第146話 人生の絶頂?


ボルッソは私達の魅力に酔いしれてかなんでも言うことを聞いてくれている。


まずはお風呂に入りたいと言うと贅を凝らした浴室に案内された。



「申し訳ありませんがまだ顔を見せるわけにはいきませんので……」


「そ、そうですな!」



私たちが入室してからも立ち退こうとしないボルッソに一言ジュリオンさんが言ってくれた。


何十人もいる花嫁。顔を隠しているからこそ誰が誰かは判別できない。



「いい湯ですね」


「そうですね、皆よく垢を落としてください」



風の魔法使いによって会話は聞かれていると思っておいた方がいい。どこかに覗き穴があるやもしれない。


大きな浴室には湯がためられ、真っ白で艷やかな石に緑の色が入って美しい。これもボルッソの作なのだろうか?……裸像の胸の大きさが好みを教えてくれる。大きければ大きい方が良いのだろうか。



「これでできるだけ時間を稼いでオベイロス王家から高い爵位を得られれば良いのですが」


「フレーミス様はオベイロス陛下と仲が良いとの噂ですが?」


「いえ、それはあくまで噂、殺してやりたいほど憎らしいですね」


「へ、へぇ」



あまり私が話して監視者がいる場合に私に注目が集まってもよくないのですぐに会話を終わらせる。


オベイロス王家と仲がいいと思わせるよりも悪いと思わせたほうが都合がいいかもしれない。


風呂から上がり、真新しい白い布地で顔を隠して身支度を整えてその日はもう何もなく寝た。


一応晩餐会の用意もされていると言われたが今日はもう疲れたので部屋で寝ると伝えた。この領の有力者を集められていたがこちらが大貴族としての面子もあるし数日待たせるのは当然。…………大貴族の立場や面子というのは面倒だ。



「少し庭園を歩きませんか?」


「勿論、姫君構いませんよね?」


「「「はい」」」


「あの、そろそろ誰が姫君かを知りたいのですが」


「それはおやめになってくださいまし、私共も顔を隠し続けるのは正直面倒です。前も見にくいですしね」


「では」


「しかし、大貴族としての建前を保たねばリヴァイアスの家臣にも僅か数日の儀礼すら守れないのかと言われそうですからね……」



とても気になるのだろう。既に何十人も嫁がいるだろうに恋に舞い上がった男の相手というのは……。


表情からも「もう我慢できない!」と言いたげだが……「僅か数日」と期限もわかっているし、家臣を出すことで家の中の問題を少し見せた。これで引き下がらねば阿呆である。



「……ここだけの話、リヴァイアス領にもこの婚礼に反対の者もいます。家内には『伝統に則って相手の家に行ってから1年後に結婚を行うべき』と声高に主張していたものもいます。ですからここは男の度量を見せてくださいまし」


「それは、そうだな……。わかった!」



ここで引き下がらないと問題になるからか、少し落ち着いたようだ。


いや、鼻息荒く頬を紅潮させているな。


――――庭園は素晴らしかった。草も花もなく、全てを艷やかな石で作られている。


大きな庭園ではなかったがこれほどの芸術品はなかなかない。


皆で見ている後ろをウンウンと頷いて見守るボルッソ。自分の作ったものが褒められるのは嬉しそうだ。



「良いものを見させていただきました。では新たな伝統料理を私達で作ってお出ししてもよろしいでしょうか?食材はこちらで用意しますので厨房をお貸しいただきたく」


「うむ!好きにすると良い!!」



すぐにでも情報を集めてもらいたいものだが仕方ない。予定通り料理をする。


料理をすることで「いかなる場面であっても食べれるものを作れる」という貴族子女にはよくある伝統だ。特に嫁入りで自領の伝統料理を出すことも古い慣習ではある……これが不味かったら他の嫁や家臣から骨とか投げられることになる。


家の中で結婚に反対の人間がいれば特にそれが顕著で眼の前で料理を捨てられることもある。


この服ではまともに作るのは難しい。なにせ純白、頭だけは外さないように言ってドレスで料理を作る。ドレスも大領地リヴァイアスから送り続けられているし着替えはいくらでもできる。


何人も正室がいるが料理を出す時に初めて顔を合わせてこちらにつくか敵に回るかがわかるだろうけど……確実に数人は料理を投げてきそうだ。……鍋の蓋あたりで回避できないかな?



