第103話 裏切り。


しばらくすると婆に動きがあった……かもしれない。


婆しかいない離れの建物。その小さな建物に何人も人が入って、不自然に出てこない。


いつもより注意して建物の近くの雑草を引き抜いて音を聞いていたがまともな話は聞けなかった。


神殿では人が集まってなにかすることもあるしそう言うもんかもしれない。だが、中に入った奴らはなんかが違う。



「しけたところだな教会なのに」「裏でも豪勢にし」「せめぇよ」「イアーム様に忠誠」「今日の飯は」「クソ」「いい具合だ。伝手もで」「カリムに」「塩とってくれ」「削りすぎるなよ」「味気ね」



わからん。フリムにとっては敵かもしれないが、実際事を起こそうとしないと報告もできない。


この学園には戦いに慣れた奴らもいるし騎士かもしれない。


「普通」のことかはわからんが、もしもこいつらが「普通」だったらフリムに恩を売るどころか迷惑になっちまう。


色黒にも俺がフリムの関係者と知られている。


確実にそうだと思える言葉を聞けるまで、動けなくなった。


神殿への奉仕活動はやりたがる奴は少ないし、こんな裏の掃除なんざ俺一人だ。このまま情報を集めよう。



――――いざという時の準備をしていたが、予想外のことが起きた。




「お兄さんが来ているから空いてる向こうの部屋を使うと良い」


「は?」



ミュードとはたまに話し合っている。肉団子と殴り合うのはよくないとかたまに注意される。


よく顔を合わせているし、今更何だ?



