第78話 礼儀作法の授業。


「リーザリー!レーハ!モーモス!素晴らしいわ!」


「ありがとうございます」


「とても教育が良かったのね!リーザリーはもうほんの僅かに首を上げたほうが良いわ!優美さがでますからね!………それに比べて、フレーミス?貴女は全くなっていません!」



「……はい」



今まで、学業で大変だったという経験はある。


勉強自体は好きだったが国語の「作者の気持ちを答えろ」とか「この状況を英語でどう表現しなさい」といった問題は苦手だった。数学の問題がどうしてもピンとこずにその部分だけ分からなかった。家庭科の裁縫がうまく出来なくて作った袋が皆の半分ほどの大きさになってしまった……。


問題は解けると面白いし、新しく何かが出来るようになる感覚は好きだった。数学の問題だって友達の変な例えでピンときて答えがあっさりわかるようになったのも今では良い思い出だ。


失敗も多い方だというのは自覚していた。でも努力は私にとって苦ではなく楽しめるタイプだったように思う。……足の遅さなんかは頑張っても改善はできなかったけど。



「この栄えある精霊国家オベイロスの『伯爵』として、自覚はあるのですか?」


「………」



最悪である。私にはこの女性が何を言っているのかわからないからどう答えて良いのかもわからない。


しかも生徒は一律で学ぶが、現役伯爵である私には厳しい水準でもあるのか……何をしていてもダメ出しを食らう。



「わかっているのですか!」


「そもそも、貴女が何を言いたいのかがわかりません」


「まぁ!おぉ偉大なるオベイロスよ!かの者の罪を赦し給え!!」


「………」



一応やり方をしっかり見て、その上で実践しているつもりだがうまくはないようだ。


そんなに出来ていないのか?そもそもの正解が分からないがこのおばさんの判断基準では全くダメダメなのかもしれない。



「手を出しなさい」


「はい?」


「これは罰です」


「貴女は馬鹿なんですか?あ……」



細い棒を取り出して近づいてきた先生に向かって、ついうっかり口に出てしまった。


体罰がありえない時代に生きてきたし忌避感があるのは間違いないが国によっては当たり前だ。そもそも日本にだって過去には体罰は普通にあった。


モーモスの背中から察するにこちらでの教育に体罰は当然。それでも私の考える考えからするとこの罰は不当だし全く許容できないものだ。



「フレーミス!うっ、何なんですか貴女は!?この私を脅す気ですか!!!」



一応後ろの杖を手にとって威嚇する。


私の考えからは……そもそも体罰自体がありえないが、棒で打たれるぐらいなら私一人だったらしょうがないと許容も出来るものだ。しかし、この杖がどう動くかわからないし体罰は事前に阻止する。


脅すなんて考えてもいないし、問題を起こすつもりはなかったのだが……。



「聞こえているのでいちいち叫ばないでください。私が出来ないのは仕方ないにしても学ぶ意欲もある者にいきなり棒で叩こうとするなどどういうつもりですか?」


「当然でしょう!?」


「理解できません。私に気を使わず周りの生徒の貴重な時間を無駄にしないでくださいまし」


「~~~~っ!!!」



何というヒステリックなおばさんか……彼女は入学試験から私達を採点していた。私のことはずっと目についていたのかもしれない。


でも私からすると初対面であるし、こんな対応をされる謂れはない。



「ギレーネ先生にとっては体罰は教育の手段かも知れませんが私は許容できません。それにこの杖が保管されていた屋敷では人が亡くなっていたこともあります。ギレーネ先生が棒で私を打った場合にこの杖のよくわからない機能で貴女は死ぬかもしれません。後ろに下がってください」


「この国で礼儀作法を教え続けて22年!フレーミスの言っていることがわかりません!全くわかりません!!これだから……!!」


「………先生、授業中です。続けてください」


「えぇ、えぇ!ですがフレーミス!あなたはこの私を脅しましたわ!罰として立って見ていなさい!!」


「はい」



そもそもが苦手な科目だったが、まさか一コマ目からこんなにひどいことになるとは思っても見なかったな。


周りの生徒の視線もきつい。


途中エール先生がどう出るか心配だったが私の立場なんかも気もしたのか、それともこれぐらいの教育は当たり前なのか何も言わなかった。


この先生には元から嫌われていたという可能性もあるが……もっとどうにか出来なかっただろうか?


