第105話 モーモスとエルストラ。



――――パキスの裏切り。



いつも「肉団子」などと無礼に呼んでくるやつの様子がいつもと違うのにはすぐに気がついた。


一応ルカリムの家のことは調べていた。


各地で終結した政争。長い闘争は王都から離れたボーレーアスだと言うのに暗い雰囲気が漂っているのを感じていた。いつも「誰が死んだ」「誰が裏切った」「誰がこちらについた」………そんな嫌な言葉ばかりが入ってきていた。


一応はシャルトル王が王位を得て終わった。だがシャルトル王のいる中央領地よりもライアーム様の居る王家の地はうちの領地と近かった。だから自然とどうしてもライアーム派閥に近くなった。


自分にはそんな争いは関係ないと風の魔法を鍛える毎日。風と火は国の中でも重要視される。だからこそずっと国で一番の魔法使いになれるようにただただ鍛錬し、他の家の人間に舐められないようにしてきた。


厳しい教育も、自分の成長には母の名誉がかかったものであって苦ではなかった。努力して風の使い手としては二つ名がつくほどに鍛錬をしてきた。


終わったかのように見えたその争いは裏で続いている。その最前線とも言えるのがフレーミス様のルカリム家だ。国を揺るがす問題の最前線、貴族であれば誰でも知っている。そんな事情も知らずに愚かな俺は頭を突っ込んだ。


学園で自分の足りないものをすぐに痛感した。


レドリグの言葉通り、何も知らない自分はフレーミス様に突っかかって行った。


何が悪いのかもわかっておらずに我儘に振る舞った当時の自分を思い出すと今でも顔が燃え上がるように恥ずかしい。



それにあの戦い……いや、戦いにもなっていなかった。



本気で「ちびになんて簡単に勝てる」と自惚れていた。圧倒的上位者であるとも知らずに向かって行き……自分の全てを出し尽くしても一歩も動かせずに負けた。


自分は家族に捨てられた。しかも上位貴族の当主に楯突いた、そんな人間の末路は決まっている。……だと言うのにフレーミス様はこんな自分を拾い上げてくれた。


自分より厳しい環境に居る彼女は、自分よりも小さいのに寛容で……敵であった自分の傷を心から嘆いてくれた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「じゃあそうだな……お前は銭湯で働くこともあったな?銭湯に行って、もしもこっちのことがバレたら報告に来い。それとこっちに味方になりそうなやつを連れてきてくれ」


「この建物の警備をしなくてもいいのですか?」


「こっちにも事情があるしな」



ライアーム様が王となった暁に得られる報酬……爵位や領地、そして金。


男は「働きを見て報酬は決まるのだから励め」というのはうまい手だと思う。


しかし、レルケフと呼ばれるこの男はわかっていない。このこの男が元々考えた作戦ではないのだろう。だからこの男がどんなに結果を出してもその上役がこの男の成果は横取りするだろうし、この男もこの男で末端である自分たちの成果は横取りするつもりだ。どんなに成果を持ち帰ったところで……意味がない。



「では行ってきます」



孤児院自体の警備をしたかったがそれはそれで都合がいい。賢者の集団でもくれば学園外の諍いを厭う彼らは杖を掲げて参加してくれるだろう。


そうすれば簡単にこの状況は逆転できる。


エンカテイナー元学園長はこの国随一と言われる魔法の使い手だ。竜も大精霊も退けた彼がこの事態を知れば……こんな連中どうとでも出来る。



「おい待て」



背筋が冷えた。


勝算が態度に出てしまっていたか?



「何でしょう?」



不自然にならないように振り返れたと思う。


雨の中外に出た自分を呼び止め、彼自身もわざわざ近付いてきた。



「銭湯にはうちの人間も居る。学園中に俺等の仲間がいる。―――――変な気を起こすなよ?」



肩を叩かれ、耳元で一言。――――賢いな。


風の魔法使いは声を届けたりするのも容易だ………裏切りを防止してきたか。



「もちろんです。このモーモス・ユージリ・バーバクガス・ゴカッツ・ニンニーグ・ボーレーアス。汚名を晴らすべく誇りを持って働きましょう」



杖を取り出し、雨の中レルケフの足元に膝をついた。



「そうか、励めよ」


「―――はっ!」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




銭湯についたは良いものの……何処にどれだけの監視の目があるかは分からなかった。


いつも通りの銭湯、いや、雨が降っているせいか客は少ない。



「お疲れ様です」


「「「お疲れ様です」」」



身分関係なくフレーミス様が考えた挨拶をして裏に回って仕事を確認する。孤児は明るく元気だし……きっと状況を知らない。


もしも誰かに話して大慌てでもすれば孤児院が危ない。


パキスのあの状況からここの上の加熱魔導具が取り外されているはず……なら火属性のテルギシア・フェニークス嬢、もしくはレーハ・カルチャル・キンジー嬢が居るはず。いや、居る可能性が高い。


彼女らがいれば心強いが……だめだな。俺に任された仕事は「勧誘」である。明らかにフレーミス様につくという人物に声をかければその時点で裏切ったと見られるかもしれない。



――――しかし、裏切ったとて問題はないのでは?



