第74話 インフー先生のお招き。


決闘が終わってモーモスは結構マシに……ちょっとだけマシになった。



「アーダルム、先生……これまでのこと謝意としていくらか包もう」


「違います。今はただ謝りなさい。」


「申し訳なかった」



人によっては「何が悪かった分からないまま謝っても意味はない」なんて場合もあるが、今謝らないと「謝るようなことをした」とモーモスに分からせることは出来ない。



「謝罪を受け取ろう。君ぐらいの歳ならよくあることだしな。そうだな……俺はこの言葉をよく思い出すようにしている―――『己を叡智あるものと驕り高ぶるんじゃない。己は無知で無力と思え。でなければいつか恥辱に溺れることとなる』……だ。君の今後に期待する」



アーダルム先生も少し苦い顔をしているがそれでも謝罪を受け取ってくれた。


なにか苦々しい表情のアーダルム先生……もしかして「先生も昔はもしかして」と察してしまうんだが?いや、モーモスもなにか染み入っているようである。何も言うまい。



「……ありがとうございます」



リーザリーに混じって私も説教する。


平民ごときと馬鹿にしてはならない。授業中喋るのはとても悪いマナーだ。先生は私達に様々なことを教えてくれる上位存在で敬って接すること。学校とは自分を磨き、将来のための場所である。……などと私が説教をすると何故か他の生徒が興味深そうに集まって聞いていた。それとインフー先生が生徒たちの輪の外で目を輝かせていた。



「いざという時、自分では対処の出来ない問題、例えるなら壁のようなものと直面するかもしれません。しかし知識があればその壁を乗り越えること、打ち壊すこと、避けることができるかもしれません」


「それじゃあ……もっとおっきな壁と直面したら?乗り越えられなくて、固くて、避けられないほどおっきいの!」



ミリーは年齢では一番お姉さんだがとても素直だ。


手を広げて大きな壁だったらどうするとアピールしてくる。私の癒やしである。



「勿論そういうこともあります。どんなに頑張っても乗り越えられない壁はあるかもしれません。しかし、そんな時にはそれまで頑張って積み重ねがあるのだから「これは出来ない」という判断ができたり、悔いが残らず諦めることも出来ます。――――それにそんな時、一緒に助け合える仲間がいれば一緒にその壁を壊すことが出来るかもしれません。ミリーは私を助けてくれますか?」


「うん!フリムは私が助けるよ!壁!いっぱい壊す!!」


「ありがとうございます」



努力は必ず結果を出せるものではない。努力を積み重ねたとしてもいざ問題が起きた時に本当に何も出来ないこともある。


今は仲間との助け合いは余分だったかな。モーモスが「部下を集めてやらせればいい」って発想にならないかな?


私の話したのは前世ではありきたりで当たり前な話だったけど……こちらではこんな話自体が珍しいのかなんか知らない人まで集まってきて聞きに来ている。



「あの時あぁしておけばよかった。こうしておけばよかった。もっと勉強しておけばよかった。いつかそう思うかもしれません。だからこそ学びは必要です。今の自分のために漠然とやるんじゃなくて将来の自分や、困ってる仲間や家族を助けるためにやるものです」



一番先頭のモーモスがウンウンと聞いてくれるのは良いのだが後ろに何十人も聞いているのは恥ずかしくなってきた。



「家のため、国のため、民のため、愛のため、友のため、誇りのため、自分のため………自分にとって大切ななにかのため、いつか大きな問題が起きた時のため力や知識をこの学び舎で磨きましょう!」


「その通り、良いことを言う!!」



強引に挨拶を終わらせると大きな拍手がされた。


大きな拍手を始めたのはインフー先生だったが周りの生徒や先生も同調して拍手してくれている。何人かの生徒は杖を胸の前で立てて頭を下げてきた。


インフー先生が鼻をふくらませて出てきた。



「インフー先生にも経験が?」


「いつもだ。いつも力が足りずに悔しい思いをしている。人生は思い通り行かないな……それでもやはり日々の学びは己の力となる」



前に出てきたインフー先生はすごく苦い顔をしている。自分に思うことがあるのだろうな。


ちょうど話が切れたので解散した。



私が現役伯爵であることと、魔導師や賢者の資格を持っていることを伝えるとモーモスはなんか犬のように従順になった気がする。これまでの私のことは全く見えてなかったのか……。


みんなから苦情を聞いたモーモスはこれまでのように「話をしても話の通じない人間」という印象はなくなったものの……これまでの凝り固まった協調性のなさはそう簡単に治るものではなかった。



