第195話 モーモスっ!!


更に数ヶ月、たったそれだけの期間だったのだが、まさかのモーモスが来た。



「大きくなりましたね」



モーモスは太った肉の塊のような印象だったのに明らかに痩せていた。


それでもまだ太ましいが明らかに背も伸びていて「肉のはち切れそうなまんまる」という印象ではなくなった。



「いえ、これもフレーミス様のおかげです。リヴァイアス侯への就任、誠におめでとうございます。その誉れ高き日、さぞ精霊輝く素晴らしき日だったことでしょう。このモーモス、立ち会えなかったこと痛哭しまし―――――さぞ華やかで佳き日だっ―――――――王都でも国難退けし精霊の愛し子として像を―――――――――オベイロス国内でフレーミス・タナナ・レーム・ルカリムの尊名を知らぬものは―――――――――…………」



ながい。すごくながい。こういうのは私頭に入らないんだ。


エール先生が動く気配がした。


彼の演説は王都での私の評判もあって周りの臣下は喜んでいる部分もあるし止めたくはなかったが、あまりに長いし恥ずかしいほど賛美してきてほとんど耳から抜け落ちた。



「モーモス、挨拶も大事ですが仕事があります。貴方を軽んじているわけではないのですが報告を済ませて下さい」



しばらく聞いていたのだが、家臣たちの盛り上がりで更にモーモスの口上にも熱が入ってきたので止めた。


モーモスがエール先生にしばかれるのを阻止しないといけない。



「失礼しましたっ!このように時間をとらせてしまい」



慌てて深々と頭を下げるモーモスだがそれも制止した。



「モーモス、そこまで気にしなくてもいいです。正式な挨拶をするのも臣下として大切ですからね。ですが今は私の前に立って挨拶するよりも後ろで働いてくれることを期待します」


「はっ!このモーモス!労を惜しまず働かせていただきます!!そのように言っていただ……」



青くなって口を手で抑えたモーモス。ちらりとエール先生を見ると普段は太ももに巻かれているムチを手に持っていた。風魔法使いとして移動にも使えるそうだが――――もちろん懲罰にも使える。


私の視線を受けてエール先生は笑顔のままムチを後ろ手にスッと隠した。モーモス、これ以上は駄目だ。


モーモスは私の侯爵就任に緊張しているのかもしれない。要点をまとめるように注意して彼の長くなりそうな報告を度々制止しつつ聞く。


彼は学園の中でも通常過程の学園の試験をすべてクリアしたらしい。


学園は、通常の学校、高等学校、専門機関への配属という過程があるが通常の学校は平民や爵位を持たない身分の人に商人は通常の学校までを学び、その中でも才能がある人間は高等学校に進学が出来る。高等学校では貴族科や騎士科、魔法科、魔導具科などなど様々な専門分野を学ぶことになるのだが……モーモスは早くも通常の学校の試験をクリアした。算数は苦手だったはずだろうに……よほど努力したのだろう。



「うぁぁ…………」



自分の都合で単位を取れてないだけなのだが、不安からなにか声が漏れてしまった。


貴族の子弟では偶にあるらしいのだが既に学力を得ている場合などで一気に学校の教育課程を終えて爵位継承に取り掛かる場合もある。飛び級のようなもので単位制のようにコマ単位でとらないといけない試験を受け、その中でも特に優秀な者は試験監督の裁量で別のコマの試験も受けさせてもらえることがあるのだとか……。


平民は学園に在籍できる期間が決まっているから素早く単位を取得して卒業もしくは進学しないといけない。しかし、そもそも平民は教育を初めて受ける人もいるから真面目に学ばないといけないしなかなかすぐに卒業はできない。


貴族であれば進学は決まっているが早くに進学したとしても身体的な成長や魔法の習熟度に差があるから既に学んだ科目であっても時間をかけて進学することのほうが多い。素早く進学するのは貴族的には「平民のようで品がない」と言う風潮もあるらしい。


そんな中、虐待とも言えるほどの教育を実家で既に受けていたモーモスはガンガン試験を受けて通常の学校を卒業、進学することが決まった。大人の貴族も何らかの理由で学園には通うことがあるのだから一気に進学するのもあるにはあるそうだが、子供でここまで早いのはクラルス先生曰く珍しいらしい。


通常の学校は卒業が決まったし高等学校への進学が決まったはいいものの、私の役に立てるような科はどこかわからなかった。ついでに進学までの間に休暇もあるし、直接私に聞きに来た。


モーモスは一応風の名家で跡継ぎのはずだが彼の母は既に亡くなっている。新たな継母は身分が実母よりも高く……教育の名目で虐待を行っていた。継母からすればモーモスよりも我が子が跡継ぎになることを望んでいたのだろう。


傲慢な性格なモーモスだがそれは教育によって捻じ曲げられていたことが背中の無数の傷でわかる。彼にとって実家は安全とは言い難い。


爵位を継承する当主ともなれば貴族科を選択するのが当たり前だ。


しかし、そうじゃない選択肢である別の科に入るべきかと相談してきたモーモス。一応跡取りでも軍属の家系なら騎士科や魔法科に進学する場合もある。だが、私に選択肢を委ねるということは明確に「跡取りとなることよりもうちの家臣になるために進路を任せる」と忠誠を示したということだ。


