第120話 にゃーにゃーにゃーぶもーにゃ?
城の中は青い布に青い衣の獣人が多い。
オベイロスではほとんど人に近い見た目の人が貴族のほとんどだし王都も基本が人だった。しかしここの城内は基本が人ではない。獣人の割合がとても多いように見える。
領地から追い出された人というのは獣人の血の有無が原因だったのだろうか?
「オベイロスの王様の使いにゃー。貴賓室に案内するにゃー」
「わかった。ベス、ダグリム、ラオーに報告する」
「頼むにゃー」
中身の見えない大きな鎧の人になにか報告したようだ。
私が生まれる前、政争でリヴァイアスの縁者は全滅した。王都の屋敷もそれまで普通に人がいたように見えていたのに人だけポッカリといなくなったかのように洗濯物もそのまま、食べ物もそのまま、料理もそのままで数年が経過していた。
あの屋敷には私の家臣であっても入れないし、領地ごと外から普通の人が入れない状況になっている。近衛兵やエール先生がここにいないのはそのせいなのだが……領地の中にいた人達によって文明は保たれていたようだ。
数年人が全くいない状況が続いていたのなら津波や地震といった自然災害で建物も更地になっていた可能性だってある。そう考えればまだマシかも知れないのだが……恐ろしいことに領地内の政治機構は独自に進んでいたことが見て取れる。
「こんにちは、お名前を伺っても?私は「にゃ!?にゃにゃーにゃ!にゃー!!ゴロロロにゃー!!」
馬車を降りて猫の人に声をかけたのだがニャーニャーとなにか言いながら首筋や指先の匂いを嗅がれまくっている。気恥ずかしいが獣人的ななにかだろうか?私の後ろの杖を見てひときわ大きくニャーと鳴いた。
一応オベイロス国のリヴァイアス領地と考えるなら向こうからの挨拶を期待するべきだろうし、王様と宰相から名乗るのは政治的に良くないかもしれない。
「にゃーにゃ?」
「えっと、フレーミス・タナナ・レーム・ルカリムです。お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「んにゃー?にゃーはにゃるるにゃにゃ」
「えとニャールル・ゴライ・ニー・チャーレマールさんですか?」
「にゃー!」
とても元気だが丁寧に返してくれるニャールルさん。警戒されて牢屋に入れられるようなことはなさそうで助かる。
あまりにも可愛らし過ぎて撫でてしまいそうになって少し困る。
「ご丁寧にどうもありがとうございます。こちらはオベイロス国国王のシャルトル様です。こちらは宰相の、レージリア様です」
「……おいフリム?言葉がわかっているのか?」
「丁寧に答えてくれたじゃないですか?」
「にゃー」
「「………」」
なにか言いたげなシャルルだが何が言いたいのだろうか?
ピンと立てられている尻尾を掴みそうになってしまう。
「二人は部屋にいてください。私はニャールルさんと話してきますから」
「にゃー」
「わ、わかった。気をつけてな?」
ニャールルさんに案内された部屋でジュースを出された。私も堅焼きクッキーを渡すと「これはこれはどうもご丁寧に、これも食べるにゃー」と返されて一緒に食べる。木皿に木のカップ、干してある果物を差し出されたので私はそっちを優先して食べる。
「にゃーも!にゃー!!」
「いっぱいあるのでお好きにどうぞです。私の考えたレシピです」
「にゃー」
「いえいえそんな」
クッキーもほんのりと素朴な甘みがするが干した果物の強い甘みと相性が良い。「警戒していませんよ」という礼儀のためにもできれば量を食べたほうが良いのだけど強い甘みでそう食べれそうにもないな。
まぁ彼女はおいしそうにがっついていて礼儀を気にしていなさそうだしがっつく彼女と軽く世間話をして和んだところで少し話を聞く。彼女のお手製の干し果物は美味しかった。
「にゃーはにゃにゃいにゃにゃのにゃーがするのにゃー」
「私はリヴァイアスの縁者らしく、この杖はリヴァイアスの精霊杖だからでしょうか?わかるものなんですか?」
「にゃー、んなぁーお」
「なるほどー、色々教えてもらってもいいですか?」
「にゃー!」
この領地で数年間何が起きていたのか?どうやらこの領地ではリヴァイアスによって人が追い出されて激減し、海から外敵の侵略が発生。海の種族がこの領地に来ることに対してはリヴァイアスは寛容らしく、精霊バリアは発動しなかった。
初めはリヴァイアス家の代行として有力者や有権者が自治をしていたのだけどそのうち帰ってこないリヴァイアス家と全滅の一報が入ってきた。
いくつもの有力者や有権者が領地の主導権を奪い合い、入り込んでくる外敵をどうにかしていたりとしているうちに「オベイロス国など関係なくもうリヴァイアス王国で良いんじゃないか?」という流れに。なんでそうなった?
