第57話 「親」の教育方針。


「何なんだよお前はっ!死ねよ!バーカ!!」



――――まるで昔の自分、いやもっと悪い自分を見ているようだ。



儂は元々跡継ぎになれるほどの血筋ではなかった。


魔力さえ強ければ、属性魔法さえうまく扱えれば当主になれる可能性はある。


しかし、分家の、四男の息子の、更に妾の子ともなれば流石にそれは難しい。だからろくな教育を受けずにただ日々を魔法に費やしていた。本家の坊っちゃんの末の息子につけられて遊び呆けていた。



―――――………それがあんな、なんでか当主の座に収まっちまった。



兄貴や親父共は仕事中に大きな事故があったとかでまとめてくたばっちまった。


ろくに教育も受けていないのに名家ドゥラッゲン家の分家、領地から離れて王都で働く栄えある一家の長に自分がなる?


無理だ。でも、兄貴共が死んだのならやらなきゃならねぇ。


本家のクソどもが本家繋がりの土魔法を使える人間をこっちの当主にしようと画策した。それがうまくいけば俺も、残った母親や嫁も追い出されてしまう。だから出来ないとかそんな事は言ってられなくて――――やるしかなかった。


遊び呆けていた自分には学もない。ただ土の魔法があるだけで政治もわからん。親父や側近共もまとめてくたばっちまったから王宮がどうなってるのかもわからん。蔑まされ、嘲られ、徹底的に愚弄されて……苦労して苦労して苦労した。



それでも学がないなりに仕事に明け暮れて……そのうち待望の子供が生まれた。



双子だ。それでも儂の子であることに変わらず、片方を別で教育するか殺すように言われたが「ふざけるな」と返して言ってきたやつは一日頭だけ出して地面の下に固めてやった。


なかなか子ができない自分にできた子は可愛くて可愛くて仕方なかった。


どちらも同じように分け隔てなく……儂のような苦労してほしくなくて、厳しく教育した。が、儂の子はやはり儂の子。教育係に馬の糞を投げつけるし、屋敷の壁に大穴を作って逃げやがる。


隣の騎士家の息子も似たようなもので「一緒なら流石に大人しくするか」と思ったがむしろ三人揃って屈強な部下に怪我を負わせよった。


……なぜ儂の苦労が、わからんのか。


儂が直接教えてやりたいところだが……一族がごっそり減ったがゆえに仕事がどんどん増える。貴族共はいつものように争いよって……一体誰が直すと思ってるんだ!!?



「お覚悟っ!!」


「馬鹿が、そこは儂の領域じゃ」



仕事をしているだけなのに、どうしてもうちが邪魔な者は現れる。どうせタロースのクソどもだろうが。


儂は土の魔法だけは自信がある。


王都のレンガや建物は儂や一族の魔力で作られたものが多いし、火の魔法使いであろうとも負ける気はしなかった。


バーサルもドゥッガも、クソガキのフォーブリンもまぁなんとか健康に成長してくれている。


本当はもっと遊んでやりたい。悪いことをするならするで教えてやりたいが子供の未来を考えればやはり厳格な父親であることを崩すわけにはいかなかった。立派な父親だと見せておきたかった。


後継ぎになることが決まった土魔法の使えるバーサルも、身体強化しか使えないがドゥッガも、ただ健康でいてくれるだけで跡取りがどうとか関係なしに嬉しかった。


儂には分からなかったが兄弟の仲も良さそうで………儂にはそれだけで充分だった。




だというのに―――――いつの間にか何処かで歯車が狂っていた。




後で知ったが、仕事で家にいない儂に代わって教育していた者にとってドゥッガは「バーサルの教育の邪魔」で、いつしか家の中で蔑まれていたそうだ。


それで、バーサルの将来のために、そして教育係は反抗的なドゥッガに強くあたった。ドゥッガも反抗していたらしいが教育係は耐えかねて毒を飲ませた。



「何故殺した?」


「知るかよクソ親父が!テメェ死ね!!!」



当時儂の耳に入ったのは教育係数名をドゥッガが殴り殺したということだ。


家のものはこれ幸いにとドゥッガを殺すように言ったが、儂は何があったのかドゥッガの口から聞きたかった。


ただただ話をしようとしたはずだったが、ドゥッガは儂が毒を盛ったのだと思ったのか、本気で殺しにかかってきた。


どうにかうまく拘束できればよかったのだが……石の棘で壁を作って閉じれば安全に拘束できると考えた。抵抗は無駄だと、話し合えると思って………いつもの魔法を使ってしまった。


