第58話 倉庫作成。


「改めて挨拶を、クライグ・ディディアーノ・ドゥラッゲンです。オベイロス王国、土の大家ドゥラッゲンが長子ヴェーノ・ラーベラー・ドゥラッゲンとレミーク・ミベル・ドゥラッゲンの長子クライグ・ディディアーノ・ドゥラッゲンです。このミカシスの微笑み在りし良き日。お呼びいただけて幸いであります」



長いっ!!?名前だけでも長過ぎる?!


以前王城でバーサル様にしがみついてた子供の……クライグ君だ。10歳ぐらいかな?



「ご丁寧にどうもありがとうございます。フレーミス・タナナ・レーム・ルカリムです。本日はお越しいただきありがとうございます。お会いできるのを楽しみにしていました」



うちには「ドゥラッゲン家のバーサル様」が家の設立時には既に家に出入りしまくっていて当然のように挨拶もなかった。しかし彼はドゥラッゲンはドゥラッゲンでも本家の人間であり正式に来たのだから挨拶をする必要があった。


親分さんはバーサル様に建築計画を話して、規模から無理だと判断。地下合わせて12階建てとか普通に無理だよね。


何やらお年寄りの人が来て親分さんの表情は固くなり、部屋から私達は追い出された。工事についてバーサル様と話をするとこの規模の工事は目が飛び出るほどの金銭がかかるらしい。


いや、あんな子供の理想の設計図みたいなメチャクチャな設計図で作ってほしくはないんだけど。バーサル様と話していると何かを考えている。



「さっきのあれはダワシ、俺の親父でな」


「はぁ、それって子爵様なんでしょうか?挨拶しないといけないんじゃ?」



バーサル様と親分さんの親にして王都に居を構えるドゥラッゲン分家当主である。あったのなら挨拶したほうが良いはずなのだが……何やら込み入った事情がありそうだ。



「本来はそうなんだが……ドゥッガは俺に仕事を持ち込んできて親父はついてきただけって形だからな、何なら後で挨拶してくれ。――――それより親父はドゥッガとは仲が悪い。仕事は大きければ大きいほど仲直りする機会は増えるだろうし、できれば受けてほしいが」


「むしろこの仕事が成功すれば別の場所でも同じような事業をしたいですし、建物はもっと小さくして費用は抑えてほしいんですが」


「なら、この物件だけにこだわることもないか……」



地下合わせて三階ぐらいのものなら簡単にできるし費用もそうかからない。氷室として使用するならまずはそれぐらいの大きさが妥当だろうと……。


なんて話していたはずなのに親分さんのお父さんが設計を見直して地上三階、地下四階の合わせて七階もある案でやってくれることになった。


王都の政情はまだ不安だし、ドゥラッゲン家には明らかな敵がいて逃げ込む先は多いほど良い。だから貴族街のうちにもそういう拠点はあれば良いと、費用だけではなくドゥラッゲン家との同盟条項なども決めることになった。


数代先でも利用しても良いようにしてもいいとか、倉庫の運営は基本うちだがなにか問題があれば人員を融通し合う。倉庫の一部はドゥラッゲン家が利用の権利を持つ、メンテナンスはドゥラッゲン家、収益の20%はドゥラッゲン家が得続ける。などなど、親分さんや大人たちがバチバチに権利や将来の問題を考えあって条件を決めていく。


もしも私がドゥラッゲン家に嫁いだ場合の権利や殺し合うようになった場合。事業を辞める場合にどちらかが買い取る条件。事業を祝う祭りは何処でいつ行う。……なんて、意味もわからないようなものまで考える。



現代でも契約には細かく色々考えることはあった。しかし私は経済を知ってはいても詳細な法律には詳しくない。ざっくりと学びはしたがこうやってこちらの常識で決め合うのにはわからないことが多すぎる。……騙されないようにしないと。


ここで行う業務に必要な馬車の使用権利や販売予定の水の権利などを家臣たちがギャーギャー騒いでいるのを聞いていると立場としてはこちらの方が強いようである。土地がこっち持ちというのがその要因らしい。そして……政情の問題が起きてここで防衛戦が発生するとすれば命を賭けるのはうちの人間だ。



「すいません、うちの人間が騒がしくて」


「いえ、わたくしどもの家人も騒がしいもので……」



建築には本家ドゥラッゲン子息であるクライグくんも関わることになって成り行きを見ている。クライグくんは学校で学んでいる最中で時々こうやって本家ドゥラッゲン家の名代として王城に呼び出されたり契約ごとに顔を出したり……雑用として使われるのだと。