外敵が来てもずっと自分たちで対処していたし、この領地はリヴァイアスの力が強い分亜人種にとって楽園であると急激に発展している。
「じゃあ今のリヴァイアス王家はどうなってるのですか?」
「んな”ぁ”~」
「それは……面倒ですね」
今のところ王国というのは暫定で玉座は空だ。しかし、リヴァイアスにさえ認められれば自分が王になれると権力を有する氏族の長や突出して才覚があるものが集まって加護を得られるようにアピールしている。
浜辺に住む猫の種族である彼女よりも強い種族が有力らしく、竜人、狐人、魚人、鯰人、亀人辺りが有力でたまに陸地に近づくリヴァイアスに酒や舞いを披露して頑張っている。
ちょうどリヴァイアスが近づいてきていて浜辺は大忙しだそうな……。
「にゃーはにゃーにゃ、るるるるにゃにゃにゃー?」
「私は、リヴァイアス家の事は殆どわかりません。しかし、フラーナ・レームという母親がリヴァイアス家と縁があった人間だったようです。シャルトル王に今の話をしてきてもいいですか?」
「にゃーにゃ」
気に入ったらしい堅焼きクッキーをもう少し出してから部屋を出ると別の猫の人がこちらを見てきた。
多分全部脱いで寝転んだら大きな猫。何匹、いや、何人もいる。壁の門で何人にも見られながら移動する。こういう時は「怪しい行動はしてませんよ」とアピールしないといけないしゆっくりと部屋に帰った。
後ろから「あれなんだ?」「触ってみる?」「怖くない?」だのとニャーニャー言っていたがそのまま部屋に戻った。すぐ、二人にこの領地がどうなっているのか報告した。
「それよりフリムよ、あの「にゃー」で何故そこまでわかるのだ?」
「はっきり言ってたじゃないですか、それよりもどうします?ここを王都扱いしてるのなら危ないと思いますし一度帰ります?」
「いや、残念なことだがオベイロス周辺ではよくあることだ。フリムよ、王を選ぶ精霊も特別だが、力を持った強い精霊の存在もその土地に住まう者にとっては特別なのだ」
王様は精霊との契約をする場を取り持ってくれるが、自然界にも精霊はいて王様を介さなくても精霊と人は様々な形で繋がりがある。
強い精霊で我の強いものは争うこともあるが基本スタンスとして王によって精霊が人の世に増えることを歓迎しているとか……いまいち良くわからないがその不思議生物SEIREIがいることによってこの国は他国に比べて武力が確保できるし他国は土着の精霊がいるからなかなか侵攻してこれない。
地方自治も精霊主体だから税金は献上しないって貴族もいるが日本でいう土地神扱いされている精霊にとってはオベイロスの王様は大事なようで基本的に税金は支払われる。
聞いていてシャルルは少し可哀想になってきた。自分でも王様になりたくてなったわけでもないのにこんなに苦労していて……もう少し優しくしてあげようかな。
「しかし……海からの侵略は厄介だな」
「そうですな」
「というと?」
「我が国には陸軍と空軍、川や湖を守る水軍はいるが海に関してはこの周辺の領地任せだ。リヴァイアスはオベイロス王家と仲が良かったしこれまで海軍を王家が作ることは考えていなかったのだが……海賊ならまだしも国家単位の侵略であれば厄介すぎる。しかも地理関係を考えるに敵は他国からということになるが………どうしたものか」
このゴージャスなイケメンな青年はきっと日本だったら渋谷?とかでモデルでもやって彼女を何人も作ってもてはやされていたと思う。
なのに王様なんていう責任重大すぎる役割を押し付けられて精霊は基本フォローなし、まだ若いだろうに……水でもだしてあげるか。
「陛下、私めに言いつけてくだされば他国からの侵略程度、この腕で撃滅しましょうぞ!!」
「爺、貴様少し若返って情緒がおかしくなってないか?少し前までは腰が痛いと階段で動けず固まっていただろうに……というか俺の護衛はどうなる?」
「……あっ」
400歳は過ぎていて何歳かわからない宰相もいつも近くにいるシャルルから見てもおかしくなっているようだ。これが平常運行だったらちょっと怖い。
しかし、そんなに危険なら一度帰ったほうが良いのではないだろうか?
元の想定では完全無人の可能性だってあった。良くても寂れている領地に少数の難民に近い生存者のみ。それが敵地に近い状態になって栄えてしまっているし……ここにいるのはどう考えたって危険だ。
「そういえばシャルル、レージリア宰相は何の魔法が使えるのでしょうか?」
「魔法?あぁ、爺は―――――」
宰相は筋力をもってサイのような獣を倒していたが流石に特別な技能があるからこうやって王であるシャルルが安心してここに来れたのだと思う。何か技能があるのなら知っておきたくて聞こうとしたのだが……
その前にドアが大きくバァンと開き、大きな牛の獣人が入って来た。
「BUMOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
ビリビリと空気が振動して怖い。杖を手に取り構える。
「フリム、あれはなんと言っている?」
「え?「敵国の人間がいるたぁ俺様も運がいい、首を引きちぎってリヴァイア様に献上すればこの俺こそ海王に近づける!!」って言ってますね」
「嘘だろ何で分かるんだ?!」
こちらを睨んでドッドッドッと鈍く思い足音を立ててこちらに向かってきた牛の獣人。それに対して私はシャルルの前に出て水を展開した。
どれだけ重いかわからないが後ろにシャルルがいるし私が避けるわけにも行かない。怪我させるかも知れないが思い切り行こうかと力をためた。
―――――……が、レージリア宰相が前に出て……両手を真っ向から掴んで大きな牛の獣人の突進を止めた。
「MOOOOO??!」
「この程度ですか?」
突進を軽く止めたレージリア宰相。
あまりにも体格が違うはずだが、ミチミチとレージリア宰相の豪華な服が膨らんできた。
「M”O”っ!!!??」
「この程度で陛下の首を取ろうというのですか?私のいる前で?」
「――――………??!」
もう、私から牛の獣人の姿は見えなくなった。
獣人は石でできた床に力で押しつぶされた。
「爺は光と樹の精霊の加護を受けただけの老人で、戦い方は筋肉だ」
「――――見ればわかります」
ビリリと服が破れてパンツスタイルになった宰相。大きな筋肉が目につく。ボディビルダーよりも筋肉があって……多分人間じゃない。天井近くに頭があって………遠近法が狂ったかのように大きくなっている。
もはやシワだらけのおじいちゃんという印象はない、きっと油でテカテカに塗ればさぞ目立てることだろう……ちょっと光ってる気もするし。
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