まぁ、進路を決める前に常に華美な賛辞を話すモーモスにはエール先生から別の指導が入るだろう。お手柔らかにしてあげてほしい。



「貴族科を選択しなさい。学ぶことは多いですし私の先輩として友人を作っておいて下さい……。はぁ」



彼の実家、特に継母からすれば貴族科への選択は微妙なものだろう。


だが色々考えた上で彼にとってこれが最善の選択肢としか思えない。元々の進学コースだし、もしかしたら彼の父親と……亡くなった母親もそれを求めていたかも知れない。



「わかりました。早速戻って進学してまいります」


「いえ、しばらくここで休養を取るなり経験を積んでいくといいでしょう」



それにしてもダメージが大きい。


モーモスたちの報告だけでもダメージはあるがアーダルム先生に私のいたグループがどうしているか聞いていた。モーモスが休み時間も生徒たちの教師となってぐんぐん単位を取っていたようである。


ダーマやミキキシカ、リコライにノータのような平民組も私の家臣になるチャンスであるしモーモスは態度こそ尊大であるが勉強や魔法は完璧であり、彼も彼らが私の役に立つと考えて私への忠誠心か熱心に教えていた。逆に苦手な算数はノータに教わったそうな……。


私は魔法と前世の倫理観や知識をもって『賢者』という名誉ある立場になれたが実は勉強は全然で試験も受けていない。かろうじて数学なら同世代には負けてないはずだが歴史や地理、それに国語で作る詩なんて全然わからない。歴史や地理で覚える名前が多い。シャルルの名前も間違えたことはエール先生でさえ微妙な顔をした。


みんなにおいていかれた気がする。貴族の後継ぎともなれば高等学校の貴族科を卒業して当たり前だし、平民のように在籍期間に制限があるわけでもないから全く何も問題ないが……なんだろう、サボって留年した気がしないでもない。うぐぐ。


しかも、報告によるとまさかのパキスはアーダルム先生とインフー先生にまとわりついて勉強を教えてもらって単位を取得して行っていたと……。もちろん貴族組は普通に単位をとっているし…………。同期で私だけだな。試験も受けずノー単位…………………あっ、パキスに負けてる?



オベイロスの貴族の中でも爵位を継承する人は高等学校を卒業までして当たり前という風潮があるし、何年かけても卒業するまで学ぶことになる。私も卒業ぐらいはしたいのだが…………なんだか悪いことをしている気がするというか、たった数ヶ月で普通学校卒業出来るようになったモーモスが優秀なだけのはずだが留年した気分だ。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




クーリディアスにいた竜を信仰する神官によると竜の卵は周囲の力を取り込んで生まれるらしい。親がいるなら親の力を吸う。親が居なくともその地の空気を吸って勝手に生まれる。


一定の力を吸えば勝手に生まれるが特別な場所においたり果物をお供えするのが常識だそうだ。試してみると卵の近くにおいた果物はより早く枯れたし効果があるようだ。


一定の力を得ると勝手に生まれるらしいし、領地が安定している今のうちに生まれればと計画していて……モーモスの横で超魔力水漬けにする予定だ。モーモスもついでに壺漬けである。モーモスの背中は傷だらけだし、皮膚に痕が残るほどなのだからきっと成長にはよろしく無い。


元々予定していた通り兵士はフル装備で待機している。魔法のある世界だ。生まれてすぐ守護竜王ほど強いとは思わないが、いきなり襲いかかってきた場合に備えて何日も前から予定して領民や商人は一時的に避難してもらっている。モーモスの挨拶を急かしていたのもこれがあったからなのだが……。



「そうだ、モーモス、もう一度挨拶しなさい」



モーモスは今回戦力に数えられていなかったし、治療はおまけだ。


軍が集まる中で卵と並べられて視線が彼に向かっている。なんだか生贄に見えなくもないし、兵にとっては見知らぬ人物のモーモスまで討伐されかねないので挨拶してもらう。



「こ、この状態でですか!!?……モーモス・ユージリ・バーバクガス・ゴカッツ・ニンニーグ・ボーレーアスです。風の使い手で『旋風』の二つ名を……いえ、今はただフレーミス様に仕える一人であります。皆様よろしくお願いします。若輩の身でありますが――――」


「良い名ではないか!俺はアモス。アモス・ヤム・ナ・ハー。俺の名は風精竜アーマモーモスから取られたものだ。知っているかな?トライド山脈の猛き頂き近くが雲の中の主!美しき翡翠の鱗を持つ竜の名だ!」


「おぉ!縁があるようで!!」



長くなりそうだし、止めようかと思っていたのだがアモスが何やら興奮気味に反応した。なんだかアモスとモーモスでは名前に共通点があるらしい。


もしかしたらアモスは竜の怖さを知らない兵の緊張を解くためだったのか、バリスタの準備が遅れてイライラしている兵の空気を良くするためにわざと話しかけに行ったのかも知れない。


そもそも卵が孵るかもわからないし、もし孵ったとして襲いかかってくるかもわからない。……まぁ、あれだけ恐ろしい存在だったし用心に越したことはないだろう。



――――……準備も終わったみたいだし、超魔力水を卵にかけてみるかな。


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