第184話 真っ黒な腕……。
ほぼすべての船は降参した。船をひっくり返すようにして氷に閉じ込めたが自分の乗ってる乗り物がいきなり横転、しかも数メートルも落ちた。死なないまでも普通に大怪我している人がいてもおかしくはない。
一部の精鋭や旗艦はまだ抵抗を続けているようだが氷河に穴が開けば攻撃魔法や毒草、冷水を使うからどんどん抵抗も減ってきた。海側に逃げようとすれば魚人や海の種族が待ってるし、流入する海水はそれだけで猛威である。
一撃目でボロボロの敵に対してこちらは万全で待ち構えているのだ、これ以上のやり方も考えていたがあまりにも非人道的すぎる。条約とか無いけど。
流石に決死の覚悟で向かってくる相手には手加減が出来ないしお互いに武装してるのだから死傷者も出る。できる限り相手にしないように命じて消耗させつつリヴァイアス領都に向かって氷河ごと移動する。
拘束済みの乗組員を載せた船を切り離して陸で厳重に管理してもらう。それぞれの船には貴族の責任者が居るみたいだし後で身代金がとれるだろう。
少し壊れてるとはいっても船や装備も大金になる。ワイバーンやドラゴン、騎獣もおかわりだ。食料も……あったらいいなぁ…………。
頑張ったかいがあったと思っていたのだが全てを台無しにしかねない声が届いた。
「貴様らそれでも誉れ高きクーリディアスの精兵か!海の男の意地を見せろ!」
見てみると初老の……王冠をした男が錫杖を掲げていた。
相手のトップが降伏する気なのなら、降伏している兵もまた暴れる可能性があるかも知れない。それにまだ無力化していない兵や貴族が――――
「このままではクーリディアスの兵は弱いと噂になる!そうなれば祖国に残した家族は蹂躙されるぞ!戦え!戦って!誇り高く死ね!!見ろ!あそこに敵の総大将がいるぞ!!」
「「「「おぉおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」
「全軍突撃!他のものなぞどうでもいい!!リヴァイアスを討ち取れ!!これは祖国を守る戦いぞ!!!」
最悪だ。
どうやっているのかは分からないが、まっすぐとこちらに杖を向けたクーリディアス王。捕縛していた兵も抵抗をし始めた。
「<水よ!渦巻け!!>」
しかしここは既にリヴァイアス城のすぐ前だ。当然これも想定はしていたし周辺にはこちらの兵が取り囲んでいる。
海を渦巻かせ、氷河の外から波を使って兵を落とし、海底にまで飲み込む。
しかし強い兵は魔法を使っているのか超人的な勢いで味方にぶつかってきている。
「幼き候にこれ以上負担をかけさせるな!殲滅せよ!!<我が雷にぃ、続けぇぇ!!>」
ローガ将軍は最前線で戦うというがそれは目の前に仲間がいると電撃が使いにくいのだろう。
後ろで待機していたローガ将軍が飛び出して電撃を放った。
電撃が轟音を立てて稲光りを上げた。
それだけで多くの兵は倒れ伏したがクーリディアスの幾人かの精兵は明らかに魔導具か何かの力で影響を受けていない。電撃に対してのなんらかの防御ができる装備を持っているようだ。
相手からすればここは死地で、もう抵抗のしようもないはずなのに、戦意は衰えていない。
しかし、大氷河に閉じ込めて数時間の消耗戦は効果があったようで明らかに動きが鈍かったり咳き込んでいる人がいる。
アモスとジュリオンが先頭を切って突撃し、蹴散らしていった。
「<抵抗は無駄です!降伏して下さい!!>」
「<貴様らに降伏!!?ふざけるな!世界を破滅させる醜い精霊共が!!殺せ!殺せぇぇえええ!!!>」
エール先生から降りて魔力を喉に込めて大声で降伏を叫んだが、敵の王も取り乱すように叫び返してきた。
私は味方を巻き込まない位置にいる敵兵を渦潮に落としているがもっとなにかするべきなのだろうか?王を海に捨て……じゃない、流すのは駄目だよね。見えなくなった途端に何をしてくるかわからない。
一旦全員押し流して……いや、駄目だこちらの兵も巻き込まれる。水という質量を操れるとはいえ細やかな動作は難しい。
氷河ごと領都の近くに動かしているだけあって辺り一面うちの兵で囲まれている。目にも止まらぬ速さで亜人のみなさんが襲いかかって制圧しているが、降伏してくれないかな?
