第61話 ストレスと添い寝、学校入学決定。


使いたくなかった杖をしっかり握って魔法を発動する。



「<水よ。出ろ!>」



強く水を出していく。というか勝手に出るような感覚すらある。


杖に力を込めればいつもの何倍にも大量の水が出てきてしまう。3重の壁の内側の壁に氷を注いでいく。これが「相性の良い杖」というものなのだろうか?闇の杖では魔力を通すのに抵抗があったがこれはむしろ効果が上がっている。少し水を動かしてみるといつもよりも動かしやすい……ような気がする。


問題は杖の大きさである。浮いているから重みはないが、自分の身長よりも大きいものはやはり持ちにくいし取り回しは悪い。そして指先や手の先から出すよりも杖の先で水が出るから操作はしやすい気もするけど……やはり使用感は全く違う。


壁の内部に注ぐ水は勢いがあって少し心配になるが、ただ一枚の石の壁というわけではない。壁を3層にすることで火や風を防ぐ効果がある。


こちらにはこちらの建物の作り方や発展があるのだなと少し感心した。水を入れることで火と風の攻撃を防ぐことが出来る。外から工作しようとしたら水が噴出してすぐに分かる。水の家ではよくある防犯システムらしい。


いつもの何倍も早く水が出るのは楽しいが――――でも、この杖、やっぱり「どう使って良いのかわからない」のと「下手したら人が死ぬ」って部分が怖すぎるんだよな。



説明書があったとしてもそもそもこの国において杖は魔法の補助具、人を傷つけるための道具である気がしてなかなか―――――いや、違うな。きっと私はこの意味の分からない未知を恐れている。


説明書とかメーカー保証とか技術サポート窓口が切に欲しい!今ならびっしり書かれてる小さすぎて読めない説明書だって読むよ!虫眼鏡で!!虫 眼 鏡 あ る か わ か ら な い け ど !!!



「はぁ……」



将来のためにもこの杖は使わなきゃいけないのに、意味が分からずにストレスになる。



「中止!中止してください!!」


「はい」



モヤモヤしながら水を出しているとマーキアーがダッシュで止めに来た。


試験用に外壁から穴を開けていたそうだけど水漏れがあったそうだ。外壁の内側は空間をあけるだけのはずだったからそこから水が出るのはおかしい。補修工事の出番である。


秘密の部屋や内装は防犯上の問題があるからうちの家臣が行うが、水漏れの補修工事は私達の仕事ではない。


何処から漏れているかわからないし、一旦休憩である。水を注ぐ場所から移動する。



「んなっ?!」



……………建物の中に私の像があった。うっわ……すっごい私だ。



「良く出来てるよな、お嬢の可愛らしさも出ててさ」


「………………」



この通路は初めて使うが私の像がある。マーキアーさんはちょっと誇らしげにしているが、これ、私、ぶっ壊してもいいかな?………駄目?


もうベッドで寝たい。ストレスがヤバい。なんでこんな像まで出来てるんだよ。初心者構想の12階建てから地上3階の地下4階の7階建てになる時に削っといてよ。まずはそこ削るべきでしょ?



精神的ダメージが大きすぎる。挨拶もなしに具合が悪くなったと言って寝ることにした。こっちのお屋敷にもベッドはある。



「マーキアー、マーキアー、鎧脱いでもらえます?」


「なんですかい?」


「添い寝してほしいです」


「汗臭いよ?」


「いいから」


「……しょうがないねぇ」



そこそこおっきい、ムチムチマーキアーの肩を枕に私は寝た。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




起きたらなんか心配されていた。



「すいません心配かけまして」


「いえ、特定の魔導具を使うと具合が悪くなるものもありますしね」



ん?なんか杖の使用で消費が激しかったように思われてる?いやそういうわけではないんだけど。


それよりたった数日で立派な像を作らないでよ。像を作られるなんて何百年後かに、こう、功績が凄くて像が作られるとかであって……生前に作らないでくださいまし。羞恥心が出てしまいます。



い、いや建物の中の像だ。目立つものではない。きっと見る人はそんなにいない。いや、あんな1分の1スケールの自分像がこの世の何処かにあるというだけで謎に精神を削られる。あ、あれ土台ごと動かして倉庫の奥に入れられないかな?200年後ぐらいに忘れ去られたあとに出てくるとかないかな?