しかしドゥッガが思った以上に成長していて――――逃げられないようにしたかっただけなのに顔に大きな傷をつけてしまって……ドゥッガは儂の元を離れてしまった。


ドゥッガは石の魔法が全くできないが身体強化は騎士並みだった。いつまでも小さな子ではなかった。



本気で儂から離れたドゥッガの最後の顔は……儂への恐怖しかなかった。



どうにかして連れ戻したいが、この家はドゥッガにとってもはや安全ではない。


フォーブリンとバーサルが裏で手助けして商人をやってると聞いて……無事に安堵した。あの子は昔から賢い。せめてうまくいくように裏で手を回して、そのまま儂は仕事を続けた。



いつかバーサルが家を継ぐことになる。その時にドゥッガの居場所はこの家に無いかもしれないが……作れるかもしれない。


儂がこうして仕事を続けることで家は守られて金も入るし裏で援助も続けられる。


いつかドゥッガがどうしようもなく困った時にドゥッガ一人ぐらい助けられるように――――権力を、功績を積まねばならん。



誤解は解けないままだが、それで儂を恨んでドゥッガが儂の周りのものに警戒心を解かぬままに生きていてくれたほうが儂には助かる。


バーサルもドゥッガも、儂の宝だからな。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




いつしか時間が過ぎ、ドゥッガに子が生まれ、政争が起きて―――激動の時代だった。


タロースのクソどもは相変わらず「土の大家はうちこそがふさわしい」とか言って襲いかかってきやがる。もしもドゥッガがドゥラッゲンにいればきっと狙われていただろうな。


ドゥッガはと言えば賭場を大きくして王都でも少しは名のしれた商人として大成している。うむ、流石は儂の息子。息子の成長はやはり嬉しいものだ。儂の稼ぎも少しは助けになっているだろうか?


バーサルには口止めしているしドゥッガとの関係はそのままだがよろしく無いことが起きた。


バーサルに子ができないのだ。


貴族院にはバーサルの嫁を増やすように言われてそうしているが、やはり子はできていない。このままでは本家のいけすかん糞にも分家の継承権が設定されかねない。


どうにか出来ないか考えているとバーサルがドゥッガの息子の一人を養子に貰えないかと切り出してきた。



パキス、ドゥッガの息子で、儂の孫。



ドゥッガは儂を恨んでいるのか、教育は必要ないと考えているのか息子たちを放任して育てていて…………破落戸のように粗野な子もいる。その中の8つほどの孫。


ドゥッガとの話し合いは最後に話したときのように戦闘になるかもと思ったがバーサルが割り込んだ。


ドゥッガの新たなドゥラッゲン家は完全に独立している。ドゥラッゲン家の現状をバーサルが頭を下げて頼んだ。このままではバーサルとバーサルの妻たちの立場が危ういのだと。


そしてドゥッガの主となったルカリム伯爵とパキスの仲が悪いことも情報にある。



「パキスをだと!?いきなり何言ってやがる!!死にてぇのかっ!!!」



何発か殴られたって仕方ないと思っていた。


ドゥッガにとって儂は毒を盛って苦しめて……更に顔に大きな傷をつけた冷血漢だ。クソ親父のはずだ。それで気が済むのなら、もしもこれで儂が死んだとしてもこれで過去の精算になるはずだ。