「本日の料理はかつかれーです。かれーとは香辛料をふんだんに使ったスープでとても滋味溢れています。フレーミス様が新たに開発したものです。かつとは油で肉、野菜、魚や海老や貝などを茹でたもの。いくつかの種類を作りましたのでお好みのものをどうぞお収めください。クリータとリヴァイアスの栄えある未来のために!!」



ジュリオンさんが説明してくれて配膳していく。誰でも食べれるものに辛いものや酸味のある3種類のスープに。マヨネーズ付きのサラダにパン。


リヴァイアスでは薬草や香辛料が多くあるが普通に考えて西であれば大金貨が吹っ飛ぶ価値であると思う。王都でもこの味は認められるだろう。



「おいっしい!!?」

「なんだこれ?!隣の領地なのに!!?」

「おかわりほしー」

「かあさまもっとー!」



一緒に出された子どもたちはものすごい勢いで食べている――――それにしても家族の数が多い。


冷めると美味しくないし出来立てをどうぞと配膳する。全員を待って食事を開始するよりもリヴァイアスらしくすぐ食べるように言った。


何人かの子供は母親になにか言われているのか手を付けないが基本的に勢いよく食べている。


10日分は作ったはずだがとんでもない人数だ。



「……子どもたちは何人いるのですか?」



横の家臣、こちらにへりくだってきた人がいたので聞いてみる。



「子供は116人ほどですね、この晩餐会に参加しているのはそのはずです」


「ひゃ、ひゃく……!?」


「城下と村々を回ると更にいますが……」



好色領主は噂通り本当に好色のようだ。貴族として跡取りは大事だがこの人数はあまりにも多い。辺境に引き籠もって何をしているのかと思ったが呆れてしまう。


見た目はカエルのようで年齢はいまいち分からなかったが40は超えているはずだ。どれだけの人数に手を出せばそうなるのか……そこに私達が来てもあれだけ舞いあがれるなんてとんでもないな。


礼儀作法のなっていないものも多いが全体的に受け入れられているようだ。



「水を入れてはくれませんか?」



第一夫人がグラスをこちらに向けてきた。



「申し訳ありませんが姫君はリヴァイアスとの繋がりができて杖なしでは魔法が使えなくなっています」


「それで?わたくしは、今、水がほしいのだけど?」



敵意が隠せずに見える。


給仕させることで自分が上と見せたいのだろうか?彼女は伯爵領から嫁いできた三女だが、この領地では紛れもない第一夫人。


『伯爵領主で大領地の当主となったフレーミス』が嫁いできたのなら彼女の立場は危うくなる。


周りの夫人らも食事の手を止めてこちらの様子を伺っている。



「やめないかメディッサ」


「大精霊リヴァイアスより授けられた杖は『決闘杖』とも言われますから敢えて持ってきておりません。戦意はないという誠意なのですが」


「そうですか、役に立たないですね」


「メディッサ!!」


「何よ貴方。なにか文句でもあるわけ?」


「……俺は女の闘いを好まん」



空気がどんどん悪くなってくる。


彼女の立場からすれば私達は最悪の敵だ。



「は?じゃあ私は、今までずっと、ずっとずっと!この家をまとめてきて!!あんたを立てて来たこの私の立場は!!?」


「……クリータの領地のためだ」



空気が凍りついた。


これまで、子供の数を考えても大変苦労してきたのだろう。


なのに自分よりもリヴァイアスを優先するのなら彼女はこれから第一夫人の立場すら無くなる。それも皆の前で言われたのだ。



「ふざけないでよ!!このぉ!!!」


「ふぎっ!!?」



メディッサは料理をボルッソにぶちまけ、目に入ったのか悶えるボルッソに飛びかかって……腰の入った鋭い拳が脂肪の付いた腹にめり込んだ。


私達と子どもたちは家臣たちに連れられて退避させられた。



「だ、大丈夫なのですか?」


「いつものことです」


「えぇ」


「いつものことです」



焦って嘘をついているわけではなく、やれやれと言いたげである。


…………よくもボルッソは今まで刺されなかったな。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「よせ!貴様こそ無礼である!これからはアモス殿を賓客として扱え」


「しかし……」


「俺の命令が聞こえないか?」


「わかりました」


「すまないアモス殿、どうせだ。なにか待遇で不満はあるか?」


「不満はありませんが……できればクーリディアスの町並みは見てみたいですな」


「それは……まだ駄目だな。他にはあるか?」


「食事は満足に取れておりますしこれ以上の扱いは……」


「何でも言ってみろ。叶えられるかはわからんがな」


「では、羽と喉の鍛錬をする許可を頂きたく」


「羽と喉?」


「羽も痛めつけられたので飛べるのかが不安です。喉は竜人族ですので火を吹くのですよ」


「血統魔法みたいなものか……空は飛べるのか?」


「おそらく、体調は万全に近いですが無断で飛び回るなど殺されても文句は言えませんゆえ」


「許可しよう、だから一度……」

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