第185話 ドゥッガ・ドゥラッゲン……。
レルケフがやらかした後、家内の統制が取りにくくなった。
元々うちの派閥は身元がバラバラだ。貴族の中でも水属性の大家がライアームについてるから新たな水の名家との縁を持たせたいと考えて貴族の子弟を送り込んでくる。ライアームに情報を売りたい者。王派閥や宰相派閥、貴族派閥とは遺恨があるが寄る辺がないからとこの家に来る。
エールのように王派閥や宰相派閥から弾かれたり派遣されてくる能力も身元もしっかりした派閥とも、キエットのように水属性の人間を集めた派閥とも違う。正直言ってゴミも数多くいる派閥だ。
フリム様に向かっていきなり「俺を重用するんだ」「俺は偉い」「俺の実家がどこの家か知っているのか?」「ふん、これだから成り上がりは」何ていう勘違いしたクズが多いので拳で教育することも多々ある。賭場とやることが変わってない。しつけが大変すぎる。ラディアーノがいなかったら家は内部は崩壊していたかも知れない。
とはいえ新生ルカリム家の中で俺が率いているのは最大派閥。なのに、筆頭家臣である俺の息子がやらかしてくれた。
まぁ突っつかれるわな……。責任を取って退任しろなんて声も大きいがフリム様は俺を許した。これまで通りの筆頭家臣でいさせてくれた。
フリムからすればもう上級貴族として成立していて俺なんぞもう用済みのはずなのに。……賭場を運営していただけの俺なんぞよりも力も実績もある部下が揃っているというのにだ。
一緒に水瓶を洗っていた頃とは何もかも違って複雑な気分だ。それだけ信頼してくれていることが不思議である。飯と住む部屋をやったぐらいなのにな……息子ばかりで娘はいないが……娘のように思ってしまっている節がある。
成り上がり伯爵家と言われるルカリム家では家人で重要な役職を奪い合って当たり前なのにある程度まとまりを持っているのは彼女の存在ゆえかも知れない。当主で子供なんて誰かに言われるがままが当たり前なのにちゃんと自分で考えて判断をする。
『弱い当主に人はついていかない』という格言もあるが彼女は力も強いし、当主としての判断は曖昧なことはしない。自分ではわからないことは出来る人間に仕事を振るし、分かる人に説明させた上で判断を下す。
それに自分勝手なものではなく判断が全体を考えた上で皆に利益が行くように考えてくれる。若干甘すぎる気がしないでもないが、主が無能でもなく下衆でもないのはやはり心地が良い。家の事業が成功したからと家臣の給金をあげようとするのは流石に止めたが。
今の時点でも当主としては魅力的だ。しかもこれから成長していくというのも良い。
幼い当主の成長は下の人間にはやる気になるのだろう。ルカリム家を攻撃するために入った新入りとここで頑張ろうとする新入りでは当主を見て態度が違うからわかりやすくて良い。
しっかし、まぁ……やること成すこととんでもない。どこで覚えたのか金稼ぎがうまいし料理もできれば知識もある。親父でもなれなかった名誉ある『賢者』にまでなった。優秀過ぎて意味がわからん。精霊から愛されたものは目立つこともあるがその中でも明らかに目立つ存在だ。
そんなフリム様がいきなりリヴァイアスに連れて行かれた。
リヴァイアスの屋敷に入れることから、リヴァイアスの血族というのは予想できた。水の家では名家同士の仲が悪くもないし可能性も充分にあった。他に後継者がいないか探しても調べられる限りでは他にはいない。王家からの使者によるとこの長く続いている雨は大精霊リヴァイアスの精霊災害であると……。
だから現地に急行したそうだが……エールによるとリヴァイアス領は精霊によって入れない状態であって、自分たちが追うことはしないほうが良いと言われた。そもそもフリム様は領地に入れずにすぐに帰ってくる可能性もあった。
入れたことを確認して戻ってきたエールだが、また行ってしまった。風で飛べるのは羨ましいな。
しかし、とにかくエールが見に行ったのに戻ってこなくなった。続報がリヴァイアス領主になったとかクリータ領主と結婚するとか意味不明すぎた。過保護なキエットはキレて武器庫開けるし……。もしかしたらエールが相手の男の首をもぎ取って暴れてるんじゃないかと本気で心配した。
クリータ領主の顔を知る部下に絵を描いてもらったが太ってカエルのような顔、その上女と見れば手を出しまくる引きこもり領主という評判だったからな……キエットの爺が本気で「今こそ杖を掲げよ!」なんていってクリータを攻める方法を家臣を集めて模索し始めた時はヤバかった。あの爺、普段ヨボヨボのくせになんであんなにつえぇんだ……?