「銭湯で働いていてね、いやー、弟想いの良いお兄さんじゃないか!大事にしなさい」


「おぉい、元気してっか?パキス!ミュードもいんのか!」


「………兄貴」



最悪だ。暴力がそのまま形になったような人間……それがレルケフ兄貴だ。俺だって機嫌が悪いからと何度もボコボコにされた。


俺は分家のドゥラッゲンの跡継ぎになるようにダワシの爺に言われてるが、他の兄弟の誰かが親父のドゥラッゲンの後を継ぐことになる。


ついでにいらねー気を利かせた肉団子によって一緒に話すようにとミュードも別室に来ちまった。クソが。



「ミュードは貴族の坊っちゃんの世話係だっけか?ちゃんとやってるか!おい!!」


「それなりに、兄さんはどうしてるんですか?」


「俺か?おらぁ下積みよ!このガッコーで働いてらぁ」



兄弟で親父よりも強いとしたらこいつぐらいだ。



「それよりよ、フリムをどう思う?」


「「!?」」



ミュード兄貴達はどんな時だろうと「フリム様」というように親父にしつこいぐらいに言われていると聞く。


なのにレルケフ兄貴がそう言う。しかも兄弟だからわかるがなにかやろうとしてウズウズしている時の兄貴だ。


絶対ろくなことじゃない。



「あぁ、フリム 様 な。良いじゃねぇか俺らしかここにはいねぇし。全く、あのチビがあんなに偉くなるなんてなぁ」


「自分は、ちゃんと仕えるべき主だと思ってますが」



ミュードの兄貴は態度からして明らかにフリムを主として動いている。


たまに肉団子といるところで話すが、ミュードの兄貴は俺のことをフリムには言ってないようだ。



「そうか、まぁ俺とお前は親父の跡継ぎになるかも知れねぇしな。パキスはどうだ?」


「……俺はどうでもいい」


「あ?あぁそうか、お前は別のドゥラッゲンだったな。ややこしいねぇ全く」



俺等は7人、全員男の兄弟がいる。


俺は別の家の跡継ぎに引き取られた。俺も知らない間に力が強くなる魔法も使えてたし、土の魔法を使える素質があるらしい。


残りの兄弟は俺も見たこと無い奴はいるが……賭場にいた兄弟で親父の後を継ぐとしたらレルケフ兄貴かミュード兄貴のどちらかだと言われている。


レルケフ兄貴は度胸も力もあってルカッツの本拠地だろうと殴り込みに行くだけの胆力も自信もある。親父のように力もあるし親父に最も似ている。身体強化もちょっと使える。


ミュード兄貴は貴族の扱いが上手いし、人のことを考えられる。だが魔法を使ってる様子はない。



他の兄貴たちよりも飛び抜けているように見える。というか他の兄貴共はなぁ……。


―――――しかし、二人共欠点がでけぇ。レルケフ兄貴はあまりにも暴力的すぎる。仲の良い取り巻きでも気分で殴りつけるし、機嫌一つで面倒なことになりやがる。


ミュード兄貴はへりくだりすぎてて糞だ。親父の後を継ぐには度胸も器も足りてねぇ。



まぁ何もしなくても一応貴族だが跡取りとなれるのは一人だ。


ミュード兄貴は争う気はなさそうだがレルケフ兄貴からすればミュード兄貴は邪魔で仕方ないだろうな。


この日はそれだけだったが、ちょくちょくレルケフ兄貴が顔を見せるようになった。


レルケフ兄貴はぶっ殺すと決めるまではニコニコして外面がいいから色黒からの評価も良い。ただ……何もしなけりゃそれでいいし、力もあるから争いになりゃ頼れるかもしれない。



「お前ら、ちょっとでかいことしてみたくないか?」



何度か顔を合わせたが特に用もないのにここに来るレルケフ兄貴。無駄なことはしないし俺等兄弟が心配だなんて本心じゃないと思うんだが……なんか言い始めた。


またアホな思いつきで酒でも作って売ろうというのだろうか?奪うのは得意な兄貴だがだいたいろくなことにならない。



「俺は親父の元から離れることになった。ちょうどいいからお前らも手伝えよ」


「は?また別の賭場でも開こうっていうのか?」


「ちげーよ、このままいたってフリムに従って男爵か、うまく行っても子爵だ。だが俺が手伝うなら子爵にしてくれるって人がいてな」


「は?そんなうまくいくのか?」


「まぁ聞けって、うまくいくんだよ今度は」



何度も新事業に失敗しまくっていた兄貴。腐った酒を通行人に売って親父に怒られたり、面白くもない賭場を開いたりと本当にアホだ。


べらべらと言い訳のように兄貴は話をした。


兄貴は王国の中でも次の王になる人物の部下の人に誘われている。フリムを殺すか連れて帰れば、レルケフ子爵の誕生だ。領地ももらえるそうな。



「それは父上を裏切るってことだぞ?!わかってるのか!レルケフ!!」


「テメェ!」



ミュードがレルケフを怒鳴った。



――――……それはまずい。




「おぐっ?!」


「いつから!!」


「ごっ……」


「俺に!偉そうな言葉が聞けるように!なったんだ!!?ア”ァ”ン”!!!??」



一言一言、容赦なくボコボコにされていったミュード兄貴。


殺す気はなさそうだし手出ししない。



「なぁパキス。オメーもこっち来いよ。土産代わりにちょうどいいしな!」



誰かに唆されてるのか?


俺は別のドゥラッゲンだし、俺を手土産にすればレルケフ兄貴には都合がいいのだろう。



「馬鹿な……」


「馬鹿だと!?てめぇ!俺を馬鹿だって言ったな!!!あぁん!!?」


「馬鹿でしょう!?そんなの成功するわけ無いじゃないです――がっ??!」



黙ってりゃ良いのに、ミュード兄貴に良いのが入って気絶したのを俺は静かに見た。


兄貴はぶっとい短剣を持っているし、殺そうと思っているなら殴るよりもさっさと終わらせているはずだ。手早く口に布を噛ませて箱に入れられていた。



「兄弟だから命まではとらねぇが!おい、パキス!お前はどうする!!?」


「俺は―――」



フリムを裏切るのか、フリムを殺すのか?