教室から出て行っても良かったけど立って聞き続ける。


鐘が鳴るまでなんて嫌な時間だっただろうか、不謹慎だけどほんのり浮く杖もあるからただ突っ立っているよりも負担は全然なかったと思う。まさかこの杖をこんな用途で使う日が来るなんてな。



「今日の授業はここまで。フレーミス、貴女はわたくしの授業で座ることを今後許しません。しかし、今なら頭を垂れて真摯に反省し――――私どもの会に支援すると約束するというのなら特別に許して差し上げてもよろしくってよ?」


「はぁ?」



何を言っているのかわからない。言っている言葉の意味は遅れて理解できたが……こいつは馬鹿なんじゃないだろうか?


周りに視線が気になる。


この国では賄賂や贈答は当たり前だ。一応安全のためにも私のルカリム家からも学園の様々な研究に対していくらか包んでいる。しかし賄賂というものではなく、これは「未来の若者のためや研究によって少しでも世の中がマシになるように」などという風潮や建前もあって「私の安全のためにも!」という個人的理由もあって行っている。


精霊教の神殿や学園や研究機関に対しての寄付は高位貴族であれば当然らしい。



しかし、これは―――――


「これから貴女の授業は受けません」



さっさと出ていく。付き合っていられない。



「なっ!!?わかっているのですか!!それがどういうことなのかを!!!」


「えぇ、私がここで公然と要求された金銭を支払ってしまえば、これから受けるどの試験も全てお金で解決したと見られかねません。だから支払いようがありませんよ?それではごきげんよう」



杖でトンと床を叩いて「これでこの話は終わり」と分からせた。


こんなに皆の前でやられて……礼儀作法以前の問題だったな。



「~~~~~~~~~~~っ!!!」



ドアを閉めると後ろから金切り声が聞こえた気もしたが……やっちまったなぁ………。



「よろしかったのですか?清々はしましたが」


「仕方ないかな?授業は受ける気でいたんだけどね」



貰い事故のようなものだと割り切るしか無いだろう。私だって礼儀作法は苦手だと言っても学び自体のは楽しいと思っている。


だが、何が悪かったのか……いきなりこんな事になってしまってはもう取り返しはつかないだろう。


フォーブリン様とバーサル様に礼儀作法なしでの進学方法を聞きに行こうかな?



「あの人は学園でもここのところちょっと問題のある方なので……それにしても品がなかったですね」


「詳しく」



彼女は学園長の妻であり、現侯爵の娘だ。


彼女の父であるエンカテイナー侯爵は「教育こそ国を強くする」と考えていていて、学園への経済的支援を人生をかけて続けている。


さらに彼女の旦那は学園長であって、二人の存在があればこそギレーネは大きな顔が出来る。



「それ、流石に苦情が来ません?」


「勿論知らない生徒から苦情は上がりますよ?私達も何度、喉に杖をつきつけたくなったことか……。あの先生は良く問題を起こすのですが、授業自体も細かい部分も気がついてそこまで間違ってないという点も大きいのだと思います」


「なんて嫌な先生なんだ……」


「学術の色の濃い人材が集まりがちなここではあまり礼儀が詳しい者は少ないですし、騎士志望の粗野な者が相手でも物怖じしません。教師としてもまぁまぁ優秀なんですよ……それなりに慕われてもいます」



体罰に賄賂と謝罪の要求。


どちらもこの国ではそこそこありなことだし……今からでも謝るか?いや、無理だな。



「ユース老先生のところに行きます」


「わかりました。それが良いでしょうね」



やってしまったことは取り返せない。どうにか別の方法を模索しないといけない。

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