第171話 イリア王子……。
まさかの自分が犯人で恥ずかしくなった。
超魔力水は怪我を治したり、一部の特殊な事例で若返ったりもする。今までは排水から海に流れていたはずだが海では問題なかったが陸地ではこんなことになるなんて……。
影響を調べてみるとスライムが増殖していたのと草木が大きくなっていることがわかった。
スライムは排水設備の先にいる掃除屋でゴミを分解してくれる謎生命体である。細胞みたいに核があって膜があるだけの薄い水色の見た目で害はまったくない。
排水設備に流れた私の超魔力水を吸った彼らは増殖し、水が流れた先の地面や草木の根元に大量に群がっていた……ムカデとか毛虫が巨大化するよりはマシである。
領都でも見えはしなかったが排水口のスライムが凄いことになっていた可能性はあるな。
「閣下におかれましてはご機嫌麗しく!この度我々ディガッシュ商会に挨拶の機会をいただけてこのゴーガッシュ!感謝の―――――」
私が犯人なのに、深読みしすぎて恥ずかしい思いをして――――……反省した。
恥ずかしくなった私はちゃんと仕事をすることにした。
私は人の上に立つような性分ではない。歳上の人間に命令するなんていつまで経っても慣れない。……しかし、これも必要だ。やらなきゃいけないと思ってはいても自分の中でもっと優先順位の高い事項を設定してこういったことはできる限り避けていた。
しかし、私を立てようとする人がいるのだからその期待に応えるためにも最低限立派な領主にはなったほうが良いと思う。領主は来訪者の挨拶を聞くのも仕事だし……とは言えやはり私には私にしか出来ない仕事もあるしそちらも手は抜けない。
騒動でベスさん達は一度治療を止めることになってしまったが再開すると問題なく治療の効果はあるようだった。
トルニーの呼吸器も完全に回復はしていないが大分楽になったようである。彼のために少し治療法を考えて見た。
トルニーの顎や鼻にあった壺を作ってもらって超魔力水を入れた。
超魔力水の謎の光は時間の経過で輝きを無くす。ということはどこかに霧散してるようなもののはず、水から消えていくそれの近くで呼吸することによって謎の光成分が体に入るんじゃないかと考えた。
ただ、肺の病気は確か治療に薬を長い期間服用する必要があったはず。病原菌を無くすのには時間が必要と言う話もあるかもしれないとトルニーには伝えた……肺結核についてのドラマか何かで見たような気がするし。
……そうして生まれたのがトルニーという不審者である。
ガラスが火の魔法使いが作る「高価な商品」であり、そのガラスを精密に加工した顕微鏡はない。病原菌を調べて彼の病気が完治したかどうかがわからないのだ。しかもこの治療法はまだまだわからないことばかりで悪化の可能性だってある。そもそも謎の光が病原菌を増やすんじゃないかという懸念もある。
そしていつでも謎の光成分を接種しようとしたトルニーは謎の開発をした。石製の大きなくちばしのついたペストマスクで頭を完全に覆ってそのまま行動するようになった。超絶不審である。
治療の話で長引く病気の人もいるといった途端にこれだ。それだけ病気を治す為に必死なのかもしれない。しかし超がつくほど不審である。エール先生なんて見かけた途端にスカートからナイフ出して構えたからね。
数時間前までは治療のための吸入器のような形状のはずだったのに……。不審ではあるが理にかなっているし、くちばしの部分に超魔力水を入れてあげる。
「ルカリム伯爵におかれましては大精霊リヴァイアスと縁を結ぶなど国を挙げての慶事であります。つきまして我が商会からお祝いの品として――」
砦に迷い込んだ商人たちからお祝いの品を受けた……すごく長い上に何言ってるかわからないし、たった数人でもう肩が凝る。
砦の怪我人の全員を完璧に治しきれた訳では無いが日も昇って襲撃事件の原因も判明したし、壁の修繕もボルッソファミリーによって完了した。この砦の「ダンジョン」というものに興味もあったけどそれよりも領都が心配だ。
領都に戻ったら今の何倍も挨拶を受けないといけないのか……ただエール先生やジュリオンは私が主らしくしているのは誇らしそうだし、領主というものはこうあるべきものなのかもしれない。
超魔力水によってスライムが増殖したことで生態系が狂うかもしれないので砦とは連絡は密に取ることにした。……帰ったら領都の水路も調べなきゃ。
こうして「簡易的にでも橋を架けて流通ルートを確保する!」というミッションはクリアした。
領都に戻ってから貴族たちや商人の挨拶は続いた。むしろ大量に待っていた。戦争中ではあっても大精霊リヴァイアスに認められた領主様に挨拶をしたりお祝いを渡さないと後々問題になるかもしれないらしく、豪華なお祝いも貰う。長い挨拶付きで。
他にも私にしか出来ない仕事は多くある。翻訳カレーを領民向けに作り、ミニフリムによって近隣からの定時報告。そして怪我人の治療がある……ちなみに以前ジュリオンを治療した魔力水の排出場所には超大量のスライムがいた。無害だから良いけど。