儂が死ねばひとまず跡継ぎの問題はバーサルが継承して、その後に決まる。ドゥッガとバーサルが仲がいいのならもうそれでいい。儂はドゥッガに殴られても仕方のないクソ親父なのだから。



「これはドゥラッゲン家とバーサル、そしてドゥッガのためでもある」


「何言ってやがっ「ドゥッガ、よせっ!!」



話し合いを聞きつけてかバーサルが割り込んできた。


ドゥッガには殴る権利があるというのに。



「親父はお前に毒を盛っていない。それどころかずっと裏からお前を援助していた」


「―――何?」


「バーサル、話さない約束だ。黙れ」


「ふざけんな。これ以上見てられるか!クソ親父が!!良いかドゥッガ!親父はお前に毒を盛っていないし、何ならお前のために手を回していたんだ!!じゃねぇと騎士になりたてのフォーブと俺だけが手を回したからって!!貴族のしがらみのある商売でお前が潰されないわけが無いだろうがっ!!!」


「黙れバーサル!!」



恨む権利はドゥッガにある。そして情けない儂に向けられるのは当然のことのはずだ。


殴られて、当然なのだ。



「本当なのか?親父?」


「………」


「黙ってねぇでなんとかいえやクソが!!!!」


「………本当だ。儂はお前が生まれてきて嬉しかったし、邪魔だと思ったことはない。馬の糞を顔に投げつけられた時以外はな」


「嘘だっ!!?俺はいつも邪魔だと言われてきたぞ?!………じゃあ毒を盛ったのは親父が命令したんじゃなかったのか?お、俺はそう言われてのたうち回ったんだぞ!?」


「するわけがない。すまんなドゥッガ、儂の力不足だった」



拳を振り上げたドゥッガ、殴りたいなら殴れば良い。不甲斐ない父親の罪だ。


だがドゥッガは儂を殴ることなく、拳を下げてしまった。



「親父はもう帰れ。バーサー、テメェは残れ、聞きたいことがある」




兄弟の仲を心配したがとにかく出ていけと追い出されてしまった。



―――その日帰ってきたバーサルは頬が腫れていた。隠し事をさせていたのは儂だしすまなく思う。


ただ話し合いで理解はしてくれたようでパキスは家に来た。母親も一緒にだ。



「儂はお前のじいちゃ………んだっ!?」


「ざまぁ見ろクソジジイ!!」


「こらパキス!!?」



馬の糞を投げつけられた。儂も親父にしたことがあるが……これが血というものか。


それでも今度こそ失敗はできないと仕事をバーサルに押し付けて教育に専念する。かなり危険な悪戯もされたが儂も昔は悪ガキだったし、この子に寄り添って行く。仕事は……あるにはあるがそれよりパキスのほうが大事だ。


儂の教育を受ける代わりに儂もパキスにどんな生活をしてきたのか色々教えてもらう。流石に知らない屋台に石を投げるのは儂もしたことがなかったが……うーむ。


まぁ、教育はなんとかいっている。そもそもフレーミス嬢は部下だったのにドゥッガに気に入られてムカついたのだとか、母親のラキスの病気を治すのに金が入らなくなってどうしようもなく八つ当たりしたのだと。今はどうとも思ってないそうな。


ラキスに諭されて謝るように言われているそうだが「なんかムカつく」そうだ。


意味が分からないがとにかく「何にでもムカついているが少しは申し訳なく思っている」ようだ。……これぐらいの子供の悩みというのは難しいな。



「そうだな、男ってのは言葉じゃなくて行動で示すもんだからな」


「………ダワシじじー、俺どうすりゃ良い?」


「素直に言えないなら、そうだな……フレーミス嬢には敵も多い。守ってやりゃあ良い」


「………」


「それに、フレーミス嬢を守るってことはお前のかぁちゃんを守ることにもなる」


「っなんでだ!?」



まだまだ教えることは多そうだが、家族とこうやって話すのは良いな。


バーサルとも以前より話すようになったし―――――できればドゥッガやパキスの他の兄弟ともこうありたいものだ。

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