私達は少し離れた席で様子を見守っているのだけど……そろそろ誰かが拳を出さないか心配になる。


クライグくんとは世間話をしたり、このあと煮詰まった案を私達で数回ダメ出しして修正を繰り返してからGOサインが出るまでやるらしい。普通に数日かかることもあるのだとか。


その間暇なので世間話何かをして時間を潰していく。



「じゃあ学校での勉学より名代としての活動が優先されるのですね」


「はい、急いで卒業するものでもありませんし……人によってはわざと卒業を長引かせる人もいますよ」


「なるほど、こちらのタルトもおすすめです」


「頂きます……とても美味しいですね。生地がサクッとして肉との相性も良い。僅かな期間で進学する方もいますが、あまり長引かせるのも能力がないという見られ方もします――――………あの、そちらの杖は?」


「私のストーカー杖、じゃなくてリヴァイアス家のお屋敷からずっとついてくるのです。危ないかもしれないので触っちゃ駄目ですよ?」


「はぁ」



学校での生活や卒業についての話をする。


クライグくんはご両親が王都にいないから貴族としての仕事が忙しくて、なかなか学校で学ぶことが出来ずにいるそうだ。学ぶ期間は自由で試験をクリアしていって卒業に必要な単位を取得するようなものなのだろうか?


精霊学や攻撃魔法を学ぶ授業は人気だとか算数は全く人気がないなどの話は面白い。魔導具をいずれ作ってみたいなど色々聞けて楽しかった。



「計算するのは部下に任せればいい話ですしね」


「でもそしたら報告書の数字があってるかわからないのでは?」


「流石にそれぐらい分かる程度には学びますよ。あまり任せすぎないのも部下を信頼していないと見られますし」



私には無理だな。そういう数字凄く気になるもん。


長い時間お話してクライグくんとは仲良くなれた。彼は子供であるというのにあまり子供っぽさはなく成熟している。お互いを「クライグくん」「フリム様」と呼ぶ程度には仲良くなれた。様付けは嫌だけど上級貴族の爵位持ちを気軽には呼べないそうだ。「フレーミス様」じゃないだけマシかな?


何だか倉庫建設のための成り行きを遠くで見ながら話していただけなのに、逆に家臣達がこちらをニコニコ伺ってきている気もする。


クライグくんによると当主級の人間が家臣たちの細かな決め事に口出ししまくったり、酒を飲んで喧嘩になったり、変な条件が盛られたり、なにかの要因でご破産になることも珍しくないそうだ。


それに比べると子供の我々が仲良くはなしてるのは家臣の心臓に良いと。うむ、フリムちゃんも若い少年と知的な話ができるのは楽しいよ。暴力とかの不安事とか貴族的な探り合いもほとんど無いしね。


建物のメンテナンスや建造のみならず「受付の人間はルカリム家の人間を使うこと」とか「ドゥラッゲン家の家紋を儀式の間に入れる」などのよくわからない条件も上がってきているが、煮詰まって明らかにおかしな部分だけは修正してもらって承認する。建物は専門家におまかせの設計である。


お金も普通に支払える金額だ。良いのかと思う。クライグくんも親分さんのお父さんに目を向けているが親分さんの貸し借りとやらの問題なのだろうか?



建物がドゴゴゴと凄い音を立てて作られている間にクライグくんもタルトが気に入ったみたいだしお土産になるように幾つか作らせて、飲み水を出しておく。



それにしても貴族社会に魔法というものは効率が良いのだか悪いのだか……。今日決まって始まるとは思っていなかったのにドゥラッゲン本家の人も集まってくれていて結構な人数でモリモリ建物が出来ていく。


こういうのは「打ち合わせと準備に長い時間をかけるもの」と私の常識がなにか言っている気がする。


しかし、こういう文化なのだろうな。国への許可とかもいらないのはいいのかと心配になってしまう。


危ないから離れているように言われた。



「なんだ……ですか?」


「おやぶ……ゴホン、お水どうぞです」


「ありがとうございます」


「私が水を出すのでドゥラッゲン家の方々にもお水を入れていってくれますか?」



わざとらしすぎたかな?いや、私は親分さんと親分さんのお父さんの関係を知らないからこのぐらいの支援は良いだろう。



「………わかりました」



少しハラハラして成り行きを見守っていると……無言の親分さんが渡した水を親分さんの父親は何も言うことなく受け取って飲んでいる。


……顔も合わせないが男の親子ってこんなものなのだろうか?

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