自分はおそらく末端の捨て駒。軍を動かすのにその駒は捨てても問題ない。


であれば、自分がなにかすれば自分への刺客が増える分パキスが楽になるか?自分の行動で大局が動くことはないはず。人質の爆破だってフレーミス様の安否がわからないうちは出来ないはずだ。


……誰が敵かわからないというのは難しいものだな。風で何処に誰が居るかはわかっても、誰が「裏切っているか」なんてわからない。麗しき風の魔法使いであっても心が読めるわけではない。



「モーモスさん、そんなに濡れて……今日は従業員用の服に着替えませんか?」


「かまわ……いや、そうする」



心配してくれる孤児の子だがそれが本当に心配なのか、監視や指示なのか。


この衣は伝統と格式あるもので脱ぐのは嫌なんだが。


従業員用の服で体にあったのは女性用の大柄なものしかなかった………。


男用の履きものはこの腿の肉が侵入を遮り、一つもなかった。く、屈辱である!!?



クソ……新しい母上も何が「貴族の当主となるものは富の象徴として太っていて当然」だ!俺のような体型の人間……学園で一人も見かけないぞ?!


…………仕方ない。女性用のものでも足は膝まで隠れるし、頭も掃除に使える顔隠しが出来る。胸元は少し余裕があるが布でも詰めておけばいいだろう。いや、戦場の嗜みで腹や胸に布を巻くことで怪我を治すとあったな、いざという時を考えてなにか詰めて巻いておこう。股がスースーするのは落ち着かないな。



「すー……はー………」



フレーミス様は困ったら深呼吸すると良いと言っていた。よく考える。仲間になってくれそうな人物を。


誰が居る?


考えられるのは現学園長、彼女は妹の不始末で学園長に就任して飲んだくれている。王宮でも研究所の局長の座を争っていたというのに強制的にこちらに来てしまったし、フレーミス様が直接倒したというのはもっぱらの噂だ。………だめだな。そのまま裏切りそうだ。


マーキアーという奴隷ならどうだ?ここか隣の洗濯場にいて忠誠心もある。言い分として元奴隷であるから声をかけたと言えなくもない……か?いや、彼女の待遇は奴隷でありながら騎士のようであり、誰が見ても裏切るようには見えない。奴隷であったならこっそり伝えてもすぐに騒いでしまいそうだ。



ひとまず外に出て掃除していく。



どこかに『大賢者』ユースス・ドリー・ ヴァリエタースがいないかと探す。彼さえいればどんな敵でも倒せるはずだ。


掃除が下手だからか目立っている気もするが仕方ない。


掃除を続けて移動していると、一人、気になる相手が来た。



今のこの状況、やろうとしていることは人間の屑だが……緊急事態である。



「………」



護衛を横切って清掃員として中に入る。



「すいません、お話よろしいでしょうか?」


「なんでしょうか?貴族への無礼がわかって言ってるのかしら?」



突き付けられる杖。貴族が用を足しに来てその場に入るなど……いきなり攻撃されないだけマシか。



「フレーミス様の緊急事態です。声を荒らげずにお話できますでしょうか?」


「何かしら?すぐにおっしゃい……その珍妙な姿にも関係があるのかしら?」


「そこは触れないでください」



掃除用の上着に女性用の履物はそんなにおかしかったか?この肉にたるんだ足が出ているのは恥ずかしいが……。


しかし、この女、ルカリム本家の令嬢がどちら側なのか……見極めることが出来るだろう。


フレーミス様とエール様が彼女が「私は味方だと言っていた」という相談をしていたのを聞いてしまった。明らかに怪しい。怪しいが……怪しそうな人間の筆頭に声をかければ敵の撹乱になるだろう。


フレーミス様は「本心だと思ったけど無理だよね」なんて言っていたがどうなるだろうか?――――事態を悪化させなければ良いのだが。

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