第196話 卵っ!!


浮かべた超魔力水からぐんぐんと光が卵に吸い込まれていく。


――――ビシッ……


「え?」


「フレーミス様お下がりを!」


「んぎぎぎぎぎ??!」



開始して数秒、あまりにも早かったが光の吸い込みが終わって卵に大きなヒビが入った。


長丁場になる可能性も考えていたのにびっくりだ。全く効果無しで何十年かかるかも知れないなんて意見もあった。しかし、いくら文献を調べても「個体次第」という結果から机上の空論になっていた。


モーモスは治癒の痛みで悶えている。邪魔になりそうだったがアモスが命じたのかホーリーが運んでくれていった。



――――パキッ……カキッ…………カツカツ



私よりも大きな卵の触感はずっしりと岩のようだと思ったのだが小さく割れる音が聞こえる。



「戦闘準備!合図があるまでは絶対に動くな!!同士討ちになる!!!」


「<水よ。大きな私よ、剣を持て>」



ジュリオンが大きな体で私の前に出てくれた。


私も宝物庫にあった武器を水でできた巨大フリムちゃんに持たせた。


以前倒したときのようにレージリア筋肉宰相がいるわけではない。バリスタの用意だけでも十分かもしれないが……何が起こっても対応出来るように準備していた大きな剣を持って構えた。


宝物庫にあった宝剣や大斧、槍などをたくさん出している。攻撃力不足で傷つけられないということはないようにしたい。剣一本だけ持つのは水の腕とミニフリムちゃんの延長のように大きなフリムを作っているが……操作が甘いからである。操作に失敗して兵の頭上に武器を落としたりでもしたら最悪すぎる。



―――――――……?



大きくヒビの入った卵の中からカツカツ鳴り続けるが……それ以上の動きがない。


シンと静まり返っている中で卵からの音とモーモスの痛みを堪える声が響くのみである。スケジュールもおしていたとは言えモーモスの治療を並行するべきではなかった。


――――しかし


「あの、これ……」


「……どうやら割れないようですね」



数十分経って、ヒビが広がらなくなった。中から壊す音も無くなってきた。もしかしたら数日かかるものかも知れない……いや、音も無くなってきたし、これってこのまま死んじゃうのでは?



「割りましょうか」


「そう、ですね」


「私がやります……<水よ>」



水でできた巨大フリムちゃんを動かす。本来の私の腕力ではピクリとも動かせないような大きな剣を使って、慎重に卵を割っていく。


軽く当てているだけなのにガッガと結構な音がする。操作が甘いかな?でも皆が近づくのも危ないし……しばらく続け、上側の全周にヒビを入らせてから蓋をめくるように剣を差し込んだ。


卵の内部からの音では中の個体はとても小さいように思うが、目論見が外れてぎっちり詰まっていたらと思うと少しでも傷つけないようにしないといけない。



「行きます――――ふぅ……あ”っ!?」


「フレーミス様!!?」



蓋となる部分に剣を差し込んだ瞬間、それまであった卵の強度が一気になくなり、剣の重さで卵を潰してしまった。


煙が上がって潰れた卵だが……中身はどうなっただろうか?剣は水平、桃太郎のように縦に切られたわけではない。中身も潰れた?やっちまった。冷や汗がザバっと出てきている気がする。



「キュクルルル」


「おぉ生きてた!ごめんよ?!」



転がった卵、転がってスペースがあったのか、よく見てみると楕円形の卵の側面だけを潰してしまったようである……一瞬で全身汗でびっしょりになったのがわかる。ドラゴンが善良な存在であれば友好的にしたかったのにうっかりで殺してしまったかと思った。


ドラゴンが殻のかけらを身を震わせて落としていた。


真っ青な空よりも濃い青い鱗、体のお腹側はクリーム色。翼は一対、羽の生えた蜥蜴のようで……すごく可愛い。フリフリ頭を振ってからまっすぐこちらに向かってきている。まだ歩くのに慣れてないのかノロノロよたよたしていてすごく可愛い。


