第75話 フリム水、効果あり!


モーモスの報告書と彼自身から事情を聞いて悲しくなった。


モーモスの母親は身分の高い人ではなかった。それでも父親と比べると非常識なほど差があるわけではなかった。


しかし、彼が生まれると同時に彼の母は死亡。父親は少し格の上の相手と再婚。新たな子供も生まれて……モーモスは後妻にとって目の上のたんこぶとなって、よろしく無い生き方をしてきた。


食べ物は好き放題食べても良いと……肉は食べれば食べただけ大きくなるし、自身の成長は父親が喜んでくれると唆されて太り、体に叩き込まれるほどに厳しく勉学や魔法、礼儀作法などを学んだと。



―――上着を脱がされた彼の背中は傷痕だらけであった。



古い傷もそこそこ新しい傷も、幾つも重なり、背中一面が何かで叩かれたとはっきりわかってしまう。


現代でこんな傷があったらきっと親は児童虐待の罪に問われるだろう。


いや、凹むわ。


彼の境遇が悲しいのもあるがそんな子供を彼のためとは言っても、ふっとばして吊るして説教したのか私ってやつは…………。



「よくある話だわ」


「―――よくある話だが、酷いな。クラルス、いい薬はないか?」


「……生傷だったらすぐに治せるけど……そうね、何だったらこの水を飲むといいわ」



私の出した水をフリフリと動かしたクラルス先生。



「私の水ですか?」


「そうよ、普通の水よりも魔法で作られた水のほうが体に良い理由は知ってる?」


「いえ」


「光の魔法は体を治すことが出来るのは純粋に近い魔素が体に影響を与えて治すのよ。ここまでは知ってるわよね?」



上着を着て席についたモーモスに向いて知識の確認をするクラルス先生。


頷く彼に、首をふる私。


インフー先生とクラルス先生は私を見て「えっ」って顔をした。ま、まぁ続けてほしい。


一般的には「普通の水よりも魔法使いの水の方が良い」程度は教わったが詳しくは知らない。今までに読んだ魔導書にはただ漫然と体に良いとはあったが……。



「コホン、それでね、えー……このドワーフ製の杖は水を出すのに魔石を使う。魔石は魔物の核や自然に生まれるもので、それを魔導具の力で水を出してるわけだけど、この水は美味しくはないわ」



空いたコップに従者の杖で水を注いで教えてくれるクラルス先生。



「この国の水の魔法で出された水には道具には出せない効能があるわ。光の魔法ほどじゃないにしても体調を整えたり傷を治したりね。フリムちゃんは思い当たることはない?」



よく考えれば疲れたり胃がチクチクしていたときには直ぐに水を飲んでいたし、風呂でリフレッシュしたら「明日……絶対筋肉痛!」って時でも朝にはスッキリだった。


いつの間にか水の魔法で回復していたらしい。


ただ、顕著な効果がはっきりと現れるほど水の魔法は効果が高いものではないが高位の水魔法であれば実感できるほどよく、薬を作るのにも普通の水よりも魔法で作られたものが良いそうだ。


そう言えば、魔法を使える人ほどフリムちゃんの水の評価が高い気がする。「やけに美味しい」「体に染みるようだ」「最高」などと言われる反面人によっては「普通だ」と言ってる人もたくさんいた。……もしかしたら親分さんが私をそばにおいたのもこれが原因なのかもしれない。



「ありました……。モーモス、いっぱい飲みなさい」


「あ、私ももう一杯!」


「どうぞ」



治療になるのならいっぱい飲ませよう。


クラルス先生も水を欲しがったので水さしにいっぱいに水を注いでおく。



「しかしどれほど価値があるのでしょうか?」


「そうね、水の魔法を使えるだけならこの学園にも多くいるわ」


「しかし、ここまでのものはそうないだろう」


「安く買い叩きたいわけじゃないわインフー。口を挟まないで……強く水を出せる魔法使いほど……いえ、より高位と言われる魔法使いの水ほどその水は価値を増すわ。特に水の精霊と契約している魔法使いの水は高価な薬にもなるのよ。その水がないと作れない薬品があるほどよ」


「なるほど」


「だから高く買うわ。インフーの阿呆な趣味に比べるとちゃんと私の研究は役に立つものだからね」


「おい!」


「……私に敵対してない先生が高く買ってくださるのはとても嬉しいのですが、お二人はどんな研究をしているのでしょうか?」



単純に肯定するとインフー先生の研究も同時に貶す事になりかねないので質問で返してみた。


そもそもこの人たちは何を研究しているのだろうか?



「私は薬よ。人を美しくし、怪我を治し、病を癒す……特別な薬を研究しているわ。だからどうしてもフリムちゃんの水がほしいの!あ、インフーの趣味は、何だっけ?金をゴミに変えてるのかしら?」


「酷いな、俺は火の魔法使いとして誰もが腹を痛めて死なないように熱の魔導具の研究をしている……ちょっと待て、今、新作を見せてやろう」



インフー先生は分厚い壁のような板をこちらに持ってきた。


それは分厚く巨大で、灰色と焦げ茶色が縞模様の、鉱石を切り出したかのようなものだ。持ってこようとするインフー先生の姿が隠れてしまっているし人一人を覆い隠すほどの大きさの板。


インフー先生は力が強いのか軽々と持っているがクラルス先生は私とモーモスの首根っこを掴んでインフー先生から遠ざかった。



「インフー、馬鹿!またここをふっとばす気!?」


「吹っ飛ばす!?」



「失礼な、今度こそうまくいっている。大丈夫だ……よっと」



机の横に立てかけられたそれはそんなに危険な物体なのだろうか?