………そう、思っていたのに。



「なんで、こっちの屋敷にまであるの?!!」


「立派ですよね」



いつも使っているお屋敷にも私の像が追加されていた。ちょっと豪華な感じで。



―――――……私はふて寝した。浮いてる杖の横で。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




次の日、倉庫のチェックが終わったそうで見に行った。



「また学校で会いましょう。今回はありがとうございました」


「はい、また会えることを楽しみにしています!」


「また一緒に魔導具について話しましょう。話す機会を楽しみにしています。ルカリムとドゥラッゲンの家にこの先、この良き縁が長く続きますように」


「はい。オベイロスの祝福あらんことを!」



一応これで工事が終わった区切りになるらしい。


私がふて寝した1日でうちの家臣たちもドゥラッゲンの人達も工事現場で土にまみれた服から着替えて軽く挨拶をして終わった。


まぁ倉庫にはドゥラッゲンの人も常駐する予定だから終わりではなく、色々とこれから始まるのだが。


これから氷の冷え具合や解ける時間なんかをチェックし、石造りの建物の内装を整えた後にお客さんを呼んでいく。チェックさえ終われば貴族ネットワークによってすぐに倉庫は使われることになるだろう。


氷が解けるまでの時間や私の負担が分かれば王都の色んな場所に倉庫を建てたい。そもそも断熱材も使われていない氷室というのがどれだけのものかはわからないし、氷室として機能しないかも知れないがそれでも巨大倉庫である。


転売不可のドゥラッゲン家限定特別割引フリムちゃん水をホクホク顔で持って帰るクライグくん一行。私は無料でも良いと思ったのだけどね。



杖を持って色々実験してみた。



これ以上、この意味不明な杖の放置は私の精神を削りすぎる。深夜に浮いてついてくる謎の杖。存在を忘れて後ろを振り返るといるコイツ。ドアで締め出すと柔いドアなら破壊して入ってくるこの杖―――――トイレのドアも3代目である。


使える魔法を一個ずつ試していく。出力が上がったということは酸素や水素、過酸化水素にオゾンと言った「使用が危険な魔法」も一気に噴出するように出るかもしれない。調べないと危なすぎる。


水龍魔法も生成速度も上がって……水を操れる範囲も広がっている。


他の魔法も全部使いやすくなった訳では無いが、慣れればどの魔法も杖があったほうが良いような感覚がある。



そうだ、今まで使えなかった魔法も実験してみよう。



水の状態から氷を作り出す過冷却水、過度に冷やされた水は衝撃を与えるとそのまま凍っていく。その逆に温め過ぎた純水は鍋のように気泡が出てグツグツ沸騰するわけではなく『突沸』する。衝撃を与えるとそのまま爆発するかのように湧き上がるのだ。


あまり近い距離でそんなの作って爆発したら凄く危ない。やはりなれていないしここまで温度を上げるのは初めてでやはり難しい。



―――ブバッ!!



作ったあっつあつのお湯を地面に投げ捨てると一気に水蒸気が出た。杖を使えば出す位置も何もなしより遠くに出来るし安心である。


水蒸気も発電所や船で使われるが事故が起きたりもする。発電所も船も経済に関係してそこで知った知識だが水蒸気というのはお風呂で漂うだけのようなものだけではなく条件が揃えば非常に危険である。


水蒸気は水道管の破裂のように一気に吹き出す。もしもその蒸気が数百度で、何処にも逃げ場がない空間だったら?怖すぎる。普段使うオーブンだって過熱水蒸気が300度ぐらい熱くなるとかテレビで見たことがあるはず。


そもそも私は科学に詳しいわけではないのであやふやだ。それでも、もしも指先に実験で作って。その水蒸気が風でこちらに漂ってきたら?


もしかしたらぬるくて湿気った風が肌を撫でるだけかもしれないがフリムちゃんは慎重派なのだ。事故はできるだけ少ない方がいい。


水龍の魔法も以前よりも広い範囲を動かせるのは良いが距離感が慣れない。地面や壁に当たってしまってコントロールが甘くなる。ん?もしかしてこの魔法、見せかけの魔法以外にも使えるかも?



「それにしても君は一体なんなんだい?答えてよ杖くん」


「………」



杖を使うといつもよりも水も出しやすいし操作範囲も生成速度も上がる。でもなんか疲れる。杖の先まで魔力を通すというのに慣れてないからだろうか?


杖を手放していつものように水の球を作ると手放した杖がフヨフヨ浮いて水に突っ込んで行く。


ほんとこれなんなんだろうか?


研究機関持っていくか。そのまま持っていったら取られないかな?とりあえず普通に学校に通うことにしよう。そこで信用できそうな人に見せよう。学校なら多忙なクライグくんも偶に来るし情報は集めやすいはずだ。



そんなわけで、私は学校にすぐに通う決意をした。


自分の精密な像があるお屋敷で住むなんて………どんな拷問だ。

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