドこのタナナか話そうか」
彼女の話を聞くと、タナナの家は秘術を使う流浪の魔法使いでもあるらしい。
世界中どこにでもいるが、オベイロスにも数代前から居着いて名家になった。
成り上がりの名家というのは狙われるらしく、内乱でタナナ家の大半が消失。外国にいた彼女は他国から遠縁のタナナ家の人間をまとめて引き取ろうとオベイロスにやって来た。しかし来たは良いものの、すでにタナナ家の生き残りはルカリム本家に吸収合併済み。
彼女はオベイロスを出て自分の家に帰りたかったそうだが宰相派からは新たなタナナ家として旗頭にならないかと誘われ、ライアーム派閥からの刺客に数回狙われ……学園から出られなくなった。
「それは大変でしたね」
「ソうでシヨ!?デも、ワタしのジっかのタナナ家、トテもビンぼう!モドるよリ、コのクにイタいヨ!」
変わった声質だな。この国とは全く別の変わった服装、大きなマフラーに触れながら私に向かって事情を教えてくれた。
タナナ家は大陸中に分散していてどこの国にもいるようだ。聞き取りづらいが外国の話も聞けて彼女はなんとドワーフの国から来たらしい。他国の話も聞けて、おもしろい。もっと聞いていたいけど――――
「私が狙われている話について教えてもらってもいいですか?」
「アなたネラわれてるヨ!」
バンとテーブルを叩いて大きく狙われてると宣言したガニューラさん。
「…………」
「…………」
真剣な表情に、逼迫した緊張感を感じて、その後の言葉を待ったのだが………。
何も、言われない…………?
「しょ、詳細は?」
「アっソうソう……トニかくネラわれてルノヨ!ダからキヲつけてネ!!」
紫の艷やかに長い髪を振り乱すこの美人さんは……少し変わっているのかも知れない。
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