第106話 従姉妹の危機、エルストラの機転。
まさか女性用トイレにまで男性が入ってくるとは……。
わたくしもフリムと話す機会のために考えてはいた。もしかしたらフリムの派閥の側近の誰かがこっそり話しかけてきてくれるかもと……だからこそいきなり攻撃はしなかったが、普通に考えて変態だ。
丸っこい男性でスカート、掃除に使う布で顔を隠している。あまりにも珍妙な姿ですが……良く私の護衛もこれで通したものだわ。
「それで裏切ったふりをして人を集めている。そういうことかしら?」
「はい、エルストラ先輩はフレーミス様に味方だとおっしゃったそうですし、失礼ながらご実家との関係を考えれば……」
「そうね、でもなんでブレーリグスに声をかけなかったのかしら?」
わたくしの護衛に声をかけたほうが確実のはず。
なのにこうやって私に声をかけてくる。
「俺もフレーミス様の護衛であると自負しています。貴女がもしもフレーミスと害すつもりなら雷剣殿を放逐した形にして仕向けたほうが容易いはず。そうせずに会いに行こうとも男性である雷剣殿の邪魔が入らないようにフレーミス様に近づこうとしている。………見ていればわかりますよ」
「そう、貴方機転が利くのね?」
「いえ、周知の事実です」
「えっ?」
こっそりとしていたはずだけどそんなに目立った行動だったかしら?
ま、まぁいいでしょう。その御蔭でこうやってフリムの危険を知らせに来てくれる人がいたのだから。
事情を聞いてみると、よろしく無い状況のようですね。
しかし……フリムの筆頭家臣の息子が裏切り、ね。インフー・デラー・ヒマラエも敵側。しかも孤児院が人質に取られているのなら孤児出身の魔導師や賢者もどれだけ敵となっているかはわからない。
―――――……腹が立って仕方がない。
いったい、あの子が何をしたというのだ。
「………っ」
「どうか、エルストラ様がフレーミス様の味方というのならどうかご助力を願いたくっ!!」
思わず握りしめてしまった拳。それをどう感じ取ったのか……この男はトイレの床に両手をつき、頭を私の靴に落とした。
――――……貴族としてありえない。
この子のことは調べ尽くしたが……この状況であれば裏切ったほうが楽なはずだし、何なら別の派閥に身を寄せても良い。なのに、主を助けるためにこうやって卑屈にも見えるほどの助力を求めてきている。
敵だらけのあの子の周りにもこうして慕ってくれている子はいるという事実は純粋に嬉しく思う。
「もちろんです。それよりもここが何処かわかっているのですか?立ち上がって静かにしてなさい」
「はい」
しかしどうしましょうか?
学園に何人も居る実力者の中でもインフーは火の精霊と契約した真の強者だ。このような事態であれば動いているはずの薬師クラルスとは相性が悪い。
学園の最大戦力の一人が敵に回るなど……最悪です。それも絶対裏切ることのない前提の者が。
「あの」
「少し考えています。掃除をするふりでもしていてください」
「はい」
わたくしにとってフリムを守ることが大事だ。
インフーを倒す必要はない。インフーを縛る魔導具を撤去することができれば敵対すらしなくとも良い。
わたくしの護衛を動かせば……だめですね。きっとブレーリグスは戦いが終わるまで私を隔離しようと動くかフリムを攻撃する勢力に加担するはず。
どうすれば良い?とにかくフリムのもとに行くべき?
既に戦闘は終わっているかもしれない。いや、王の乳兄妹の一人にして王宮の闇を打ち払ってきたエール女史があの子にはついている。それに、あの子自身の魔法力も考えれば、そちらに向かうよりも孤児院に向かったほうが良い、雷剣の剣の先がフリムに向けばそれこそ危ない。
………この雨だし、水魔法には有利なはず、どうか無事でいて欲しい。
しかし、無策に孤児院に行ってどうなる?