「そこの平民、拾ってくれ……ん」



紙を落としたモーモスが隣の席の女子に紙を拾ってもらっていた。



「モーモス、平民ではなく名前を覚えて拾ってもらったら感謝の意を伝えなさい。相手は部下でも自領の領民ではなく、学びを共をする仲間です」


「わかりました。平民の君、名をなんというのだろうか?」


「ノータ、です」


「そうか、ノータ。よくやった!」


「そうじゃない」



モーモスはモーモスなりの歩み寄り方を見せてくれるがまだまだずれている。


それはそれとしてインフー先生にモーモスを連れてくるように日時指定で呼ばれたので放課後に連れて行った。


またあの拷問部屋かと思ったが地下に入る前にインフー先生は立っていた。



「よく来てくれた。今日は前の話とは違うから安心してついてきてほしい」


「はい、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」



私が頭を下げたのを見て、モーモスも真似た。



拷問部屋とは別の部屋を通っていく。迷路のようにうねっていたり私の背よりも高い台座が唐突にあったりする。


カツカツと音を立てて進む。足音は3人分、地下ではより音が反響する。私の歩みが遅いのをわかってかインフー先生はゆっくり歩いてくれる。ゆっくり歩いているというのにモーモスの歩き方は酷い。なんでそうドスドス歩くのか……。


あとで聞くと貴族の当主とはそうやって主人が来たことを教えてやるもので、普段の足音は印象づけるためにわざと大きくしているそうな……伝統だったらしい。



「物が散らばっているが触らないでくれ」



案内された部屋はユース老先生の部屋と同じく物が散乱している。ただ本はほとんどなく、大きな紙になにか書き込まれていて……後は何かを作ろうとしたのか、工具のようなものや大きな変な板、鳥の模型のようなもの………ユース老先生の本だらけとは別の汚さがある。


作業スペースや来客用スペースはきっちり分かれて汚さが見える。来客用スペースだけは結構綺麗だな。それとやっぱりインク瓶と折れた羽根ペンはある。



「まずは、三人には腰掛けてほしい。―――クラルス」


「うがっ!?」


「終わったわ」



何処から現れたのかクラルス先生がモーモスの従者を後ろから倒し、部屋の外に連れて行った。



「な?!レドリグに何をする!!?」



杖を取り出したモーモスは杖をインフー先生に向けるか悩んでいるようだ。



「……モーモス君、座りなさい。」


「しかしっ!!」


「モーモス、インフー先生も先程のクラルス先生も学園の治安を護る『賢者』です。座りなさい」


「私は入り口を見張ります」


「エール先生、ありがとうございます」



私もわけがわからないが、少し心当たりはある。



「よくいるんだ。高位貴族に従者がいるのは当たり前だが変なのが紛れ込むことが……モーモス君、一応聞いておくが彼はいつから従者となった?何の魔法使いだ?」


「レドリグはこの学園に入る前につけられました。水魔法を使えます」


「……そうか、彼はモーモスくんの目から見ておかしなことはしてなかったか?」


「とくには」


「モーモス、学園生活でみんなにあれだけ注意されていたのに、従者から何の注意もされなかったのですか?」


「いえ、むしろ風の名家として当然だと褒められていました………まさか、本当に?」



教室の端や隣室で従者は待機しているがこれまでのモーモスの酷い態度は従者が少しは嗜めるべきもののはず、なのにモーモスの態度は抑えるどころか悪化した。


ということは原因の一端は確実にその従者にあるはずだ。



「今、クラルスが調べているはずだ。ただ、わかっているのは彼は風の魔法使いであって水の魔法使いではない。足音がしなかっただろう?」


「「あっ!?」」



この部屋に来たのはインフー先生、私、モーモス、エール先生、そしてあの従者だ。


やけに響く足音だったが聞こえたのは三人分だったはず。エール先生は足音を立てずにいつもいるし、この間高速移動してくれたから風の魔法使いであると見当がついている。クラルス先生はこの部屋の何処かから出てきたから……やはり足音は三人分だ。



「おまたせ」



クラルス先生は時間をかけることもなく一人で戻ってきた。



「どうだった?」


「まぁまずはこれを見て頂戴」



幾つかの道具を机の上に見せてくれたクラルス先生。


杖が三本、なにかの小瓶のような容器、針、短刀、小さく切られた紙によくわからないガラクタ……インフー先生は杖を一つ持ち上げた。



「モーモス君、彼が水を出していた杖はこれだね?」


「……はい、間違いありません」


「これは杖の形をしたドワーフ製の魔導具だ。私は火属性だがこうやって水を出すことが出来る。そしてそこまでうまくはない」



用意されていたコップに水を入れて口に含んで吐き出したインフー先生。



「それにこれは毒の小瓶ね。フリムちゃんお水頂戴」


「私は従者の様子を観察していましたが彼はとても怪しかったですね。従者として働き方が違っていましたからよく目立ってましたよ」


「そ、そんな……つまり、まさか……」



真っ青になったモーモス。誰が狙われたのか、まだわからないがそれでもモーモスは利用されたのだ。


しかも彼の家があの従者を送り込んだのなら……モーモスは「切り捨てられても良い」と判断された可能性もある。

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