殺せ殺せと叫ぶクーリディアス王だがアモスとジュリオンが彼を守る敵兵を蹴散らしている。
どんな大男でも二人を止められないようだ。イリアさんには悪いけど、このまま行けばあの王は討ち取られる。それでこの戦争は終わりのはずだ。
そのはずだった。
「覚悟ぉ!!グルォ!!!??」
「ねぇちゃん??!ガッ!!?」
二人がクーリディアス王を打ち取る。そう思った瞬間、クーリディアス王の背中から身長と同じぐらいの太さの真っ黒な腕らしきものが生え……ジュリオンはゴムボールのように戦場から殴り飛ばされ、アモスはその腕に掴まれた。
腕はソーセージのようにいくつも関節が出来ていて、かろうじて手と分かる部位がアモスを握り潰した。
――――明らかな異常事態に、皆が固まった。うちの兵も、敵の兵たちも。
その腕までの距離は遠いのに、その姿を見るだけで背筋が凍りつく。泣き叫びたい。まるで夢の中で怪物に襲われているかのような無力感がする。絶対的に抗えないとわかる力を感じる。
「<この劣等種どもが!忌々しい竜の血などこの世にはいらん!!>」
「ゴルォオオオオオオ!!!」
「<ぐっ?!死にぞこないがぁ!!!>」
アモスが指の隙間から炎を吐き出し、クーリディアス王の体に直撃した。
まだ生きている!
「<水よ!敵を掴め!!>」
海から水の腕を作り出してアモスを覆い隠すほどに大きな腕の肘を掴む。
「<何をしている!リヴァイアスを討ち取れ!!>」
「<水よ!!分離し、腕を凍らせてっ!!>」
それでもアモスを掴んだまま全く動かない腕。過冷却水ではすぐにアモスを助けられない。アモスも炎を吹くことができなくなってしまっている。
水の腕を水の球にし、黒い腕の一部だけ包み込む。
私の奥の手の一つ――――液体酸素をソーセージの節のように細い肘にぶちまける。水の球が一気に真っ白になった。
「<ぐぁああああああぁぁああああ!!!!!????>」
水から酸素と水素の分離はできる。酸素と水素になった後は操れなかった。
しかし、リヴァイアスに来てから少し操れるようになった。本来であれば燃料としての活用がしたかった。現代でもエネルギーとして注目されている水素と酸素、火を消すH₂Oの水からHとOに分離すれば燃える性質があるというちょっと科学に詳しくない私には意味不明な性質だが……クリーンエネルギーとして注目され、バスなどの燃料に実用化されていた。
気体ではボンベなんかに封じ込めても勢いよく噴出するし事故が危険すぎる。しかも気体と液体で、気体は場所を取りすぎる。……なら天然ガスと同じように液化するのだ。
酸素は気体の状態から液体窒素で冷やし、マイナス183度というとても冷たい状態の液体となる。氷よりも冷たいそれはマイナス193度の液体窒素に近いほどで……普通こんな使い方はしないのだろうけど一気に物を冷やす事も可能である。
車や燃料に使われるということを知っていた私は人が多すぎて薪の消費量が凄まじかったため「液体酸素を使ってどうにか出来ないか」と考えたのだが保存容器が壊れたり貯めておけなかったり火事になったりもしたのでやめた。
こんな使い方をすればもちろんすぐに気化して火気厳禁になるがそれでもこれ以外の方法でアモスを助けることは出来ないと思ったのだ。幸いにして海上だから火災になってもまだ被害は少なくて済むし、これを使う時は火気厳禁と知らせておいたからこちらから火を使うことはない。
「<何だこれは???!!羽虫共が!!?この世界はいつか我らのものに!!>」
「王は何かに乗っ取られているぞ!!もはやあれは王ではない!!!王を取り戻せ!!!」
クーリディアスの王の近くにいた兵士達が一斉に動き出し王を捕縛しようとしたが王は背中から生えた腕ではなく自身の体で兵士たちを軽々と吹き飛ばしている。