どう見ても敵意はなさそうだ。守護竜王とクーリディアスの王族に何らかの信頼関係が出来ていたように、できれば友好的な関係でいたい。



「そこで止まって下さい」


「キュクルル!」



サイズはものすごい小さい。イグアナよりも小さく、その辺にいる蜥蜴よりは大きい。生まれて目も開いていない子猫サイズかな。


直ぐに目の前、僅か数歩ほどの距離……「止まって」というと止まってくれた。



「貴方は戦う気はありますか?」


「クルル」



なるほど、わからない。


警戒するジュリオンには横にどいてもらって前に出る。



「えぇっと、君の親を殺したのは私だけど恨みとかない?」


「クルル」



首を傾げられた。間違いなく言葉は通じている。


キラキラとした瞳でこちらを見てきている。



「えーっと、どうすれば良いんだろ?私の元で育ちます?」


「キュクルルル!」



膝をついて握手するように手を差し出すとよたよた近づいてきて……小指の背の辺りに頭を擦り付けてきた。どう見ても懐いている。


そのまま近づいてきて私の膝を登ってこようとしてきた。杖を手放して後ろに座って受け止める。撫でてみると目を細めているし、……どうしよう、この子、何食べるのかな?


生き物の誕生にエール先生は口元にハンカチを当てている。兵士たちはこういう場合でも刺激しないように言いつけておいたから声は上げずにガッチャガッチャと鎧の音はしつつも静かにしている。


私も困惑はしているが生命の誕生に立ち会えたのには少し感動している。ほんのり感じる重さ、鱗がまだ柔らかいのでそっと触れる。頭の角もまだ伸びていない。


なんと名前をつけようか?この子の母親が「守護竜王」とだけ呼ばれていたのは人が名前を呼ぶのは不敬だからだった。何百年も名前を呼ぶことも伝えることも禁止にした結果誰も名前も知らない。つけても良いのかな?犬や猫は飼ったことがあるし私も可愛いとは思っていたが爬虫類は初めてだ。……いや、爬虫類?


どこか遠くで「イギギギギギ」と遠くで聞こえる気がするが……後でモーモスには謝っておこう。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




しばらく撫でていたのだがなにか食べさせたほうが良いと思って準備してもらった。


肉や野菜に果物、虫や魚や草……何を食べるかわからないのであらゆる食べられそうなものを用意したのだが――――食べない。


お腹が空いていないのか、それとも警戒してるのか。肉を茹でてほぐしたものをひとくち食べてみせて、ドラゴンの口元にやる。食べる。



「キュクル!」


「食べるみたいですね、どうぞ」


「…………」


「あれ?」



お皿ごと近づけてみるが食べない。試しにもう一度スプーンですくって近づけてみる。食べる。



「りゅーちゃん!?こら、オルカス!いじめちゃ駄目」



何度か食べさせているとボスっと音がしてオルカスがドラゴンを突き飛ばした。名前もまだないドラゴンは転がっていった。大丈夫か心配だったがすぐよたよたと私のもとにドラゴンはやってきた。突き飛ばされたダメージはなさそうである。



「駄目ですよオルカス。優しくしてあげて下さい」


「<クァーン>」



オルカスは何度もドラゴンを頭突きでボスゴフと転がしたがドラゴンは気にかけない。


私もやられたことがあるけどボスボスゴフゴフと中型犬の突進のような体当たりはかなりの衝撃である。肋骨のあたりや顎のあたりへの突進は本気で痛かったし、いつか復讐してやると決意したものだ。


このドラゴン、名前をどうしようか。とりあえずご飯は食べるみたいだし……いや、怪我をしてないか心配だから超魔力水を出しておくと少し飲んで寝てしまった。


オルカスにも出してあげると水に入って喜んでいた。他の水の精霊も出てきて超魔力水の中で遊んでいる。……精霊は数も多いし様々な姿をしている。魚やサンショウウオ、海老やウミウシにスライム。毎回異なる子が来ているのはわかるがサンゴのようなのも精霊なのだろうか?髪のあたりから出てくるのはくすぐったい。