領主として都市開発や砦の作成、兵士の運用なども報告を受けて方針を示さねばならない。裁判権などもあるから領民同士のトラブルも聞かねばならないが今はそこまではどうあがいても手が回らないから人に任せている部分は多い。ミニフリムちゃん魔法が思考できればいいのに……それともう一つ大事な仕事がある。
「クーリディアスからの反応はありませんが、その、イリア王子はどう思いますか?」
捕虜の中のトップ、イリーアン・ド・レース・クーリディアス王子への対応だ。
シャルルは王都へ彼女を連れて行くことはなかった。
「イリアだけでいいよ。僕の立場では何を言っても怪しく聞こえてしまうかもしれないが……おそらく父は何も出来ないだろうね」
イリアさんは女性だが「王子」と呼ばれている。国元では王の子供は男女関係なく「王子」であって「姫」という文化がない。クーリディアスでは女性が王になっても「女王」ではなく「王」であるらしい。
彼女はうちで預かって国元の情報を教えてもらっているがクーリディアス内の立場は微妙なようだ。
あまり良い血筋ではない彼女だが軍とは仲が良く、オベイロス攻略を命じられた責任者であった。
もしもクーリディアスが再び軍を率いて来たとして「彼女を引き渡せ」と要求されてもこの場にいなかったら交渉すら出来ずに強硬姿勢を取られる可能性だってある。彼女がいれば杖を向けにくくなるはずだ。
クーリディアス本国からはなんの音沙汰もない。こちらとしては勝利者だしこちらにとって有利な条件で停戦協定を結んで終わりにしたい。
本来であれば領地を割譲しろ鉱山の権利をよこせとか言うのが普通らしいが……なにせ海を挟んで距離がある。陸続きと違って人が軽々と行けるものではない。賠償金の請求や正式な謝罪、戦争に加担した人間の更迭あたりを考える必要があるのだが、どうなることやら。
できれば捕まえた兵も引き取ってもらいたい。王都に連れて行かれた兵も含めて一気に15万人増えれば食料に困る。……いや、協定を結んでもそれが必ず守られるわけじゃないから引き渡しも危ないかもしれないが。
「というと?」
「守護竜王が海で負けた。ということはどんな戦力を引き連れてきても勝てないことを意味しているからさ……今頃向こうもリヴァイアスが攻めてくるぞって首に杖を突きつけられてる思いで守りを固めてるんじゃないかな?」
「面倒ですね」
「戦後の統治のために押し付けられた貴族の子弟や文官たちが逃げたが……どんな言い訳をしていることやら、僕にもちょっとどうなってるか想像もできないね」
彼女自身は国への忠誠心はない。
平民出身の将軍の孫娘が侍女をしていて今の王様が手を出して生まれたのが彼女、王子の中では蔑まれつつも慎ましやかに小さな部隊を率いて生きてきた。
政治に興味もないが政治的に微妙すぎるとはいっても王子。うまく攻めることができれば別の王子と交代して功績を奪われていただろうし負けそうならイリアさんは責任を取らされて軟禁生活か毒を飲むことになっていた。と、捕まえた貴族の中でも事情を知ってそうな人とクラルス先生がお話しして聞いた。
彼女としては勝たないと自分の命が危ないし、勝利してゴタゴタの中でクーリディアスもオベイロスも関係のない場所にその身をくらませる予定だったそうな。
「そこまで話してよかったんですか?」
「戦争を仕掛けた相手がこんなので申し訳ないが僕が居ることで抵抗してる兵も少ないだろ?できればこのまま僕を臣下にして欲しいんだ」
この青年っぽいおねーさん、なかなかに強かな性格であるようだ。
戦争を仕掛けてきて指揮官に就任していたというのは許して良いものかは分からないが彼女は軍では兵に慕われてるようである。
兵の中で隷属の魔法に逆らって倒れたという報告もとても少ない。敗戦国の兵士は隷属をかけられてもその境遇から抵抗するし、隷属の魔法は人によって効果にばらつきがあるためうまく行けば逃げられることもあるそうだ。
だから普通もっと抵抗してくるはずなのだが……抵抗してくる人はとても少ないらしい。
「クーリディアス次第ですね」
「だろうね。それまではこの態度を許してほしい。虜囚とは言え一応僕はクーリディアスの王族だからね」
「わかりました。私のこともフリムでいいです」
「では僕の主候補のフリム殿。できれば末永い付き合いになればと願っているよ」
どこか軽薄だがそれは彼女の境遇からきたものだと思う。
――――もしかしたら処刑されることだって考えられる。戦争だったのだから当然だし、その可能性は高い。彼女は敵で、攻めてきたはずなのだけれども……クーリディアス次第か。しかしこの邪気のなさは不思議と憎めないな。
彼女が今後どうなるか私には分からないが、悪い付き合いにはならないような予感がする。
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