リヴァイアスと言えば大領地だ。王宮から新たに爵位が与えられるという話も来るし、貴族院からの面倒な通達、結婚の申し出が激増した。クソが。
なんやかんやあったがエールからの手紙でリヴァイアスに向かうことになった。
キエットが年齢も考えずに行こうとしていたが流石に止めた。筆頭家臣の俺が王都に残ってキエットがリヴァイアスに行くか、それとも水属性の魔法使いを取りまとめているキエットが王都に残ってリヴァイアスに行くか……。立場からすれば俺が残るべきだろうがキエットは110を超える腰がくっきり曲がった老人である。俺が行くことになった。
季節外れの大雨がスライムを大量発生させたが、雨は偶然ではなくリヴァイアスの継承時に起きる現象とやらだったのには驚いたな。豊作間違いなしだそうだが大雨が続いて道が少し流されたり草木が茂って道が消滅してしまっていた。
可能な限りの装備と人員で王都を出たが……大切なのは俺らではなくフリム様の身の安全だ。向こうがどんな状況になってるのか噂が意味不明すぎてさっぱりだったし、とにかく空を飛べるものは先に行かせたが……俺たちは迷いに迷った。道がないし、分かれ道の案内が全然違ってつけられていた。死ぬかと思った。
あとで聞くと他国からの侵略対策でやったらしいが……最悪すぎる。
減る飯の不安、道なき道、獣に追われて恐ろしい目にあった。王都から出たことのない貴族のぼんくら共がクソだった。小便でいなくなり、野営で酒を飲んで眠って獣に襲われ、暗いからと焚き火を増やして森を焦がした。食料が燃えてしまっていてかなり絶望的だった。なのに「今日はベッドはないのか?」なんてふざけたことを言いやがる。絶望的なアホ共だ。
役立たず共だが、流石に飢えて死なせるのはできねぇし獣を狩って肉を渡すと何故か尊敬された。貴族もチンピラも変わらねぇ気がする。餓えた男どもはまるで野獣のように肉を貪っていた。
敗残兵のようになんとかたどり着き、立派な城についてみると……なんか捕まった。
馬車や荷車はもう壊れてなかったし、皆ボロボロで不審に見えたのかも知れない。しかし「トルニーの父であるドゥッガは鳥人であるからこんなのじゃない」ってなんだ?トルニーきてるのか?
「父さん!?」
「誰だお前!?おるぁっ!!」
「うぐぅっ??!な、なぜ?」
「てめぇこそトルニーの名前語ってんじゃねぇよ!!トルニーは病弱でちょっと変わったやつだがお前みたいな変態じゃない!!」
「あ、そっか仮面か、とるよ!とるって!と、父さん暴力反対!」
鳥を模したとわかる石の仮面を外したが……明らかに息子であって息子じゃない。
上半身は半裸で、鳥みたいな羽だらけのコートを纏ってる。そして筋肉だ。レルケフほどではないがムッキムキである。
「――――誰だ、お前?」
「トルニーだよっ!!?フレーミス様に治してもらったんだよっ!!信じて!!」
顔を見てもまだ疑わしい。
どうやらよくわからんがトルニーの病弱な部分を水の薬とやらで治してもらったらしい。王都中の医者でも薬でも治せなかったのにな、商売させたのは体を治させるためでもあったが……元々俺の息子だけあって身体強化はちょっとだけ出来ていたから病気が治って筋肉がついたと、意味がわからんが顔や声はトルニーだ。悪魔に魂売ったわけじゃなさそうだ。
「フリム様は?」
「軍事機密だから話さないほうが良いんだけど、父さんは筆頭家臣だしね」
よくわからんがフリム様はクーリディアスが舐めたことにまた攻めてくるから逆にボコりに行ったと。どうなってやがんだ?
「うまく計画が進んでるなら明日には戻ってくるよ」
「……なら準備をしねぇとな」
すぐに全員で風呂に入った。今のままじゃ「王都から来た怪しい連中」程度だろう。身なりを整えなくちゃ衛兵に捕まってもおかしくねぇ。
休もうとしている連れてきたボンクラ共の尻に蹴りを入れて「これからこっちの家臣と話して戦争に合流だ。舐めたことしてんじゃねぇ」と活を入れた。主君の役に立ちに来たのになんで休もうとするんだ?体力がねぇな。
後から来た俺等にやれることなんて無いのかも知れないが。やれることがあるかも知れねぇのにここで休んでどうする。
その時が来て……正直フリムを侮っていたと自覚した。
以前に水の怪獣を見たこともあった。建物ごと冷やす氷を出しているのも見たことがあった。……それだけでも魔法使いとしては上位だと感じたものだがこれは格が違う。
氷の大地の上で兵を率いていたが……その巨大な氷を魔法で作り出し、更に船のように動かしているというフリム。誰がどう見ても人の使える魔法の域を超えている。
相手は他国の正規軍、ごつい竜人がフリムに従って先頭を切っていた。もう浜辺からも近いし乗り込んで取り囲んでいく。
うちのゴミクズ共が味方と顔も合わせてないのに行こうとするのを抑え、戦況を見定める。下手すりゃ味方から殺されるかも知れないとわかっていない。
機を見て待っているとやることもなく終わるかと思いきや……敵の偉そうなおっさんが暴れていたので思い切り身体強化してケディンの大木槌を頭にかましてやった。
チンピラ時代の汚れた木槌ではなく、木目も艶がかった新品である。頭にぶちかましたら壊れたがまた買ってやればいいだろう。
何の魔法か起き上がりやがったのでボコった。おっさんの声は体の芯を凍りつかせるほど冷たいものほどだったがそんなんでビビってられねぇ。昔、王都にもいたなんかに憑かれてる奴らと似たようなクセェ臭いがしやがる。こういう奴らはやたらと頑丈になるからなかなか死なねぇな。
拳でわからせてやったが刺してやればよかったかもしれん。獣を狩るのに使って曲がって抜けねぇから仕方ねぇか。
エールに横抱きにされている主には気が抜けたが、それでも遠路ここまで来たかいがあった。……俺なりの仕事はできたはずだ。
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