オルカス以外の子はドラゴンに見向きもしない。バラバラになるような攻撃をしなくてよかった。


……ドラゴンが生まれてすぐに大きくなって襲ってきたらという想定もしていた。


いつ生まれるかもわからない。もしも関知しないタイミングで生まれて……それが強大なもので、もしも破壊の限りを尽くされれればあまりにも危険すぎる。だから調査して、やっと孵化の方法もわかって計画的に実験してみたのだ。数時間かけても無理なら毎日決まった時間にするつもりだったが……緊張して、気疲れした。


オルカスが撫でて欲しそうにしていたので撫でて、ドラゴンを寝室に連れてきておいた。私の見える場所じゃないとオルカスが食べちゃうかもで心配過ぎる。ジュリオンには部屋にいてもらって少し面倒を見てもらおう。私は寝る。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「……あ、こらリューチャン、駄目ですよ!」



パリンと硬質な何かが割れる音がして目が覚めた。


あれ?というか名前……。



「おはようございます。起きたみたいですね」


「はい、しかし、何にでも興味津々のようで、強く掴むと殺しちゃいそうでそうもいかず……それに意外と素早くて!?リューチャン!こら、フレーミス様の前だぞ」



割れた花瓶と床に転がった口から煙が出るトーテムヘッド。おそらくドラゴンの仕業だろう。



「名前、リューなんですか?」


「え?フレーミス様、そう呼んでましたよね?リューチャンって」


「あ……、名前じゃないんですが」


「でもこの子、それで覚えていますよ?」


「え、まぁ良いですが。お前はそれで良いの?」


「クァルルル」



気にいったと言ってる気がする。超魔力水を出すとまた飲んで眠った。赤子は寝て食べて育つものである。大きな水瓶に注いでおこう。勝手に光らなくなるか精霊が遊ぶかも知れないが私がいない間に飲めるようにしないと。


猫相手に「猫ちゃん」と言うように、つい「竜ちゃん」と日本語で呼んでしまった。しかし、リューチャン……なんだろう?動物愛護団体とかに怒られそうな名前だな。


これは略称ということで正式名称を考えよう。それかもっと別の名前だ。


ドラゴン自身はこの名前が気に入ってるようだし、ベースは残して威厳ある名前を考えてもらった。


結果として名前が『リュー・チャーレマーヌ・クォーティカ・リヴァース』となった。守護竜王の子供にはそう名前がつけられた。ラディアーノによると貴族の名前が長いのは政治的な意味合い以外にも精霊に護られやすくなったり、他者に呪われにくくなるなどの魔法効果があるのではないかという学説もあるらしい。


流浪の一族の『秘術』や他国の『呪術』には集団で誰かを呪うことがあるのだが名前は必要になる。多くの術師が1人を対象に魔法の行使をしようとした場合に術者の1人でも間違えると名前を間違えると効果が激減するそうだ。


なら、なんで噛みそうな名前を大量につけないのかと聞くとオベイロスの高位貴族には多くの名前があって「どれを使ってもいい」なんて曖昧な部分もあるから効果が薄い。


しかも高位貴族ともなれば精霊と契約したり加護を受けたものもいるかも知れないし縁者や係累にはいても当然。術を行使したとして精霊に反撃されるようなこともあるのだから基本的に問題ない。オベイロスの貴族も気にしていないほどに廃れた風習である。


しかし、ドラゴンはそうではないかも知れないし、他にも魔法的な意味もよく考えてつけたのがこの名前だ。クーリディアスの口伝にもなくなってしまった守護竜王の名前だが竜を祀る宗教の人に聞くと教えてくれた。竜に懐かれている姿を見せると一発だった。


そういうわけでついたのがクォーティカ。以前の守護竜王の力が引き継げればという願いや力の継承を考えたそうだ。リューチャンはリュー・チャーレマーヌ、そしてリヴァイアスにあやかってリヴァース。これでリュー・チャーレマーヌ・クォーティカ・リヴァースとなった。愛称リューちゃんである。多分フルネームでそう呼ぶことはないけどリューちゃんも満足そうだ。


この仰々しい名前……私が片手で持てるサイズだが、このままの大きさだと名前負けしないかな。

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