…………………………………………。




「俺は―――兄貴について行くよ。フリムは俺の部下だったのに、下につくなんてまっぴらだ」


「そうか!よく言った!!」


「でも兄貴、どうするつもりだ?」


「もう手はずは出来てんだよ。ここには魔導具を俺が運んだ。外から来た仲間がこの学園でクソつえぇ火の魔法使いを使ってフリムをぶっ殺すことになってる。出来なくても傷ついたフリムを殺して持っていきゃ良い」



兄貴だけではこんなこと考えられるわけがねぇ。


ちらっと見かけたがモルガもいたはずだ。マーキアーやローガンも来てんのか?



「そんなに仲間がいんのか?」


「あぁ、神殿の婆を使ってな。ギレーネとか言う婆にライアーム様の部下が声をかけてこの孤児院を取り囲んでる。負ける戦いじゃねーんだよ……他にフリムに恨みを持つ奴はいねーか?ここの連中が失敗した時につかいてーんだが」



やっぱあの婆、裏切ってやがったのか。


失敗した。ぶっ殺しとけばよかった。



「なら良いやつが居るぜ」


「どんなやつだ?」


「『旋風』の二つ名持ちの風魔法使いだ。肉団子みてぇなやつだが一度フリムにボコボコにされてやがったし恨みはあるだろうよ」


「そりゃいい!風の使い手なら攻めるもよし!守るもよしだ!連れてこいよ!」



ゆっくり息を吐いて、肉団子の元に向かう。


孤児院に何人か神殿で見た奴らがいる。……婆のもとに一人強そうなやつがいたはずだがここにはいないな。


部下のアホタレ共と同じく、肉団子が授業を受けていた。



「モーモス!」


「モーモスだ!ん?あれ?ようやく覚えたか?ん?貴様……具合でも悪いのか?」


「なんでもねぇよ。こっち来て俺の話をよく聞け」


「なんだ?」



部屋から連れ出し、別の空き部屋に入る……どうすれば良い?


深呼吸して胸に手をおいて話す。ゆっくりだが口に出さなきゃいけない。



「フリムを裏切れ」


「なっ!?貴様!!フレーミス様の庇護を受けて聞いているが貴様の忠義はその程度かっ?!!」



クソ兄貴はすぐに手が出るし暴力的だが、頭が悪いわけじゃない。


多分、風の魔法使いか何かで俺を見張らせているはずだ。



「フリムはこれから死ぬんだよ。インフーによってな……もしかしたらもう死んでるかもしんねぇが」


「――――説明しろ。貴様とて容赦はせんぞ?」


「お前はフリムに皆の前で打ち倒されて無様に負けたんだろ?復讐できる機会じゃないか!ははは!!」


「………」



何が正解かわかんねぇが………あーあ、これも裏切りか。


…………だっせーな。



「お?聞く気になったか?―――はぁ、色黒の作った爆発する魔導具を兄貴がこの建物に運び込んだんだよ。だから色黒はフリムをぶっ殺すことになった」


「………続けろ、ゆっくり、俺にもわかるようにな」


「あぁ、まぁ、そうだな。フリムが死んでるのか、死んでねーのか知らねぇがこの雨だろ?もしも殺せてなかったら襲うことになってんだわ。だから手伝え」


「魔導具とやらはどうするんだ?」


「何もなけりゃぶっ壊すだけだ。俺たちゃこの建物からずらかる。わかるだろ?」


「あぁ、分かった―――俺も満座の中、屈辱にまみれて打ち倒された身だしな。協力しよう」


「そりゃ良かった!ならちょっと向こうに兄貴が居るから――――」



想定外のことがもう一つ起きた。


この部屋には誰もいなかったはずなのに、何処かから兄貴がふっと現れた。



「ははははは!いい友人が居るじゃねーかパキス!!」


「貴殿は?」



俺が気が付かなかっただけか?いや、違うな。俺が身体強化と土の魔法が使えるように、兄貴も―――――


「レルケフ・ドゥラッゲンだ!よろしくな坊主!!」


「よろしくお願いいたします。報酬はいただきますよ?それなりに」


「だはは!わぁってるって!!」



本当にわかってんのかこの肉団子は?



――――……うまくいきゃ良いんだが。


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