インフー先生はコップと水さしを片付け、水さしだけはクラルス先生が奪い取って戻ってきた。


壁際でエール先生と待機する私達。



「―――よっと」



相当な重量なのだろう、机の天板よりも大きなそれが載せられて机の脚がきしむ音がした。



「これはきっと世界を変えるぞ!」


「で、今度は何を作ったのよ?」


「これは、魔素収集式中出力温石板だな」


「………」

「………」

「………」

「………で、それはどう使うのでしょうか?」



説明が続くかと思ったが続かず、エール先生が聞いてくれた。


この先生、多分だけどプレゼンが下手だ。



「火精石の欠片を砕いて、土の高位精霊に板にしてもらったもので……、大丈夫だ。これは安全だ」



説明の途中で私はエール先生に抱き上げられ、クラルス先生はモーモスを掴んでドアの近くまで下がった。



「馬鹿!これだから火の魔法使いはこんな地下に追いやられるんでしょうが!?そんな物作って……学園を吹っ飛ばす気なの!!?」


「ちゃんと安全性は確認した。安心できないならそこで聞くと良い。これはだな―――


プレゼンどころか身の危険かもしれない。


火の精霊の残した石は熱を自然に集める性質があり、それを使って作った板がこの研究物である。


割れなければ全く危険はない。高位の土魔法の使い手に作ってもらった特別製だそうだ。安全性に関してもそもそも火精石、火の精霊石というものは超高価だからそんなに量は入ってはいない。


板の全体が温かく、中央はいつだってお湯が沸かせるほどの熱があるらしい。



「これを世の中に普及させることができればいつでも誰でもお湯が作れるから貧民や子供たちが悪い水を飲んで腹を痛めることもなくなる!」


「その、火傷は大丈夫ですか?」

「あほだわ」

「一体その板一枚でいくら使ったのですか?」

「危ないのではないでしょうか?」



つまりインフー先生はフリーエネルギーのコンロを作ったらしい。


前世の私の専門は経済、エネルギーは密接なつながりがあるからそのコンロが素晴らしい試みということも分かる。貧民や子供を救いたいという思想も素晴らしい。


しかし「割れれば爆発の可能性のある」とかそのコンロは怖すぎる。それにエール先生の質問からしてコストもえげつない程かかっているように推察が出来る。


製造コストもかかるし、目標が貧民や子供用では…………膨大な資金が必要だろうし普及はしないんじゃないかな?



「大丈夫よ、火の高位の魔法使いは生半可な火傷はしないから」


「何が駄目なんだ。素晴らしいだろうが?」


「インフー、貴方は素晴らしい人格者だけど物を作る才能がないわ。誰か殺す前にやめなさい」


「酷すぎないか!!?自信作だぞ!そうだ、三人はどう思う!」



クラルス先生はかなり遠慮なく言っている。


その意見は変えられないと思ったのかインフー先生はこちらに聞いてきた。



「よく、わかりません。水など誰かに持ってこさせればいいでしょう?」


「そもそも希少な精霊石を使い、高位魔法使いが関わってそれ一枚でしょう?それを国中に普及させるのにそもそも材料が足りないと思いますが?予算以前の問題ですね」



モーモスはそもそも何が問題で作られたものなのか自体わかっていなさそうだ。


そしてエール先生の言うことは最もだ。素晴らしいものが超高価な金額で作られても利用できる人間が限られるのならインフー先生の目標には届かないように思う。


その板を一枚壊れるまで使用して最大限の効果を発揮したとして、それを作る製作費で水を買った方が安い可能性まである。



「今はまだ効率が悪いかもしれませんが、その技術を発展させれば使えるものになるかもしれませんね」



こういう研究はすぐに成果が出るものばかりではない。


研究とはそういうものもある。技術の発展によって過去に全く使えないと評価された技術が見直されたりもする。


今はまだ効率が悪いかもしれないが、もしかしたらこの技術が発展すればインフー先生の目標に到達できる「可能性」はある。現状は無理そうだが。



「そう!そうなんだ!賢者フリム!良いことを言う!!今はまだコップを一杯沸かすことで精一杯だが、もしもこれが安価に作れれば誰でも贅沢な湯水で風呂に入れて、誰も寒さに凍えることもない!」


「いい加減にしないと研究自体止められるわよ?火の合同研究で火の研究棟が燃えたのは忘れないからね」


「ぐぅ」



「―――……お湯がほしいのであれば太陽光で沸かしてはいけませんか?」



「え?」


「金属の性質で熱を集めてお湯を作ったり料理をするんです」



自分で言っていて途中から彼らに通じているかわからなくなってきた。ソーラークッキングや銅板の傘のような太陽光を利用した温熱システムはどう説明していいかわからない。


硬貨の存在から金属の種類が考えて使い分けられいるのなら合金や金属の特性の研究をしているかもしれない。



「そ、それはどういうものだ?」


「フリム様?」


「おっと、我が家の新しい商売の話でした。何ならインフー先生、共同研究しませんか?」



エール先生がなんとかカバーしてくれた 。私が明らかに変なことを言ったら口を挟んでくれるように話してある。

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