「いい加減に!!弟を、放せぇ!!」
吹き飛ばされていたジュリオンが空から加速して落ちてきて、私が凍らせた腕を双剣で切り落とした。
巨大な手に握りしめられたままのアモスが氷河に転げ落ちた。
「<イデェエエエ??!血も薄い穢れたクソ下等種族が!よくも俺様の腕をぉぉおおお>」
もはや味方も敵も関係なく残った巨大な腕に槍をつきたてていく。王の側近らしき人間が大勢で本体である王を抑えようとしているが止められそうにもない。
「<邪魔するな貴様ら!何故これが平和のためとわからん!!?リヴァイアスも!精霊も!天使も竜も!!みな死んでしまわねば平和など訪れんのだ!!!それが何故わからん!!!??>」
「何いってんだこの爺が!」
浜辺から何かが飛び出してきてコォンという何かが当たる音とともに、王の後頭部に大きな木槌が振り下ろされた。
頭が弾けたかと思うような勢いだったがちゃんと頭は残っている。
動かなくなって意識は完全に飛んだようだ……死んだか?
「親分さん!!?じゃなかった!?ドゥッガ!!」
「くたばりやがれこの爺が!あん?寝てんじゃねぇぞボケが!!」
「ドゥッガストップ!!ハウス!!それ一応敵将だけど、その辺で!こっち!こっち来て下さい!!」
胸ぐらを掴んで殴っているドゥッガを大声で止めてこっちに呼び寄せる。完全に伸びたイルーテガ王らしき人への追撃。……敵兵を刺激しないで!!?
敵兵はもう戦意はないようだ。主君の変貌に、胸倉掴んで殴りまくったドゥッガにも攻撃しようかと戸惑っているようだった。
折れた大木槌の柄を投げ捨ててそのままこちらに歩いてくるドゥッガ。あれ絶対ケディンさんのだ。
「<呪ってやるぞリヴァイアス!!貴様の領民!貴様の愛し子!貴様の領域!全て穢してやる!!>」
「王よ!どうなさったのですか!!?」
「もうおやめ下さい!」
「神官を呼べっ!」
意識が戻ったのか、いや、白目をむいたままの王が叫び始めた。誰がどう見たって異常である。
敵兵は王の心配をしていて、もう戦う気はなさそうだ。
「<屋根の上に死体を並べ!落ちぬように杭を刺し!獣も食わぬほどに腐らせてやる!!この世は貴様らのものではない!!我らこそが統べるべきなのだ!!呪ってやる!穢してやる!お前の愛し子を320に刻んで獣に食わせてお前を呪わせてやる!!我が手のものが貴様の愛し子を狙い続けるぞ!毒を恐れ眠れぬふぐぅ?!>」
白目をむいた王が恐ろしい言葉を絶叫していたのだがこちらに向かっていたドゥッガが王のもとに戻って殴り始めた。
「<人間ごとイギッ??!殺しグガッ!!?や、やめンゴァッ!!くっ……!!体がっ……!……………>」
魂が震え上がりそうになるほど恐ろしい声に皆動けなかったのに、ドゥッガはゴキンゴキンと、とても人を殴ったようには聞こえない音を立てて王を殴りまくっていた。
「もうやめて下さい!王が死んでしまいます!!」
「さっさとくたばれ!!死にぞこないが!!!!」
「王は何者かに操られているのです!!やめ!皆この男を止めろ!!」
「<カァアアア!!!>」
もう抵抗もできていなかった王の体から黒い靄が空に抜けていくと私の周りの精霊が飛んで行った。
靄に向かってレーザーのような水が発射された。靄を大きく切り裂き、シャチのオルカスが増えて食いちぎっていく。
池の鯉に餌をやって群がるように、他の精霊も群がって靄を食い破っていった。靄は彼らから逃げようとしたようだが――――リヴァイアスが空に現れてまるごと飲み込んだ。
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