こんなことをしでかしている以上、敵にも使い手が居るはず。隠密に長けた者たちだけならどうにか出来るかも知れません。わたくしにも自信はありますし、この太った子もそれなりに使えていたはずですけど………人手が足りていませんね。
「決めました。まずはここから脱出します」
「その後は?敵の監視もありますが」
「フリムも貴方もこのような事態への策は考えておくべきでしょう。戦力不足であるのなら戦力を連れてくればいいだけのこと」
モーモスは少し希望に満ちた目でわたくしを見てくる。
彼からすればわたくしが真に味方かわからずに……不安だったのでしょう。
「わたくしが信用できる人間に声をかけてきます。ここの人間にも声をかけて孤児院側に揺さぶりをかけます……時間を稼ぎましょう」
明らかに関係のない勢力の騎士科や魔導師に声をかけましょう。外部から来た敵がこの学園内のことを詳しくは知らないでしょう。新入生のこの子には全てが敵に見えているかも知れないけれど……わたくしは仕方無しとは言え長く居るからわかることも多い。
この子にはわたくしが学園の手勢を連れてフリムに敵対するとでも知らせてもらいましょう。
それと同時にここの仕事で関わりのある孤児とマーキアーとかいう護衛に業務について孤児院に話を聞きにいってもらいましょう。少し危険かもしれないですが仕事であれば隠密で行動している部分もある敵勢力はそちらに注視するはずです。
打ち合わせはうまくいきました。わたくしの無表情と言われる顔を信じるなんてよほどこの子も切羽詰まっているのだろう。
「わたくしが先に出ますので……杖にかけて全力を尽くすと約束します」
頭を下げる彼を置いて先にトイレから出る。
ずいぶん長く時間がかかってしまったがブレーリグスには何も言われなかった。
「少し冷たいものを食べすぎたわ。洗濯場に用があるから向かいます」
「はい」
本当に聞かれていなかったのか不安になるが、何も言ってこない。
洗濯場は当然ながら閑散としている。数日雨が続いているし当たり前だ。
「いらっしゃいませ、御用向きは何でございましょう?」
「洗濯していただいた服に不具合がありました。責任者を出してください」
「しょ、少々お待ちを!」
可哀想に、真っ青になって人を呼びに行ってしまった。
「お待たせしました。ここを任されているマーキアーです」
「エルストラ・コーズ・ルカリムよ」
フレーミスに信頼されているらしい女性。マーキアーだ。
他所に行っていなくてよかった。彼女になら話すことも出来そうだが……明らかに訝しげな目でわたくしを見てくる。
彼女からすれば敵対しているわたくしが来たのだから警戒して当然でしょう。
「失礼ですがお客様、衣類の洗濯について、「いかなる理由でも苦情が言わないことを条件に仕事を引き受ける」と説明があったはずですが?」
「そうね、でも衣類に悪戯がされているようだから確認してほしいの」
「悪戯ですかい?」
「そうよ。見せたいから個室に案内してもらえるかしら?」
「わかりました」
これしか思いつかなかった。ただ個室で話を聞いてもらえるのならそれでなんとかなりそう。
問題はわたくしの護衛であるブレーリグス……この男も当然かのようについてこようとしている。
「ブレーリグス、貴方はここで待ちなさい」
「は?」
「問題があったのは下着なのよ」
「しかし」
この男は武力を誇っているからこそわたくしにつけられている。
一番近くにおける侍従という形を取っているため、下着の問題であっても近くにいても不思議ではない、が。
「お父様に言いつけますよ?」
「わかりました。何かあればいつでもお呼びくださいませ」
「わかってるわ。心配性ね」
ふぅ。
この男は侍従としてのあり方よりも護衛としてのあり方を重視している。お陰でわたくしにはまともな従者はいませんし大変ではありますが……。
「人払いを、マーキアー」
「はい」
出されたお茶を飲んで落ち着く。怒ってはないという印象のためにも必要だ。
フリムと私達との間柄では堂々と毒も入れられないでしょう。
「近くに来なさい。……実はフリムの危機を知り、ここに来ました」
「……どういうことで?」
フリムの状況を説明、また誰が敵であるかわからないということも。
マーキアーはフリムによって奴隷から解放されただけあって忠誠心はあるようだ
彼女たちには洗濯場や銭湯のタオルが足りてないからと言う理由で孤児院に皆で取りに行ってもらう。危険だけどこの長雨では不自然ではないはずですし……わたくしが手勢を集める間注目を集めてくれればそれでいい。
「わかりました。しかし本当にそれだけでいいんですかい?」
「充分よ。危険だと思うけど任せられるかしら?」
「フリム様の為なら―――この身、ご自由にお使いください」
やることは決まった。問題は時間を稼いでもらっている間にどれだけわたくしが人を集められるかだ。
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「攻撃した俺を許してくれるというのか?」
「時間は稼ぎます。どれだけ稼げるかはわかりませんが―――あとはインフー先生次第です」
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